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 リュリュナたちの村まで、ここから歩いて四日。

 ルオンの発言を聞いて、げんなりした顔をしたのはチギだ。


「なんだっておれたちの村は、そんなど田舎にあるんだ」

「うーん、なんでだろうねえ」


 困り顔で笑うリュリュナに、ユンガロスはふむとあごに手を当てて思案する。

 延々と続く山道は、通るものがいないのだろう。落ち葉で覆われ、ちらほらと生えた雑草も好き放題に伸びている。左右に立ち並ぶ巨木群さえなければ踏み入ろうとは思えないような道だ。


「この道を通るのは、ルオンさんぐらいのものでしょうか」


 荒れ放題の道を見つめながら問うユンガロスに、ルオンがああ、とうなずいた。


「村の連中の暮らしは村のなかだけで完結してる。こいつらの村じゃ貨幣なんざ使わねえから、出て来たところで暮らしに困るだけよ」

「なるほど。それでは、飛びましょう」


 にっこり笑顔で言ったユンガロスの発言に、チギがきょとりと瞬きをする。

 ルオンもぎょっとしたように目を剥いたが、ユンガロスの黒づくめの服装を眺めて驚きを収めた。


「飛ぶって……そうか、お前さん黒羽根の家の若か」

「ユングさんの羽根、そんなにたくさん運べるのですか!」


 きらきらした目で見上げてくるリュリュナに、ユンガロスはふふ、と笑う。


「全員を一度に連れては行けませんが、何度かに分ければ荷物も人もけっこうな距離を運べると思いますよ」


 にこやかに言ったユンガロスは、そこにいる人員を見回してさて、と考える。

 無理をするつもりはないので、一度に運べる人数はひとりずつ。荷物も一人分以上の重さがあるとすれば、四往復しなくてはならない。


「荷物を盗るような者がいるとも思えませんが……まずはルオンさんを連れて、道を教わりましょうか」

「木の間を行きゃあいいから、迷うことはねえ。が、野生動物が荷物にちょっかい出さねえとも限らねえからな。まずはわしが行くのが妥当だろうよ」

「では、失礼して」


 背負っていた小山のような荷物を下ろしたユンガロスは、ついでに脱いだ羽織をリュリュナに託して目を閉じた。


「おい、なにしようってんだ?」


 ひとり事態について行けないチギが一歩、ユンガロスに近づいた途端。

 ユンガロスの着流しの背中を裂いて、黒い翼がぶわりと広がった。

 

「おわあっ!」


 驚き、後ずさったチギの顔に黒い羽根がひらりひらりと舞い落ちてくる。ユンガロスの力そのものらしいその羽根は、肌に触れることなく宙に散って消えていく。

 初めて見る不思議な羽根を見上げるチギの耳は、ぴくりぴくりと忙しなく動いていた。


「では、しばらく荷物をよろしくお願いします」


 そう微笑んだユンガロスはルオンの脇に手を差しいれて、老人を抱え上げる。ばさりと一度羽ばたいてわずかに地面から浮いた彼らは、再びの羽ばたきとともにぐんと遠ざかった。

 瞬きの後には、鬱蒼としたゆるい登り坂のどこにも彼らの姿を見つけることができない。ただ、こぼれて落ちた黒い羽根が太い幹の間にひらりひらりと揺れているだけだ。


「……行っちまった。ほんと、すげえなあ。なんなんだ、あいつ」

「ふっふーん! そうでしょう。ユングさんはおいしいお店も知ってるし、とっても強いし、街の副長さんだし、すごいんだよ!」

「だから、なんでリュリュが偉そうなんだよ」


 言いつつも、幼なじみの返しがわかっているチギはリュリュナがくちを開くのに合わせて声をそろえる。


「だって」

「「自慢の友だちだから!」」

「だろ?」


 にひひ、といたずらっぽく笑ったチギに、リュリュナもちんまりした牙を見せて笑う。


「そうだよ」

「じゃあさ、おれは?」


 明るく笑う幼なじみの顔を見て、素直な問いがチギのくちをついて出た。

 きょとん、とするリュリュナを見ながら、チギは落ち着いた気持ちで聞くことができる自分を不思議に思いながら問いを重ねる。


「じゃあ、リュリュにとっておれは何なんだ?」

「チギ? チギはね、幼なじみなんだけど、ずっといっしょにいるからもう家族のひとりだと思う。もうひとりの弟、かな?」


 にぱっと無邪気な笑顔で告げられた残酷な答えを、チギは冷静に受け止めていた。

 胸がわずかに軋む。チギの抱く思いとリュリュナの抱く思いは、近いようで重ならない。それを突き付けられるのが怖くてずっと聞けなかったのだけれど、いざ突き付けられて感じた痛みは、思ったよりも辛くなかった。


「おれだって、諦めねえぞ」


 つぶやいたチギの目は、明るく輝いている。


「なにをあきらめないの?」

「なんでもねえよ。それにしても、この荷物……どういうまとめ方したらひと塊になるんだ?」


 首をかしげるリュリュナに笑って返し、チギはユンガロスが置いて行った荷物を見上げた。自身の背負って来た荷物を下ろして並べれば、倍以上の差がある。

 いろいろと気に食わない男ではあるが、異様と言えるほどの力は素直にすごいと感じるチギである。試しに持ってみようとも思えないほど多量の荷物を前に、荷造りの仕方を分析しはじめた。


「はじめから全部背負うつもりで箱に入れてきたみたいだね。それにしても、すごいよねえ」

「箱同士が重ねたらかみ合うようになってんだな。これ、いいな。この箱いくつか荷馬車に積んどけば、仕入れたものを重ねやすいな」

「ユングさんに聞いてみたら? たぶんイサシロで買えるんだろうし、値段を教えてもらえばルオンさんに相談しやすいでしょ」

「だな。後で聞いてみる。ところでリュリュ。腹減らねえか?」


 退屈しのぎの会話を切り上げたチギは、自身が背負っていた荷物のところに向かい袋の口を開けた。

 がさごそと取り出したのは、ナツメグたちに持たされたクッキーが詰まった箱だ。腹持ちがよいようにどっしりとした生地にくるみを練り込んである。


 試作品を食べたナツメグとゼトは「これは商品にできる!」と分量の調整をくり返して盛り上がっていた。

 自身も作成に関わったクッキーを見て、リュリュナは眉を寄せてうなる。 


「ううーん、確かにもうお昼過ぎてしばらく経つもんね……でも、いまはやめとく」

「え、なんでだよ。村に持ってく分は別にしてあるから、我慢することねえだろ?」


 リュリュナがいつものお姉さん風を吹かせて遠慮しているのか、とさらに勧めるチギだが、リュリュナはふるふるっと首を振った。


「ちがうちがう。遠慮じゃなくてね、ユングさんが戻ってきたら……」


 リュリュナが言い終える前に、立ち並ぶ木の向こうに黒い人影が見えた。

 

「お。戻ってきた。早いなあ」


 チギがそう言う間にもユンガロスの姿はぐんぐん近づいてきて、リュリュナたちのそばで宙に止まる。

 リュリュナとチギは黒い羽根まじりの風を受けて「わぷ」「おわ!」と声をあげた。


「さて、次はおれの荷物を運びましょう。その次はリュリュナさん、最後にチギくんで良いですね?」


 遅れて届いた風に髪をはらりと巻き上げられながら、ユンガロスが微笑む。ばさりと広げられた黒い翼は、優雅に空に広がっていた。

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