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 しゃり、木さじですくったアイスクリンが涼し気な音をたてた。

 すこし黄色がかった冷菓を盛った小鉢を差し出して、リュリュナが笑う。


「はい、どうぞ。冷たいから、少しずつ食べてくださいね」

「ええ、ありがとう」


 受け取ったヤイズミは、心なしかうれしそうな表情でアイスクリンを見つめている。リュリュナがふたつ、みっつと盛り付けて全員に小鉢が渡るのを待ってから、ヤイズミは添えられたちいさなさじでアイスクリンをすくい、くちに含んだ。


 くちに入れた瞬間すうっと崩れて舌を冷やし、甘みをのこして消えていった。ほんのりと香るやさしい甘さが名残惜しくて、ついもうひとさじと手が進む。

 同じくアイスクリンを食べたゼトとナツメグも、それぞれにうなり声や歓声をあげて笑顔を見せている。

 

「んー。甘くて冷たい! 夏ならもっとおいしく食べられるんですけどね」

「そうか。暑い時期に食えば、いい暑気払いにもなるしな」


 ほほを押さえてうっとりするリュリュナのことばに、ゼトがなるほどなとうなずいた。

 そうしてまたひとくち、おおきなくちを開けてアイスクリンをほお張ったゼトは、冷たさにぶるりと身体をふるわせる。しばしくちを閉じて溶けていく冷菓を楽しんだゼトは、ほう、と冷たい息をついてつぶやく。


「うちでも作りてえが、氷は高いからなあ」

「そうねえ。夏に食べられたらとってもすてきでしょうけど、夏には氷のお値段もとってもすてきなことになってしまうものねえ」


 残念そうに同意したナツメグだったが、はた、と手を止めてゼトに笑いかけた。その輝く笑顔になにか嫌な予感がしたゼトが遮るより早く、ナツメグは言う。


「そうだわ。ヤイズミさまがお嫁に来てくだされば、いつだってアイスクリンが作れるわあ」

「げほっ!」


 名案だ、と笑うナツメグを前にゼトはむせる。ゼトがむせながらちらり、とヤイズミに視線をやれば、わずかに眉を寄せたお嬢さまと目が合った。白いほほがわずかに赤いと感じるのは、気のせいだろうか。

 

「そんっ、そんなこと言ったら姫さんがびっくりするだろ。ナツ姉、冗談もほどほどにしろよ」


 落ち着いたばかりの呼吸を整える間もなくゼトが言えば、ナツメグは「あらあ、いい案だと思ったのだけれど」などと首をかしげている。

 まったく困った義姉だ、と苦笑いを浮かべてヤイズミに目を向ければ、なぜかぷいと視線を逸らされて、ゼトは慌てた。

 気分を害したか、なんて謝ればいい? おたおたするゼトに、リュリュナが苦笑しながらちいさくうなずいた。ヤイズミに近寄ったリュリュナがお嬢さまの長い耳にぽそぽそと何事かを耳打ちすると、ヤイズミの眉に寄せられたしわが消える。

 まだすこし不機嫌さを残してはいるけれど、まとう雰囲気のやわらかくなったヤイズミにゼトはほっと胸をなでおろした。


 場を乱すだけ乱していそいそとアイスクリンのお代わりに向かうナツメグを横目に、リュリュナのそばに寄ったゼトはしゃがんでこっそりとリュリュナに問うた。


「助かった。けど、なんて言ったんだ?」


 後学のために女性の機嫌の取り方を教えてもらおう、と耳打ちしたゼトに、リュリュナはにっこり笑ってささやき返す。


「ゼトさんはちょっと照れてるだけですよ、って言っただけです」


 どやっと誇らしげな顔で告げられたことばに、ゼトは固まった。ちらり、見上げた先ではヤイズミの白い髪がさらりと揺れて、いままさに彼女がゼトから視線を逸らしたことが見て取れた。

 けれど、顔は見えずともその髪からのぞく長い耳が、ほんのり赤く染まっているのは隠しようもない。


 ―――おれが照れてると姫さんが機嫌を良くする……どれだ。何がきっかけだ。さわったことか? ご令嬢の手をうっかり握ったのがいけなかったのか!?


