お土産はおいしいものを盛りだくさん!
ぽかんとしているリュリュナとチギをよそに、ユンガロスはどんどん話を進めていく。
「ナツメグさん、ゼトくん。リュリュナさんに里帰りの時間をいただけませんか」
ユンガロスは、店のなかで荷物を片付けていたナツ菓子舗の姉義弟に声をかけた。
呼ばれて、ゼトがひょこりと顔を出す。
「ああ、リュリュナがいいなら構わないですよ。なあ、ナツ姉」
「そうねえ。チギくんと、副長さまも一緒なら安心して帰れるものね。この機会を逃したら、なかなか帰れないのでしょう?」
「店のほうは、もともとふたりでやってたんだ。なんとでもなるしな」
「そうよ。一度帰って、ご両親を安心させてあげなさいな」
ゼトとナツメグは、反対するどころか「村に帰るなら手土産がいるな」「そうねえ。日持ちのするものがいいわよね。くっきぃは外せないわねえ」などとはやくもリュリュナに持たせる物について話し始めている。
雇い主がすんなりと認めたことで、リュリュナに断る理由はなくなった。
「あとは、ルオンどのの了承を得るだけですね」
「あ、はあ……」
にっこり笑うユンガロスに、リュリュナはぼんやりとうなずくばかり。
「それでは少年、ともにルオンどのの元へ向かいましょう。善は急げと言いますからね」
ユンガロスはにこやかにリュリュナに「では、また」と告げると、事態に追いつけていないチギの背を押して去って行った。
そうしてとんとん拍子に話は進み、七日後。
リュリュナはぷっくりふくらんだ袋を背負って、ナツ菓子舗のまえに立っていた。
「リュリュナちゃん、ご両親によろしくお伝えしてね」
「菓子はたんまり詰めといたからな。道中、小腹がすいたら遠慮なく食べるんだぞ」
ナツメグは焼きたてのどら焼きを、ゼトは蒸かしたてのまんじゅうを差し出しながら言う。
ふたりそろってリュリュナが持てないほどの量を渡そうとするものだから、リュリュナは大慌てだ。
「あわわ! こ、こんなにたくさん持てないですよ!」
「これはまた、盛大ですね。おれも手伝いましょう」
リュリュナが腕に抱えたどら焼きの詰まった紙袋とまんじゅうの詰まった紙袋で前が見えない。思わずよろけていると、横から声といっしょに腕が伸びてきた。
いまにもこぼれそうなほどの菓子の山を引き受けてくれたのは、ユンガロスだ。
「こちらは、移動中の食事用でしょうか」
「ええ、そうです。みなさんで召し上がってくださいな」
「村に持って行ってもらうぶんは、積み荷にいれてるんで。向こうまでリュリュナのこと、よろしく頼みます」
確認を取ったユンガロスは抱えた菓子をすぐ取り出せるように、荷車の隅に置く。
ナツ菓子舗のまえに並んだ荷馬車は、計三台。
一台はもちろん、ルオンの所持する年代物の幌馬車だ。年寄りの馬につながれている色あせた荷台には、ロカ村に売りに行く品物と、その道中で通る村で売る予定の品々がどっさり積まれている。
その後ろに並ぶのは、二台の荷馬車。
どちらも若くたくましい馬がつながれて、ちいさな傷も汚れも見えない荷台は、黒い羽の紋が描かれた黒光りする板で囲われまるでちいさな家のようだ。
「あの、ユングさん。この四角い荷車は……」
「箱馬車です。あいにく、ルオンどのの幌馬車と同じ形状のものがおれの家にはありませんでしたから」
なぜか恥じらう様子を見せながら答えるユンガロスに、リュリュナはなんと言っていいかわからなかった。
「まあまあ、立派な馬車ねえ。これならお宿がなくてもゆっくり休めるわねえ」
ほほに手を当てて馬車を仰いだナツメグは「こんな馬車、大きなお家のお嫁入りのときにしか見たことないわあ」と笑っている。
「こんな馬車を個人が何台も持ってるなんてなあ。さすがは黒羽根だぜ」
感心したように馬車を眺めるゼトの横には、チギがぼんやりと立っている。
呆然と馬車を見上げるチギの背中をばしんと叩いたのは、見送りに来たノルだ。
