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花見の帰り道。ひとまとまりになって歩く一行の中心にはリュリュナがいた。正確に言えば、リュリュナを腕に座らせたユンガロスが集団の真ん中にいた。
「あの、あたし自分で歩けるので……」
「おれがこうしていたいのです。駄目でしょうか」
「うっ! だ、だめではないけど、でも、あたしもみんなといっしょに歩きたいです!」
下ろしてもらいたいと伝えるリュリュナは、ユンガロスに切なげに見つめられて前言を撤回しそうになる。
ほだされそうになる気持ちをどうにかこらえて訴えたリュリュナに、加勢したのはヤイズミだった。
「黒羽根の方がそのように、大切な方のお願いも聞けないような度量のちいさいおひとだとは知りませんでした。もっと心にゆとりのある殿方かと思っておりましたのに」
つんとした声で言われても、ユンガロスはゆったりと構えて微笑みを浮かべている。
「大切だからこそ、片時も離したくないのです。常にそばに居られるわけではないのですから、共にあるときくらいは触れていたいと、そうは思いませんか」
にこやかにそう告げるユンガロスに、ヤイズミは黙ってちらりと視線を動かした。彼女の視線が向いた先は、ユンガロスを挟んだ向こう、ナツメグと会話しながら歩くゼトがいる。
ヤイズミの視線に気がついたのか、ふと顔を向けたゼトは、自分を見つめる青い瞳に目を細めた。そして、何も言わずにナツメグとの会話に戻っていく。ヤイズミもまた、ほんのりとほほを染めはするけれど、ゼトに声をかけることなく視線を前へと向けた。
―――ゼトさんとヤイズミさん、どうしたのかな。
ふたりで散策をして戻ってきてから、ゼトとヤイズミはどこかぎこちない。明らかに態度がおかしいわけではなく、どことなく互いに距離を取っているのをリュリュナは感じていた。
「あの……」
何かあったのだろうか。
そう思ったリュリュナが声をかけようとくちを開いたところで、大きな声が上がってリュリュナのことばは遮られた。
「あ! やっと帰ってきた!」
一行が声のほうに視線を向けると、そこにはチギがいた。猫耳をぴんと立ててうれしそうに笑うチギは、すぐそこに見えているナツ菓子舗の店先で待っていたようだ。
ナツ菓子舗の木戸の前で手を振るチギは、リュリュナがユンガロスの腕のなかにいるのを目にして、むっと眉間にしわを寄せる。対するユンガロスはくちびるの端をほんのりと上向かせ、どこか得意げな顔で少年を見下ろしていた。
「チギ、おつかれさま! どうしたの、なにか用事だった?」
そんな男たちに気づかず、リュリュナはユンガロスの腕からぴょいと飛び降りる。
リュリュナが迷わず駆け寄ってきたことに気をよくしたチギは、途端に機嫌をなおしてにぱっと笑った。
「あのな、いま用意してる積み荷を集め終わったら、おれたちロカ村に行くんだ。だから、リュリュも持って行ってほしいもんがあったらまとめといてくれ、って言いにきた」
「そっか、もうすぐお祭りの時期だもんねえ」
にこにこと笑い合う少年少女に、ユンガロスがくちを挟む。
「お祭りとは、さきほど聞いた桜のしたで開く宴席のことでしょうか」
「そうです。みんな楽しみにしてるから……チギ、みんながお祭り用の食べ物はあたしが用意するね。いつもより、ちょっぴり豪華になるように」
「おう、おれは村に持ってく古着をもうちょっとマシなやつにするぜ。数もいるだろうけど、せめて穴が開いてない服をみんなに着てもらいてえからな」
質素な暮らしに慣れた村人たちが喜ぶ姿を思い浮かべて「きっとみんな驚くぞ」「きっとね」とチギとリュリュナはにひひと笑う。
そんなふたりを眺めていたユンガロスは、ふむとあごに手をあてて思案する。
「それでは、おれからもお願いできますか」
「え?」
「村の人口はいかほどでしょう。全員に行きわたる程度の米と、塩、味噌、醤油。それから山間部は冷えると聞きますので、綿入りの半纏を人数分。土地はあまりないのでしたか、それでは、作物の種を持って行ったところで活用できない……ならば、備蓄できるもの、大豆と干し野菜も手配しましょう。ヤイズミ嬢、白羽根の店でこれらの品を手配していただくことは可能でしょうか」
つらつらと挙げていったユンガロスに名を呼ばれて、ヤイズミは戸惑いつつもうなずいた。
「え、ええ。量にもよりますけれど、数日お時間をいただけるのであれば問題ありません」
「少年、出発予定日は?」
ヤイズミの返答を受けたユンガロスが、チギに視線を向ける。突然のことにチギは目を白黒させながらも、どうにかくちを開く。
「あ、えっと、七日後だけど……」
「ええ、それだけあれば手配できます。少々、手間賃をいただくことになりますけれど」
「問題ありませんね。では、そのように」
ヤイズミとユンガロスの間でどんどん進んでいく話に、チギは焦って声をあげた。
「そ、そんなに荷車に積めねえよ!」
「ユングさ、ま、じゃなくて、ユングさん! あたしたちの村に行く道はとっても狭いんです。木のあいだを荷車が通れないから、ルオンさんはいつも隣村に荷車を置いて荷物を背負って来てくれてたくらいで」
リュリュナも加勢してユンガロスを止める。
「気持ちはとってもうれしいけど、でも、そんなにたくさん一度には、持っていけないです。今回はチギもいるけど、ルオンさんはもうおじいさんだからそんなに重たいものを背負えないだろうし」
「そうだ。じいさん、そろそろ村まで荷物背負って歩くのがつらいからって、おれを見習いにしたようなもんだしよ。そんなにいっぺんに渡されても、困っちまう」
あわあわと理由を述べるリュリュナに、チギもうんうんとうなずきながら同意する。
それをおとなしく聞いていたユンガロスは、ふむ、ともう一度なにごとか思案してから、にっこりと笑った。
「では、おれも同行しましょう」
「へ?」
「え?」
ぽかんとくちを開けるリュリュナとチギに構わず、ユンガロスは「名案ですね」と機嫌よく笑う。
「そうです。ちょうど良い機会なので、持てるだけのものを持ってリュリュナさんの故郷にご挨拶に行きましょう」
「ふええ?」
「えええ!」
思わぬ展開にリュリュナとチギが驚くなか、ユンガロスだけがにこにこと笑っていた。




