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ゼトに呼ばれて一同が集まった場所は、街道から外れたちいさな広場だった。
街道沿いに植えられた桜の木の向こう側は、土手のような斜面になっている。ゆるやかな斜面を降りた先は木々が好き勝手に生えていたが、ほんのひと部屋ぶんほど、ぽっかりと開けた空間になっていた。
「わあ! なんだか、秘密基地みたい!」
斜面を駆け下りたリュリュナが、うれしそうに広場をぐるりと眺めて声を上げる。
ちいさな広場のうえは枝の切れ間になっているようで、遮るもののない空からやわらかな陽射しが降り注いでいた。
「とっても良い場所ねえ。いままで気がつかなかったわあ」
「じゃあ、ここに敷物広げちまっていいよな?」
にこにこと笑うナツメグのことばを受けてゼトが問いかければ、反対の声は上がらない。
それを確かめてから、ゼトはわきに抱えていた敷物を広げた。ひと抱えもある敷物を広げれば、広場のほとんどが埋まってしまう。
そこへ、それぞれが履き物を脱ぎ、手にしていた荷物を抱えていそいそと上がっていく。
「リュリュナさん、あぷるぱいの形が崩れていないか、見ていただけますか?」
「はーい! 開けましょう、開けましょう!」
真っ先にリュリュナに近づいたヤイズミは、きれいな所作で膝を折って座ると、手にしていた風呂敷をそっと差し出した。受け取ったリュリュナもちょこりと座り、ヤイズミとそろってどきどきしながら風呂敷を開く。
「……おいしそう! 形もきれいなままですよ!」
「良かった。ずっと心配しておりましたから、安心いたしました」
はらり、とめくった布のしたにあったアップルパイは、こんがりきつね色に焼けたパイがつやつやと光って、いかにもおいしそうだった。
「ほう、それがノルとソルの食べたという異国の菓子ですね?」
そう言ってリュリュナの横にするりと場所を確保したのはユンガロスだ。
「そうなんです。昨日も今日もヤイズミさんに手伝ってもらったんですよ」
「ほほう、白羽根のご令嬢は、連日リュリュナさんとお過ごしだったのですね」
にこにこ笑顔のリュリュナのことばに、ユンガロスは黒眼鏡の奥の目をきらりと光らせる。
「ええ、ぜひわたくしの手助けが欲しい、とおっしゃっていただきましたから」
ヤイズミが誇らしげに胸を張って答えるのに、ユンガロスは「そうですか」のひと言でさらりと流し、リュリュナに笑顔を向けた。
「おれも今度、菓子作りに誘ってください。力仕事なら役に立てると思います」
「わあ! ユングさまはどんなお菓子が好きですか?」
すでに何を作ろうか、と頭に思い浮かべながら聞いたリュリュナは、笑みを深くしたユンガロスに首をかしげる。
「おれは、リュリュナさんが喜ぶ菓子が好きです。あなたと作ってふたりで食べられたなら、もっとうれしい」
「はわ、わわ!」
甘い台詞を恥ずかしげもなくささやくユンガロスに、リュリュナは真っ赤になってあたふたするばかり。そんな姿さえも愛おしいと言わんばかりに見つめるユンガロスの視線に晒されるリュリュナを救ったのは、ヤイズミだった。
「わたくしだって、リュリュナさんとご一緒したいです!」
横から手を伸ばしたヤイズミが、リュリュナの手を取ってきっぱりと言い切る。
ひんやりと気持ちいい彼女の手に触れて、火照ったリュリュナの気持ちはすこしだけ落ち着きを取り戻した。
「ヤイズミさん……そうですよね。今度はヤイズミさんとユングさまと、みんなで作ったらきっともっと楽しいですよね!」
にぱっと笑うリュリュナにユンガロスは苦笑して、ヤイズミはきりりとした顔でうなずいている。
にぎやかな三人の元へゼトとナツメグが寄ってきて敷物のうえでみんな輪になって座ったところへ、はらり、はらりと花びらが落ちてくる。
風はなく、陽射しはやわらかい。
日に当たる箇所はぽかぽかと温かくて、ときおり落ちてくる桜のうす桃色が視界のはしをちらと彩る。
なんともゆったりした気持ちになった一同はしばし無言になって桜を見上げ、おだやかな時間を楽しんだ。
「……さあ、そろそろお重を開けようかしら」
心地よい静寂を破ったのは、ナツメグの声だった。
「わあい! 開けましょう、開けましょう!」
すぐさま賛成したのはリュリュナだ。わくわくしているのが傍目にもわかるリュリュナの喜びように、釣られて誰もが笑顔になった。
「これがわたしたち、ナツ菓子舗の用意したものです」
そう言ってナツメグが、抱えていた風呂敷をほどいて重箱を取り出す。現れたのは三段重ねの重箱。ずっしりと重たく、大きな重箱を並べれば、敷物のうえが一気に華やかになる。
「これは、あたしが作りました!」
一番上の段を手にしたリュリュナが示した先には、ちんまりとしたおにぎりと稲荷ずしが並んでいた。青菜を混ぜたおにぎりに、ごま塩を振った梅干しおにぎり。ちりめんじゃこと山椒の葉を混ぜた稲荷ずしに、酢飯を詰めた素朴な稲荷ずし。どれも小ぶりに作られたご飯物ばかりだ。
「二段目はおれだ」
ゼトが詰めた二段目には、ふかふかとしたまんじゅうが並んでおり、すき間に置かれたさつまいもの茶巾絞りが彩を添えている。
「見た目はいつものまんじゅうだけどな、きょうは中身がちょっと違うんだ。まあ、食べてみてのお楽しみだ」
「ふふ。わたしは、これを」
ナツメグの作った三段目は、いろいろな野菜が詰められていた。しっかりとだしを吸った大根の煮物、紅白の色が目にもおいしいかぶの酢漬け、中央に置かれた鰹節をまとった筍は昨日、棒て振りから買った旬の食べ物だ。
重箱の三段がそれぞれ並べられると、次に声を上げたのはヤイズミだった。
「わたくしのは、ひとりで作ったわけではないのですけれど……」
ヤイズミがためらいつつ膝から下ろしたのは、アップルパイが乗った皿だ。
昨日に引き続き、ゼトに連れられてナツ菓子舗にやってきたヤイズミの力を頼りに作ったアップルパイは、どっしりと食べ応えがありそうだった。
「おれだけ買って来たもので申し訳ないです。しかし、味の保証はできますから」
そう言ってユンガロスが出したのは、筍の皮にくるまれた包みが五つ。ユンガロスに促されて開けてみたリュリュナは「わあ!」と喜びの声をあげた。
「お団子だ!」
包みの中には、串に刺さった団子が並んでいる。リュリュナが開けたものは醤油団子の包みだったらしい。ゼトはみたらし団子、ナツメグは餡団子、ヤイズミは黄な粉団子と包みごとに中身が違う。
リュリュナがもうひとつはなんだろ、ときらきらした目で見つめるなか、ユンガロスが包みを開く。
「わあ、三色のお団子! かわいい!」
「ふふふ、気に入っていただけたなら、悩んだ甲斐がありますね」
笑顔のリュリュナを見つめて、ユンガロスがうれしそうに目を細めた。
「まあ、お花見にお団子はつきものですものねえ」
「副長さまおすすめの店って、どこですか。後で教えてもらいてえな」
「わ、わたしだっておすすめのお店のひとつやふたつ、教えて差し上げます!」
暖かな陽射しのなか、にぎやかな花見が始まった。