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 やわらかな緑に包まれた街道を三台の馬車が連なって進んでいく。

 先頭を行くのは気難しそうな老人が操る幌馬車だ。老人と同じく、馬車もそれを引く馬も年季を感じさせる。

 そこに続く立派な黒塗りの箱馬車を操るのは、若い少年だ。猫耳をぴんと立て、緊張した面持ちでしっかりと手綱を握る姿に、すれ違った旅人が思わずほほえましい視線を向けている。

 真剣な顔で御者台に座る少年は、それすら気づかずに前を行く幌馬車を追っていく。


 猫耳少年の姿に表情を和らげていた旅人は、最後尾を走る箱馬車の御者に目をやって足を止めた。

 長い黒髪をゆるく三つ編みにして肩に垂らした御者は、黒い着流しに黒い羽織をまとった美丈夫だった。ほつれ毛を風に遊ばせながら手綱を操る男は、涼し気な目元を黒眼鏡で隠しているものの、隠し切れない美しさを感じさせる口元をほころばせていた。


「リュリュナさん、乗り心地はいかがですか」


 旅人が見とれていることなど気にもとめず、ユンガロスは御者台の後ろに開いた窓に声をかける。

 そこに、箱馬車のなかにいるリュリュナの顔がちょこりと見えていた。


「とってもらくちんです。あんまり揺れないし、壁があるから風も当たらないし。来るときはもっとがたがた揺れてた気がするんですけど、道がきれいになったのかなあ?」


 首をかしげるリュリュナに、ユンガロスは満足げに笑う。


「最新の箱馬車を注文した甲斐がありました」

「え? 何か言いましたか?」

「いいえ。リュリュナさん、足元に綿入りの敷物がありますから、疲れたらそのうえで横になってください。掛け布団も用意してありますから」

「わあ、ふかふか! 羽毛ぶとんみたい。ありがとうございます!」


 うれしそうな声に続いて、ぽふりと気の抜けるような音が聞こえた。御者台にいるユンガロスからは見えないが、おそらく馬車のなかにいるリュリュナが綿入りの掛け布団に飛びついたのだろう。

 ふっくりふくらんだ柔らかな布団を抱きしめるリュリュナの姿を想像して、ユンガロスはくすりと笑う。


 道中、休憩のために馬車を止めたときに見た布団とリュリュナの姿は、ユンガロスが想像したそのままだった。


「とってもふかふかです! みんな、いっしょに包まったらぬくぬくですよ!」


 そう言って布団を背負って精いっぱい広げる様は想像以上のかわいさで、ユンガロスは馬車だけでなく移動時用の布団まで特注した自分を誇らしく思う。

 

「そっ、そんな寒くねえだろ! 寒いなら服、着たらいいじゃねえか。ひとりで包まっとけよ!」


 顔を真っ赤にして唾を飛ばすチギをよそに、ユンガロスは素直にリュリュナの誘いに乗って彼女の横に陣取った。

 リュリュナひとりならばすっぽり包まることのできる布団だが、ユンガロスとふたりではすこし狭い。そのため、意図せず互いの肩が触れ合ってしまう。


「おれも初めて使いましたが、柔らかくていい品だ。自宅用にいくつか注文してもいいですね」

「わあ、あたし一番乗りだったんだ。ユングさん、とってもすてきな物を貸してもらってありがとうございます」


 掛け布団の心地よさにうっかりこぼしたユンガロスのつぶやきに、リュリュナは恐縮することなく顔をほころばせて礼を言う。

 その素直さが、ユンガロスにはまぶしくまた心地よい。思わずとなりで布団に包まるリュリュナの頭をなでると、そばから強い視線を感じた。

 ちらりとそちらを見ると、ひどく悔しそうなチギの顔があってユンガロスはにっこりと笑顔を深める。

 するとまたチギが歯ぎしりしそうな勢いで悔しがるものだから、自分の馬に水を飲ませていたルオンは、呆れたように若者たちのやりとりを眺めるのだった。


 そんなやり取りをしつつ、道中にある小さな村々に寄っては品物を売って移動すること二日。

 日も暮れ、ずいぶんと山が深く道も細くなってきたころ、一行はこじんまりとした村にたどり着いた。大きな村ではないが、若いものが多く明るく活気のある村だ。

 ルオンの顔見知りを捕まえてひと晩の宿を借りて寝ると、やはり皆疲れていたのだろう。あっという間に次の日の朝になっていた。


「ここいらは、山仕事をする連中の集落よ。木を伐り出して川の流れに乗せて運んどる。川がイサシロまで続いとるからの、馬車の通る道がなかなか発達せん」


 朝もやの晴れていくなかぶつくさと言ったルオンは、村のすみにある建物の前で馬車を下りて馬につないだ紐を外していく。チギとユンガロスもルオンに言われるまま、馬だけを連れて彼のあとに続く。


「馬のお世話、お願いしてきましたー!」


 そこへ、リュリュナが駆け戻ってきた。村の世話役に馬の世話を頼みに言ったリュリュナは、無事に仕事を果たした達成感に満ちた笑顔で三人に駆け寄る。


「ちょっと前に木を運んだひとたちがイサシロで買い物して戻ってきたらしくて、物資は足りてるそうです。あと、ルオンさんにありがとう、って伝えてほしいって。街で働きたいひとの口利きしてくれたから、馬の世話代はいらないって言われちゃいました」


 仕事といっしょに託された袋をルオンに返しながらリュリュナが言うと、ルオンは苦い顔をしてそっぽを向いた。


「ふん、それとこれとはまた別の話よ。まったく、余計な気をまわしおって……」


 ぶつぶつとこぼすルオンだが、その顔にわずかな照れ臭さを感じてリュリュナたちは思わず笑ってしまう。

 場に流れた暖かな雰囲気に気が付いたのか、ルオンはわざとらしく口をへの字にしてじろりと見まわした。


「まあいい。それよりも、馬車に積んだ荷を下ろさにゃならん。それぞれが背負えるようまとめて、終わり次第出発する」

「ここからはもう、ずっと徒歩なのですか」


 ユンガロスが小首をかしげて山に視線をやる。山へと続く道は、細いながらもまだ途切れてはいない。その道は使えないのだろうか、と問うユンガロスに、答えたのはチギだった。


「あの道は木を切るひとたちが通るためのやつだからな。山に入ったらすぐあっちこっちに枝分かれしてて、馬車じゃ通れねえんだ」

「それに、この先にはもう途中に村はないんです。馬車を山のなかに置いておくわけにもいかないし、この村なら馬のお世話もお願いできるから」


 チギの説明とリュリュナの付け足しを聞いて、ユンガロスはなるほどとうなずいた。

 納得したように箱馬車へ向かったユンガロスに続いて、一行は馬のいない馬車のもとへ行く。ユンガロスが開いた馬車の扉の向こうに積まれた荷物を目にして、チギとリュリュナはうっとことばに詰まった。ルオンは、呆れた目で荷物を眺めている。


「お前さん、この山のような荷物をどうするつもりじゃ」


 目だけでなく声にまで呆れをにじませたルオンに問われて、ユンガロスはさわやかに笑顔を返しつつ荷物に手を伸ばす。


「もちろん、すべて運びますよ。おれも伊達で角を生やしているわけではありませんから、そこそこ力持ちなのです」

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