「うらやましいっすね! こんな馬車の御者なんて、そうそう出来ることじゃないっすよ」
「えっ!!」
「御者は雇ってない。村まで行くのは老人、副長、きみと彼女」
目を見開くチギに、同じく見送りに来ていたソルがぼそりとつぶやいた。
老人、ルオンは自分の荷馬車がある。ユンガロスは箱馬車のひとつを操ってここまでやってきた。もう一台の箱馬車の御者台に乗ってきたのは、ノルだった。
けれど、ノルは同行しないという。
「おいらも行きたかったんっすけど、ほっとくと仕事を貯める上司がいるんっすよ。副長の代わりに誰かが見張ってなきゃだめなんっすよねー」
「ノル行かない。ぼくも、行かない」
街の守護隊の主要な人員がそろって街を出るのは難しいのだろう。珍しく、ノルが真面目なことを言い、ソルも同意する。
村まで向かう者の顔を順々に見回していったチギは、最後に恐る恐るリュリュナと顔を見合わせた。
「ご、ごめん。あたし、御者なんてしたことない……」
眉を下げて申し訳なさそうに言うリュリュナを見て、チギは腹をくくる。
やや顔色は悪いが、くちの端を引きつらせながらも笑ってみせた。
「お、おれに任せろ! 幌馬車も箱馬車も、そんなに変わらねえだろ!」
「頼もしいっすね~。彼女にいーとこ見せたいからってげふっ!」
チギを茶化そうと絡みかけたノルは、ユンガロスにはたかれて地面に倒れ込む。音もなく近寄ったソルが「邪魔」とつぶやいて、道に伸びているノルの足首をつかんで引きずっていく。
思わずノルの行方を視線で追いかけていたチギだったが、ユンガロスがチギの視界に入ってさわやかに笑う。
「箱馬車に慣れた馬をつないできましたから、手綱を放さなければ問題ないはずです。心配であればいまから御者を雇いますが」
どうします? と問われて、じゃあお願いします、と言えるチギではない。
「御者くらい、おれがやる! あんたこそ、道に迷わねえようにおれの後ろついて来ていいぜ」
胸を張ってにらみ上げてくる少年に、ユンガロスは満足そうにうなずいた。そうして、最後尾の馬車に手荷物を積んでいたリュリュナの元へ颯爽と向かう。
「では、おれたちはありがたく一番後ろをついて行かせてもらいます」
ユンガロスはそう言って、リュリュナの肩を抱くとチギに笑いかけた。
チギが猫耳をぴんと立てて「んなっ!?」と声をあげ、リュリュナはこてりと首をかしげる。
「こちらの箱馬車は、休息時に使用できるよう荷物を減らしてあるのです。リュリュナさんも、広いほうが疲れずに移動できるでしょう」
「うっ、く、くそっ」
にこやかに告げるユンガロスに、チギは眉間にしわを寄せて思わず悪態をついた。
リュリュナひとりが、事態を把握できずにきょとんとふたりを見比べている。
そんなリュリュナをひょいと抱き上げたユンガロスは、箱馬車のなかに彼女をそっとおろす。
「御者台の後ろに窓がついていますから。道中は、おれが居眠りしてしまわないように話し相手になっていただけるとうれしいです」
「はい! がんばります!」
にっこり微笑んだユンガロスに、リュリュナはぐっとこぶしを握って力強い返事をした。リュリュナの心境は前世のドライブで助手席に乗るような気分で、馬車の操縦ができない代わりに話し相手として立派に努めようとはりきっている。
それを見ていたチギは、むかむかする気持ちを抑えきれないまま、自身が任された箱馬車の荷台をのぞいてみた。たっぷりと詰め込まれた荷物の山が、チギを圧倒する。
無理をすればちいさなリュリュナのひとりくらい入ることはできるだろう、けれど、ゆったり座ることもできない狭い空間に彼女を押し込むなどチギにはできない。リュリュナは「だいじょうぶだよー」と言ってくれるだろうけれど、チギが大丈夫ではない。
しょんぼりと猫耳を垂れさせたチギは、おとなしく御者台へとよじ登るのだった。
 




