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かがり火が近づいてくるにつれて、あたりに散らばる瓦礫の山がちいさくなっていく。
誰かが片付けたのか、と思って見まわしていたリュリュナだが、どうにもちがうような気がしてならない。
そんなことを思いながら見つめているうちに、むき出しの地面に残るえぐれた跡に気が付いた。
―――瓦礫を引きずったあと? ……ううん、ちがう。土がえぐれて、吹き飛んでるみたい。
よく見れば、えぐれた土のあとはある一点を起点にして線を描いているようだった。リュリュナをつかんで引きずるフチが目指すその先から、放射状に土がえぐれ瓦礫が吹き飛んでいる。
―――その先には行きたくない。なんだか、怖い。
そう思うも、手首をつかむフチの腕から逃れられない。
ほどなくして、瓦礫のない広い空間にたどりついた。その空間を囲うように、白い布が張られている。
リュリュナの記憶にあるもので一番近いのは、時代劇で甲冑をつけた偉いひとが座っている周りに張られている、陣幕だ。
遠くから見えたかがり火は、陣幕の入り口で焚かれているのだろう。フチがその火に向かって幕に沿って歩く。
フチに連れられて歩いていたリュリュナは、ふと陣幕に映る影に気が付いた。
幕の内側でも火が焚かれているのだろう。幕のなかにいる誰かの姿を大きな白い布のうえに影絵のように落としている。
ゆらり、ゆらゆら。影が揺れるたびに、がちゃんがちゃんと耳障りな音がする。
―――揺れているのはだれの影だろう。あの音はなんの音だろう。まるで、金属がこすれあうような音だけれど……。
リュリュナが音に気を取られているうちに、陣幕の入り口にたどりついていたらしい。
かがり火のそばに立ったフチが、陣幕に向けて深く頭を下げた。
「お待たせいたしました。ご所望のものを連れてまいりました」
ぱちり、爆ぜたかがり火から視線をはずしたリュリュナは、幕の内側に目をやった。
三方に立てられた幕に囲われたなかほどに、椅子を置いて腰かけているひとの姿がふたつ。豪奢な着物をまとったそのふたりを取り囲むように四か所で火が焚かれ、そのそばにはそれぞれ従者が立っているのが見える。
「待ちくたびれたぞ。はよう、こちらに連れて参れ」
「はい」
腰かけた男が甲高い声で言うと、フチが答えてリュリュナの腕を引いた。
近寄ると、椅子に座っているのはどちらも男だと見てとれた。先ほど甲高い声をあげた男は、いやに細い体に面長な顔を乗せて、とがった耳をしているのがまるで狐のようだ。
もうひとりの男は、対照的にどっしりとした体をしている。濃いまゆのしたの目がぎょろりと大きいが、ひときわ目立つのは長い鼻だ。赤ら顔に長い鼻をした男は、天狗にしか見えない。
いずれも目立つ着物を着た男たちのまえにたどり着いたリュリュナは、地にひざをついて正座したフチに引っ張られて、地面に座った。
じろじろと無遠慮に向けられる視線を感じながら、リュリュナの目が落ち着きなく男たちの足元を行き来する。
「ふん、この小娘が本当に? 角や翼はおろか、耳さえ尖っていないではないか」
あざけるように言ったのは、赤ら顔の男だろう。張り上げているわけでもないのに大きなだみ声が、耳にうるさい。
「ほほ。それでも、あの黒羽根の若造と白羽根の小娘が惹かれるものなのですから、なにかしら秀でたものがあるのでしょう」
狐顔の男が気取った声で応えると、赤ら顔の男が「それもそうよな」と大きな笑い声をあげた。
わはは、とひときわ大きな笑い声に、がちゃん! と金属の音が重なる。
びくり、と肩を震わせたリュリュナは、そろりと音のしたほうに目を向けた。
がちゃん、がちゃがちゃ。
天幕の端に、ちいさく幕で仕切られた箇所がある。音はそちらからしているようだった。
「ほほほ。あれも、番う相手が来てうれしいと見える。はしゃいでおりますわ」
「おう、おう。そう焦らずとも、お前にくれてやるでな。待っておれよ」
男たちの会話を呆然と聞いていたリュリュナは、遅れてことばの内容を理解して体が震える。
こわごわと顔をあげ目の前に座る男たちに向けて、のどにつっかえる声を押し出した。
「あの、あたしは、なんのためにここに連れてこられたんですか」
「また勝手にくちをきいて! 何度言えば!」
許しを得ずに問いかけたリュリュナに、フチが怒りの声をあげる。
それを制したのは、狐顔の男だった。
「よいよい。婿のことも知らずに祝言をあげるなど、不安であろう」
リュリュナを気遣うようなことばを吐きながら、狐顔の男はにたにたと笑う。
その横で同じくいやらしい笑みを浮かべた赤ら顔の男が「幕をおろせ」と従者に手を振った。
ちいさく頭を下げた従者たちが天幕のなかに張られた仕切りの布に向かうあいだに、狐顔の男が吊り上がったくちを開く。
「あれなるは、我らの血を集めて生まれた強きものよ。お前は、あれと番うために連れて参ったのじゃ」
言い終えると同時、仕切り布がはらりと落とされ、その向こうにいるものの姿が露わになった。
尖った鼻づらから、上下に飛び出る鋭い牙。本来、耳があるはずの場所からはいく本もの角が生え、額から流れる毛は裸の背中まで続いており、もはや頭髪とは呼べずたてがみのよう。おおきく曲がった背骨のせいで直立できないのか、地に着いた四肢は鎖で戒められながらも、鋭い爪で何本もの引っかき傷を地面につくっている。
くちが開かないように鼻づらには太いひもが巻かれ、食いしばった牙のあいだからもれるうなり声は、ひとのものではない。異形の獣に血のように赤い瞳で射抜かれて、リュリュナは思わず後ずさる。
ひぃっ、とリュリュナののどがあげた情けない悲鳴を聞いて、男たちが笑う。
「よい面構えだろう? 我らの妻に産ませた子同士を掛け合わせ、その子ども同士をまた掛け合わせ、生まれたのがこのものよ」
「生まれて半年も経たぬというに、ほんにおおきゅうなって。爺ははよう玄孫に会いたいのじゃ」
「しかし、これほど力のないものと掛け合わせては、まともな子は生まれんだろうなあ」
鼻面にしわを寄せてうなり声をあげる異形の獣をながめて笑っていた赤ら顔の男が、リュリュナに視線を向けて顔をしかめる。それを笑ったのは狐顔の男だった。
「ほほほ。ろくな子を成せなくとも、問題ありませぬ。まずは子が成せるか、試すだけ。力を維持し、理性を持った子が生まれれば儲けもの。この小娘を黒羽根の若造から引き離せれば、それで良いのです」
「そうよな。黒羽根の血が薄まる危機を防ぐのもまた、われら貴族の勤め」
ほほほ、わははと笑い合った男たちがフチに目を向けた。そこに浮かぶ暗い愉悦のいろに気が付いて、リュリュナはぞくりと背中が粟立った。静まらない異形のうなり声が、リュリュナの恐怖をあおる。
「さ、婿どのがお待ちかねじゃ。嫁ごを連れて行ってやれ」
「はい」
ぎゅう、と手首をいっそう強く握り、フチがリュリュナを引き立てようとする。顔を青ざめさせたリュリュナは必死で抗うけれど、固く握られた手はほどけない。
ずり、ずりと引きずられるようにして進む先で、異形の獣がぐる、とのどを鳴らす。




