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 ユンガロスの置いた荷物が、むしろのうえで異様な存在感を放つ。

 そもそもが小山のような荷物だったのだ。敷き布団二枚とユンガロスの手荷物の分だけ少なくなったとはいえ、やはりその量はかなりのものであった。


「…………」


 騒がしかった広場がシーンと静まる。

 集まったおとなたちの視線はそろって、ユンガロス曰くの気持ち程度の土産に向けられていた。


「……これは、いったい何が……」


 呆然としながらも誰かがつぶやく。手土産と言えば山で採れた木の実か山菜といったものしか知らない村のひとびとには、小山のような土産の中身を想像することさえできない。

 

 圧倒される村人たちをよそに、ユンガロスはさわやかに微笑んでうなずいた。


「一番かさがあるのは、敷き布団ですね。ルオンどのもさすがに背負ってくることは出来なかったとお話を聞いたものですから、手土産にちょうど良いかと思いまして。リュリュナさんに村の戸数を聞いてから揃えましたので、各家に一枚ずつあるはずです」


 言いながら、ユンガロスは荷物をまとめる紐をほどいて見せる。小山のてっぺんにまとめられていた巨大な布の塊を下ろすと、ころりと広げて布団であることをみなに示した。


「手土産、敷き布団、ちょうどいい……?」


 ちいさな村だ。戸数も少ない。それでも、物が物だけに手土産と称するにはかなり無理がある。

 けれどユンガロスはあくまで笑顔のまま続ける。


「これだけではあまりにも実用的すぎて、土産としていかがなものかと思いましたので……」


 布団のしたに積まれていた箱のひとつをおろしたユンガロスは、箱のふたを開けるとなかから一本の瓶を取り出した。


「酒もいくらか持ってきました。おれの好みで申し訳ないのですが、街でも人気の酒蔵のものなので、良ければお試しください。酒を飲まれないかた用には茶の葉を瓶詰めしてもらいました。香りが良いと評判のものを数種類、選んできました。どうぞ飲み比べてみてください」

「おお、酒か! そりゃいい。祭り用とは別に酒が飲めるなんて。よっ、兄ちゃん男前だね!」

「お茶ですって! その辺の葉っぱを煮出すのとは違うんでしょうねえ。どんな香りがするのかしら」


 酒があると聞いて、一気に盛り上がったのは男たちだ。女たちと下戸の男も、都の茶葉と聞いてうれしそうな声をあげる。


 ーーーこれくらいの身近な品物が、一番喜ばれるのですね。


 さりげなく村人の反応を確かめながら、ユンガロスは次々と荷物を開けていく。

 ユンガロスが用意した土産は敷き布団と酒と茶葉、その他にはやや質のいい布や、子どもが遊ぶためのコマにすごろくなどだ。

 大量のクッキー、梅干しや保存のきく食品の詰め合わせといった食べ物関連の土産は、ナツメグとヤイズミから渡されたものだ。

 

「やあー、こんなにたくさん、ありがたいことだ」

「ほんとうに、これだけたくさんの荷物を運ぶだけでも大変だったろうに、ありがたやありがたや」

「街の菓子屋さんもお土産を持たせてくれたとか、ああ〜ありがたやありがたや」


 いつの間にやら、その場は手を合わせてユンガロスを拝む者たちと、遠い都があるはずの方角を向いて拝む者たちとであふれかえった。


 このままでは収拾がつかなくなると感じたのか、 村人の輪をくぐった村長がユンガロスの前に立ち頭を深く下げた。続く感謝のことばをとなりで聞いていたリュリュナの肩を、誰かがちょいと突く。


 振り向けば、そこに立っていたのはずんぐりとした身体に熊耳を生やしたリュリュナの父親だった。


「祭り用の酒やらご馳走やらは、リュリュナが買ってきてくれてたんだってなあ。ありがとう。でも、無理はしないでおくれよ」

「えへへ。働かせてもらってるお店の人がとっても良くしてくれるから、楽しいんだよ。おいしいものもたくさん食べさせてくれるから、いまに村のみんなにも買ってくるから、待っててね」


 父親からの感謝に、リュリュナは牙をのぞかせて照れ臭そうに笑う。近くに居た村人の男が、親子の会話を耳にしてうれしそうにくちを開いた。


「リュリュナちゃんは小さいのに、立派だねえ! チギ坊も、質のいい古着を買ってきてくれたんだってなあ。ルオンじいさんがほめてたよ」


 言いながら、男はチギの背中をばしばし叩く。

 

「あたっ、痛えよおっちゃん! しかもチギ坊って、いつまでそう呼ぶんだよ。おれだって、一人前に働いてるんだぜ!」

「わはは! 背ばっか伸びてもな、好きな女のひとりも口説けないやつは一人前とは言えないな」

「なっ! そ、それは関係ねえだろ⁉︎」


 猫耳をピンと立ててむっとするチギに、別の男が近寄って肩を叩く。

 途端に真っ赤になるチギの姿を見ていた人々はどっと笑い、リュリュナはこてりと首をかしげた。

 わいわいとにぎやかななかで、声をあげたのは誰だったのか。


「ああ、にぎやかだなあ。まるで祭りのようだ」


 しみじみと言った声に、つられたように村のおとなたちが次々とうなずく。


「もうすぐ祭りだもんな。今年の祭りは、リュリュナちゃんとチギ坊のおかげで華やぐぞ」

「そうなると、早く祭りをしたいものね。桜はまだ咲かないのかねえ」


 誰がつぶやけば、誰かが答える。


「山の上の桜なら、きのう見たときにはぼつぼつ咲いてたなあ」


 その声を皮切りに、次々と話が進んでいった。


「そんならもう、いまから祭りしちまえば良いんじゃねえか?」

「お客さんもいることだしな」

「そうだよ、いまならいつになく立派な祭りになる。少し早かろうが、祭りは賑やかなほうが神さまも喜ぶだろうさ」


 好き勝手にさわぐ村人たちに、慌てたのは村長だ。やれ村のみんなに知らせに走れ、やれ荷物を持って移動しろと思い思いに動き始めようとするひとびとを止めるべく、声をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! さすがに、今の今から祭りってわけにはいかんだろう。まずはおれが桜の咲き具合を確認してくる。祭りをいつするかは、それから伝える。いいな、まだやらないからな!」


 何度も念を押す村長に、村のおとなたちは「はあい」と返事する。くちではそう言いながらも不満げな表情をするおとなたちに、村長は何度も「いくら早くても、祭りはあした以降だからな!」と大声をあげた。


「そもそも、きょうの昼にはルオンさんの店が開くから、その前にいただいた土産を分けちまわねえとならねえ。丁寧に、でも急いで済ませるぞ!」

「おおー!」


 今度は元気よく返事をしたおとなたちが、村長の指示に従っていっせいに動き出す。村長の家の庭は、一気に騒がしさを増すのだった。

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