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 ユンガロスのひざに乗せられたリュリュナは、ついうっかり菓子まで男の手から食べてしまった。

 村人たちに囃されて、距離の近さや行為の甘さに気がついたリュリュナは、一気に火照る顔の熱を感じる。頭のなかが沸騰しそうだ。


「おや、リュリュナさん。もう食べないのですか? では、次はおれに食べさせてください。ちょっと手がふさがっているものですから、お願いします」


 真っ赤に染まって固まるリュリュナに、あくまでいつも通りの笑顔を浮かべたユンガロスが小首をかしげた。

 ユンガロスの左手にはリュリュナがかじったカステイラ。右手はいつの間にかリュリュナの腰に回っている。

 

 たしかに、両方の手がふさがっている。

 それを確認したリュリュナは、ユンガロスのひざのうえでますます固まった。


 ーーーあーん、ってするの? あたしが? ユングさんに? ここで、この体勢で⁉︎


 固まりながらも頭のなかでは忙しくしているリュリュナの元へ、さらに混乱を招く声がかけられる。


「おや、食べさせていただけないのですか。でしたら、仕方ありません。こちらのカステイラをいただきましょう」


 そう言って、ユンガロスが自身の口もとに近づけるのは、かじり跡のついたカステイラ。そう、かじったのは間違いなくリュリュナだ。


「わっ! それ、あたしの食べかけ……!」


 あわてて声をあげたリュリュナに、ユンガロスの手がぴたりと止まる。


「では、そちらの板に乗っているほうをおれに食べさせていただけますか?」


 にっこりとさわやかに笑いながら、ユンガロスの言っていることはすこしもさわやかではない。

 家族同然の村のみんなに囲まれたなかで、ユンガロスのひざに座らせられて「はい、あーん」をしなければならない。

 そんな状況を想像してしまって、リュリュナの顔と言わず全身はかっかと熱いほどだ。


「あわ、わわわ!」


 どうしていいかわからず、腰に添えられた手のせいで脱出することもできず慌てるリュリュナに、ユンガロスが更なることばを投げ掛けようとしたとき。


「あんた、リュリュに何してんだよ! このすけべ親父!」


 吠えるような声をあげたのはチギだった。

 心情としては、人垣をひと息に飛び越えてリュリュナの元に駆けつけたいのだろう。

 けれど実際には、リュリュナたちを囲むようにできた村人の輪のすき間を縫い、あちらでユンガロスの悪口を言い、こちらでリュリュナに早く離れるように叫び。


 しばしの時間をかけてようやくユンガロスの前にたどり着いたチギは、ひざに手をついて息を整える。


「リュリュをおろせよ、嫌がってるだろ」


 座っているユンガロスを見下ろすように、眉間にしわを寄せ目を釣り上げるチギ。

 けれどユンガロスはその視線に捉えられても、顔色どころか表情のひとつ動かさない。


「おや、そうでしたか? リュリュナさん、おれがそばに居るのはご迷惑でしたか?」


 小首をかしげ麗しい顔で寂しげに微笑んで見せるユンガロスに「はい、迷惑だから下ろしてください」と言えるリュリュナではなかった。


 胸中はどうであれ、寂しげなユンガロスの心配までしてしまうリュリュナは、あわてて首を横に振ることしかできない。


「え! そんな! 迷惑ではないです。迷惑ではないんですけど、いちど下ろしていただけたら……」

「だーかーらー! リュリュも、そんなふにゃふにゃしたこと言ってたらずうっとこいつの良いようにされちまうぞ!」


 強く断れないリュリュナの態度にまで噛みつくチギに、ユンガロスはくすりと笑う。


「おやおや。若人わこうどは何にでも吠えかかって、気持ちに余裕がないせいでしょうかねえ」


 そう言いながら余裕ぶってリュリュナの髪をすくったユンガロスに、チギは荒くなった鼻息をおさめてにやりと笑ってみせた。