 明らかに意識されていると気が付いて、ゼトは混乱する。お代わりのアイスクリンを食べながらにまにまと笑う義姉が腹立たしい。もしや、お嬢さまのようすに気づいていての発言か。


 そう思い至ったゼトは、がばりと身を起こして銅鍋に向かった。木さじでざくざくとすくいとったアイスクリンを山盛りにして、くちにかきこむ。

 冷たい。夏に食べるべし、という冷菓はそのとおりゼトを冷やしてくれるけれど、なぜか火照る顔だけがどうにもならない。


 ―――こんなに冷たいのに、なんで冷えねえんだ。姫さんの力であんなに冷えてたはずなのに……。


 くちにしたアイスクリンをヤイズミが手づから作ったのだ、と思い出して、ゼトの顔にますます熱が集まる。


「……だあー、もうっ! 姫さん、菓子づくりは楽しかったか!?」

「え? ええ。とても」


 沸騰しそうな頭でぐるぐる考えるのに耐えきれず、ゼトは頭を振ってヤイズミに向き合った。

 ゼトの唐突な問いに目をわずかにみはったヤイズミだったが、戸惑いながらもしっかりとうなずく。それを確認して、ゼトはにっかり笑った。


「だったら、また遊びに来てくれ。営業中じゃなきゃまた菓子作りもできるし、リュリュナと話すだけでもいいからよ」


 ぐだぐだ悩むのはゼトの性分ではなかった。ほんとうのところ、ヤイズミが何を考えているのかなんてわからない。ならば、これからも付き合いを続けて行って程よい距離感を見つけられれば、とひとまずの結論を出したのだ。

 唐突なゼトの誘いに、ヤイズミは明らかに目を丸くしていた。

 わずかな喜びをにじませたその目が迷うようにうろついたのを見て、リュリュナはにっこりとうなずいた。


「あたしも、またいっしょにお菓子つくりたいです」

「ふふふ、わたしも楽しみにしてます。だって、こんなかわいい子たちがきゃっきゃしてる姿なんて、なかなか見られないんですもの」


 ナツメグまでもがほほえんで同意する。

 満場一致で歓迎されて、ヤイズミはおずおずと応える。目を伏せたまま、けれどちらりとゼトの反応をうかがうようにしながら、ちいさな声で言った。


「ご迷惑でなければ、また来ます」

「おお! そうか!」


 にっかりと笑ったゼトの顔にあるのは、喜びと期待。

 てらいもなくヤイズミの来訪を楽しみにしている、と伝えてくる表情にヤイズミがことばをなくしているうちに、ゼトは銅鍋を抱えて木さじを片手にみんなの間を歩き出した。


「じゃあ、食え! もっと食え。置いといたら溶けちまうんだろ。もったいないから、じゃんじゃん食え!」

「あわ、わ! そんなにたくさん食べたら、頭がきーんってなっちゃいますよ!」

「あらあ、わたしはうれしいわあ。おいしいもの、たくさん食べちゃう」


 各人の小鉢にアイスクリンを盛れるだけ盛って歩くゼトに、リュリュナから困ったような悲鳴があがり、ナツメグはうれしそうな声をあげている。


「ほら、姫さんも器出してくれ!」

「え、ええ」


 ずい、と近寄ってきたゼトがどれくらい食べられる? と聞いてくるものだから、アイスクリンのおいしさを知ってしまったヤイズミは思わず引っ込む木さじに向けて小鉢を突き出してしまった。

 リュリュナやナツメグに盛り付けたよりも、ヤイズミの小鉢に盛られたアイスクリンが控えめなのは、遠慮ゆえだろうかと思うと、ヤイズミはなぜだか胸がしおれるような気持ちになったのだ。

 

 もっと、と言いかけて、はしたないわ、と思いとどまったヤイズミだったけれど、突き出された小鉢を見てゼトはうれしげに目を細めた。


「お、姫さんもあいすくりんが気に入ったんだな。おれも好きだ! けど、身体を冷やすなよ」

「これくらいでしたら、わたくしには影響ありません。わたくしの能力をお忘れですか」


 アイスクリンを継ぎ足しながらも気遣うゼトのことばに返しながら、ヤイズミは自分のことばのかわいげのなさを嘆く。けれど、ゼトは気にした風もなくからからと笑った。


「そりゃそうか。いいなあ。姫さんはあいすくりん食べ放題だな」


 屈託の無いその笑顔につられて、ヤイズミも思わずくちもとがほころぶ。いつも冷たいアイスクリンを食べているはずなのに、


「うふふふふふ。きょうはとってもあいすくりん日和ねえ」


 笑いあうゼトとヤイズミを眺めながらアイスクリンをぱくついていたナツメグは、こっそりとつぶやくのだった。

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