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「……よし。寝た」


 さいごの一人がすぅすぅと寝息を立てるのを聞きながら、リュリュナはその横に寝そべっていた体をそっと起こした。そろりそろりと部屋の中央に向かえば、村長とチギが白湯を手に待っていた。


「おつかれさん。いやあ、今日はいつになく面倒みてくれるから、助かったわ」

「チギがたくさん遊んだおかげです。いいお兄ちゃんだったよ、チギ」

「へへへ」


 村長のねぎらいの言葉にリュリュナはチギをほめ、ほめられたチギはうれしそうに笑っている。

 実際、チギが率先して小さい子たちと遊んでくれたおかげで、いつも体を動かしたりないとぐずる子どもたちが、今日はすんなり昼ごはんのそば粥を食べて寝てくれた。おかげで、リュリュナとチギと村長はその時間にゆったりとそば粥を味わうことができている。


 とはいえ、大した量があるわけでもない粥のひと椀など、すぐに食べ終えてしまう。食べた後の食器を片付けたリュリュナは、ふたたびチギと並んで座り、向かいで帳簿をめくる村長に問いかけた。


「村長さん、さっきの布の紐、なにか使い道ないですか」

「ふぅむ……元が古い布切れだからなあ。せいぜいが、髪にしばるか手首の飾りにするくらいだろうな」


 村長は帳簿をぱたりと閉じて、あごをなでさすりながら答えた。

 もしかして売り物になるようなら手仕事にでもなれば、と思って聞いてみたリュリュナだったが、村長の返事は芳しくない。

 しかし、それは想定していた答えでもあった。

 リュリュナが高校生だったときにも似たような組み紐を作っていた。けれど、そちらは使う布自体も新しく色鮮やかなもので、さらにレースやサテンなどの異素材を組み合わせて装飾性を高めていたものだ。

 村長の着古した衣類の切れ端では、どう頑張っても地味すぎる。強度もない。


 ならば、とリュリュナは質問を変える。


「だったら、なにかあたしたちにもできる仕事ないですか」

「仕事、とな」

「リュリュナ、もう仕事するのか!」


 リュリュナの問いに長老とチギはそろって驚く。とくにチギはリュリュナと同い年であることも手伝って、遊び仲間が仕事を求めていることに目を丸くしている。

 だから、リュリュナはできるだけ軽く受け取ってもらえるようにこっくりうなずいて笑って答える。


「うん。だって、お仕事したら食べる物も増えるかもしれないし、お祭り以外でもお菓子が買えるかもしれないから」

「そうか……だったら、おれも仕事したい! お菓子いっぱい食いたい!!」

 

 リュリュナのことばに食いついたのは、チギだ。村では年にいちどの祭りのときだけ、行商の老人から買った干し芋が食べられる。日々の生活でいっぱいいっぱいの村人にとっては、年にいちどの贅沢だ。


「ふうむぅ」


 無邪気に期待を抱くチギを見て、村長は困ったようにあごをさすった。村長とて、幼い子どもたちにうまいものをたくさん食わせてやりたい気持ちはある。けれど、村の貧しさがそれを許さない。


「仕事なあ……お前さんらにできるようなのは、なさそうだなあ」


 困った顔のまま、村長はぽつりぽつりとこぼす。


「そもそもな、おれのじいさまが村長をしていたころは、この村もこんなに貧しくなかったんだが。祭りも、今よりもっと盛大でなあ。街からもひとが来て、そりゃあにぎやかなもんだった」


 村長は、昔を懐かしむように遠い目をする。


「それが、三十年ばかし前か。街でなにやら騒ぎがあって、じいさまも親父も様子を見てくるって言って、出ていってなあ。それっきり帰ってはこんで、わけがわからんままおれが村長になってしまって村は貧しくなる一方だし、祭りのやり方もちゃんと知っとるもんはおらんしでなあ……」


 三十年前といえば、村長はまだ十代だっただろう。前世のリュリュナと同じか、それよりも若いくらいの年で村をひとつ任されたのだ。

 それは、苦労しかなかったことだろう。


「きれいな布でも揃えられれば、さっきの組み紐も売り物になるかもしれんが……すまんなあ」


 村長が申し訳なさそうに笑うものだから、リュリュナは悪いことを聞いた気になってくる。

 材料を買おうにも、この村には蓄えがない。組み紐以外の手芸をすることも考えていたリュリュナだが、現状ではまず材料費を工面できないようだ。

 そこで、村長の困り顔を収めるためにも、リュリュナは他のお願いをすることにした。


「だったら、ことばを教えてください。村の外でも通用するように、文字の読み方と書き方が知りたいです」

「ああ。それだったらいますぐにでも教えよう」


 今度のお願いは物資を要しないものだったからか、村長はふたつ返事で快諾してくれた。確かここに、と行李のなかを漁る村長を待っていたリュリュナに、横からちいさな声がかかる。


「リュリュ、どこか行くのか……?」


 チギのくちからぽつんとこぼれた、さみしげな声。

 村の外でも、というさきほどの発言を拾ったのだろうと、リュリュナはチギの手を取って笑いかけた。


「ずっとさきの話。いまより村が貧乏になって、小さい子たちがごはんも食べられなくなったら、困るから。大きくなったら出稼ぎに行けるように、いまから覚えておこうと思って」


 目をのぞきこんでリュリュナが答えると、チギはだまって下唇を噛みしめている。

 五歳児には難しい話だったかもしれない、とリュリュナが他のことばを探しているうちに、チギは顔をあげてきりりと眉をつりあげた。

 幼い顔をせいいっぱいにしかめ、チギはリュリュナの顔をまっすぐに見た。


「……だったら、おれも覚える! 村長、教えてくれ!」


 ことばの後ろ半分は村長に向けて、チギが真剣な顔で言い放つ。

 村長は幼いふたりの決意を聞いて、自身の情けなさにため息が出そうになった。けれどそれをこらえて、笑ってうなずいた。


「おお、いいけどな。できるだけ、お前らが出稼ぎに行かなくて済むように、おれもがんばるからなあ」


 子どもたちに気取られないように村長もまた、ちいさな決意を抱いていた。

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