「ああ、何せおれはあんたと違って、若いからな。リュリュナとだって同い年だし、物心つくころからずーっといっしょにいるんだぜ」

「それだけ長く一緒に居ながら幼なじみの立場に甘んじているなど、信じがたいですねえ」

「何だと? けんか売ってんのか!」

「おや、買ってくださるのですか?」


 チギに何を言われようとユンガロスの笑顔は崩れない。しかし、チギも負けてはいない。

 ユンガロスは常の通りの微笑を浮かべ、チギは歯をむき出しにして笑ったまま、互いに相手の目を見据えて視線を逸らさない。


「な、なんでふたりでけんかしてるの? チギもユングさんも、仲良くしてよう〜!」


 不穏な空気をにじませながら見つめ合うふたりに挟まれて、リュリュナが情けない声をあげる。

 

 にぎやかな三人を眺めながら、村人たちはみなにこにこと笑っていた。


「リュリュナったら男のひとふたりに取り合いされるなんて。やるわねえ」


 のほほんと言ったのはリュリュナの母だ。その横で、リュリュナの父が目を細めてしみじみとつぶやく。


「あの子ももう、お嫁に行くような年頃なのかなあ。思っていたより早いなあ。うれしいけど、さみしいなあ……」


 盃を傾けたのとは別の手で、リュリュナの父はそっと目元をぬぐった。酔っ払いは、はやくも娘の結婚式に参列している気になっているらしい。

 同じく娘を持つ村人が、しょぼくれたように丸められたリュリュナの父の背中をやさしく叩く。


「わかるよ。子どもの成長ってのは、早いもんだよなあ。うちの子だって、いまに、いまに……」


 もらい泣きをはじめたその村人の娘は、父親のひざできょとりと首をかしげている。よわい二つの少女、というよりも幼児である。


「おねえちゃんお嫁に行くのー?」

「お嫁ってどこー?」


 ごちそうで頬を膨らませたサニナとトネルが首をかしげる横で「うーん」と声をあげるのは、こちらもご馳走に舌鼓をうっていたルトゥだ。


「チギ兄ちゃんのお嫁さんならこの村かなあ? でもチギ兄ちゃんも行商の仕事をするわけだから、街に家を借りるかも。それともいっしょに行商することになるのかな。トネル、くちにいっぱい入れすぎ。おえってなるよ」


 妹の食事にも気を配りながら、ルトゥは合間に箸を伸ばしてむぐむぐとご馳走を味わい続ける。


「お客さまのお嫁さんになるなら、きっと街に住むことになるだろうね。お嫁さんにならなかったとしても姉ちゃんは街で働くから、けっきょくはいっしょだよ。サニナ、同じものばっかり食べない。みんなの分が無くなるでしょ」


 妹たちの皿に食べ物を足し、ついでに近くにいた幼児たちにも飲み物を与えたり菓子を持たせたりして、ルトゥは茶を飲んでしみじみと姉の姿を見た。


「どこにいても姉ちゃんは姉ちゃんだから。たまに帰ってきてくれれば、それでいいんだよ」

「まぁたルトゥは年寄りみたいなこと言って! 同じ村のよしみでチギのこと応援しようとは思わないので⁉︎」


 ルトゥのおだやかなひと時を壊したのは、チギの妹でありルトゥの幼馴染でもあるカモイだ。

 

「応援もなにも、決めるのは姉ちゃんだから」

「もうー! それ言ったらおしまいでしょう! チギの恋路なんておもしろいこと、どうしていじらずにいられるのかあたしにはわからないっ」

「どうして、どうしてー?」

「わからないー」


 唐突に口を挟んできてひとりでかっかしているカモイに、サニナとトネルが真似してなつく。


「ぼくには、ひとの恋路をどうしてそんなに楽しめるのかがわからないよ」


 騒がしさを増すばかりの宴席で、ルトゥのつぶやきはざわめきに飲まれてかき消された。

 肩をすくめたルトゥは、またご馳走と向き合うことにするのだった。

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