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「腕の鎖をはずしてやれ。さあ、楽しい宴のはじまりだ」


 ねばついた声で言ったのは、どちらの男だったのだろう。

 がちゃん、とひときわ大きな音を立てて暴れる異形に、従者がこわごわと近寄っていく。従者が、震えながらも異形を戒める鎖に手を伸ばしたとき。


「そうはさせませんよ」


 天から声が降ってきて、次いで黒い着流しに身を包んだ長身の男が暗闇から姿を現した。

 黒い衣に黒い髪、その背に大きな黒い翼を広げるさまは闇の化身のよう。黒い色眼鏡越しの鋭い視線に射抜かれた男たちが、まるで化け物に会ったかのように引きつった悲鳴をあげる。


 けれども、かがり火に照らし出されたそのひとの姿を見て、リュリュナはちっとも怖いとは思わなかった。


「ユングさま!」


 リュリュナのあげた声は、明らかな喜びを含んでユンガロスの耳に届く。

 男たちに向けていた冷徹な表情を溶かして、ユンガロスはリュリュナの目の前に舞い降りた。


「遅くなりました。怪我はありませんか?」


 言いながら、ユンガロスはリュリュナの手首を握るフチの手をつかまえた。

 ユンガロスがすこし力を込めれば、フチはうなり声をあげてあっけなくリュリュナの手首をはなす。


「黒羽根の若さま! なぜですか。なぜそのような小娘に構われるのです!」


 締め付けられた手首をかばうようにしながら、後ずさったフチがユンガロスに叫んだ。問いかけの形ではあるものの、その声に込められたのは悲しみを含んだ祈りだった。

 本当は「なぜヤイズミさまを選んでくださらないのか」と問いたかったのだろう。

 その意図を正確に酌んだユンガロスは、リュリュナの手首にくっきりとついた手形をなでながら、フチに冷たい目を向ける。


「なぜ? おれにも彼女にも、相手を選ぶ権利があるからです。それでなくとも、元貴族同士の結婚は推奨されていません。強すぎる力は、ひとの身には過ぎたるものだ。そのことは、あなたがたが何よりも知っているでしょう?」


 言って、ユンガロスが見つめた先には異形の獣が居た。

 四肢を鎖で戒められ、紐を巻いてくちを開くことができないようにされた異形は、男たちの話を聞く限り彼らの子孫なのだという。

 けれど話を聞き、当人らを見比べても信じられないリュリュナは、ユンガロスの着物の袖を引いた。


「あの、この縛られてるひとは、こっちのおじさんたちの玄孫だって言ってたんですけど、本当ですか」


 ユンガロスが現れてから、どうしてかおとなしくなった異形を示しながらリュリュナが言えば、ユンガロスは眉間にしわを寄せながらもうなずいた。


「玄孫……この男たちがそう言ったなら、そうなのでしょう。リュリュナさんは知っていますか。ひとの身に現れる人外の象徴は、力の強さを表しているのです。そして、強い力を持つ者の血を濃くしていけば力は強くなる」


 問いに答えたユンガロスがはじめた話に、リュリュナは目を瞬いた。


「知らなかったです。でも、そっか。だからフチさんは細いのに、力持ちなんですね」


 急に名を出されたフチが、びくりと肩を震わせた。さらりと揺れた髪の間から突き出す角を見上げて、リュリュナはなるほどとうなずいた。

 ついで、ユンガロスの頭に生えた角と、背中から突き出る黒い翼に目をやった。


「じゃあ、ユングさまはとっても強いんですね。立派な角と、きれいな羽根があるから」


 はじめて目にするユンガロスの翼に、怯えるでもなくまっすぐな目を向けるリュリュナに、ユンガロスは思わず微笑んだ。

 何事も素直にありのままを受け入れるのは彼女の美点だ、とリュリュナに抱いた思いをくちにはせずうなずいて返す。


「それだけ血が濃い、とも言えます。これ以上に力を増せば、理性を失うほどに」


そう言ったユンガロスは、ゆるりと持ち上げた手をサングラスにかけた。

 すっと外されたサングラスのしたで、閉じられたまぶたが持ち上がる。


「ひっ!」

「ひぃぃ!」


 そのしたから現れた瞳を見て、狐顔の男と赤ら顔の男が悲鳴をあげた。悲鳴だけにとどまらず、後ずさろうとした男たちはがたがたと椅子をひっくり返して地面に尻をつく。

 無様な男たちを見下ろしていたユンガロスは、ふいとリュリュナに視線を落として、困ったように微笑んだ。


「この目の色こそが、濃くなりすぎた血の証です」


 ゆるく細められたユンガロスの瞳は、赤い色をしていた。血のように濃く、宝石のように澄んだ赤い瞳。それはまさしく、すぐそこで鎖につながれている異形の獣の瞳と同じ色だった。

 

「いまから、三十年ほど前。この城に勤めていたひとりの貴族が、暴れ出したのだそうです。強い力を持っていた赤い目のその貴族は、天守閣を吹き飛ばし、破壊した。それを止めるために当時、城にいた有力な貴族たちはみな死にました」


 語り出したユンガロスの静かな声が、かがり火の揺れる陣幕のなかに落ちる。

 三十年前であれば、リュリュナはもちろんユンガロスもまだ生まれていない。けれど、椅子ごとひっくり返って地面に尻をついている男たちは、きっとその当時を知っているのだろう。ユンガロスの赤い瞳に怯え、じりじりと後ずさっている。


「それを機に貴族制度は廃止され、強い血族同士での婚姻が禁止されたということは、当時、素行に問題ありとして登城していなかったあなたがたでも、ご存知かと思いますが。ちがいましたか、狐面(こめん)の当主と長鼻(ながはな)の当主?」


 灯火にゆれる赤い瞳に射抜かれて、狐顔の男と赤ら顔の男は「ひいぃ」とひきつった声を上げた。


「そっ、そんなお触れは出ていない! そもそも貴族制度が廃止されたのも、騒動にまぎれて庶民どもがやったにちがいない!」

「そうじゃ! すべては我らの力を削ごうという陰謀じゃ。貴族には血統を守る義務がある。そちも、黒羽根の末裔ならわかるであろ!?」


 立ち上がることもできないまま、口だけは達者に動かす男たちにユンガロスは目を細めた。

 そしてばさり、と黒い翼を羽ばたかせるユンガロスに、男たちはおびえたようにくちをつぐむ。


「確かに、おかみからの正式なお触れは出ていません。けれど、混乱のなかでイサシロの街の総意として通達されたという、資料を見つけましたよ」


 そう言って、ユンガロスは懐から一枚の紙を取り出して男たちに向けた。

 ユンガロスの隣に立つリュリュナには、そこになにが書かれているのか見ることはできない。けれど、紙に視線を集めた男たちの顔色がみるみる悪くなっていくあたり、あまり良いことは書いていないのだろう。


「苦労しました。空き家になった武家屋敷をほうぼう探しまわって、ようやく見つけたのです。でもこれで、通達を無視しつづけたあなたがたを止められます」


 にっこり笑ったユンガロスに、男たちは震えあがった。

 ユンガロスの顔はきれいな笑顔を作っている。けれどその目がちっとも笑っていなくて、ちょっぴり怖いなあ、と思うリュリュナだった。

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