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6

 戸口に立つふたりの青年たちに、はじめに反応したのはユンガロスだった。


「……おれの休憩時間はまだ終わっていないでしょう」


 涼やか、というよりも冷ややかな声とじとりとした視線を向けられた青年たちだったが、眼鏡の青年は気にした風もなくあははと笑う。


「隊長がユンガロスさまを呼び出すのなんて、いつものことじゃないっすかー。あのひと、ほんとユンガロスさまがいないと印鑑のひとつも見つけられないんっすから」


 楽しげに笑いながらひらひらと手を振る眼鏡の青年のうしろでは、眼帯の美青年がだまって何度もうなずいている。

 ユンガロスが切れ長の目を細めて軽くにらんでみたところで、青年たちが立ち去る気配はない。


「まあまあ、守護隊の皆さん。いつも街を守ってくださってありがとうございます。せっかくですから、ゆっくりしていかれては?」


 むっすりと黙り込んでしまったユンガロスに代わり、ナツメグが一歩進み出て青年たちに声をかける。

 ゆるりとやわらかい笑みを浮かべて言ったナツメグに颯爽と歩み寄ったのは、眼鏡の青年だ。屋内へと誘うようにあげられたナツメグの手をぎゅっと握りしめて、青年は歯を見せて笑った。


「ナツの若女将はいつ見ても美しいっすね! 人妻なのがもったいないっす。あなたが独り身で、おいらにもうすこし時間があればぜひお誘いに乗ったのに……」

「あらまあ、ノルさんはお上手ですねえ。お着物をお召しの守護隊のかたなら、よりどりみどりでしょうに」


 眼鏡の青年ノルの手からするりと抜けて、ナツメグが微笑む。さりげなく一歩距離を取られたことに気づかずに、ノルは機嫌よく笑い、宙に浮いた手で自慢するように着物の袖を広げて見せた。


「そーなんすよ。やっぱ、着物はお貴族さまと守護隊だけに許された特権っすからね! 女の子から声かけてもらえるんっすよ」


 にこにこと言ったノルだったが、そこでことばを切ると「でも……」と肩を落とす。


「みんな、ユンガロスさまかソルを紹介してほしいなんて言ってくるんすよ。おいらの良さをわかってくれる子、どっかにいないっすかねえ……」

「あらあら、まあまあ。それは大変ですねえ」


 しょんぼりするノルへのナツメグのことばには、明らかに心がこもっていない。ノルの後ろに隠れたソルも「わかるには良さが足りない」などとつぶやいて、ノルを擁護する気はないようだ。さっきまでじっとりと不機嫌顔をしていたユンガロスでさえ、呆れたような目を向けている。

 

「はあ〜、料理じょうずであんまり贅沢しなくておいらのこと大好きって言ってくれるかわいい子、どっかにいないっすかねえ……」


 あちらこちらからの冷たい視線も気にならないのか、ひとりつぶやいたノルはふと台所のほうに目をやり、眼鏡をきらりと光らせた。

 かと思うと、素早い身のこなしで下駄を脱いで板間にあがり、台所に面した戸口に立った。そこからゼトと菓子作りをしているリュリュナを見つけて、かくりと力を抜いた。


「幼女かあ〜」


 残念だという気持ちを隠さずこぼされたことばに、一番に反応したのはリュリュナだ。

 しゅたたとノルの前に駆け寄って、いつもは下がり気味の眉を精一杯につりあげる。


「あたしは幼女じゃありません!」


 そう言うリュリュナのぷっくりふくれたほほには、菓子材料の白い粉がついている。

 その姿はどこから見てもお手伝いをする幼女だ。

 黙ってその顔を見下ろしていたノルは、不意に「ありだな」とつぶやいたかと思うと、しゃがんでリュリュナと視線を合わせて真剣な表情でくちを開く。


「……ちびっこ、大きくなったらお兄さんと結婚しよぅぐえっ!?」


 ノルが最後まで言う前に、彼はえりをつかんで持ち上げられた。持ち上げたのはユンガロスだ。 

 細身とはいえ標準的な大きさのある青年を片手で軽々と持ち上げリュリュナから遠ざけて、ユンガロスはにっこりと笑う。笑顔を向けられたリュリュナは目をぱちくりとさせている。 


「残念ですが、そろそろ行かねばなりません。楽しい時間をありがとうございました」

「あ、はい。こちらこそ、白あんのおまんじゅうおいしかったです」


 にぱっと笑えば、リュリュナのちいさな牙がちらりとのぞく。それを見やって、ユンガロスは口角をゆるりと上げた。


「次回はぜひ、あなたの手作りのくっきぃを食べさせてくださいね」


 やさしく笑ったユンガロスは、指先でリュリュナのほほを撫でて踵を返す。その手には、いまだにノルがぶら下げられている。


「おっ、おれもいっじょに食べたいっぐえぇ!」


 吊り下げられながらも懲りずに手をあげて発言したノルは、ますます首を絞められてつぶれた悲鳴をあげた。そんなことにはお構いなしに玄関へ向かうユンガロスについて歩きながら、ソルがぼそりとつぶやく。


「ノル、状況判断、ぶっぶー」

「そうですね。守護隊の隊士として身を引き締めてもらうためにも、次回の給金の支払いに反映させましょう」


 ソルのつぶやきを拾ったユンガロスがうなずいて言えば、ぐったりとユンガロスの手にぶら下がっていたノルがあわてて声をあげる。 


「ひいええぇぇ! ユンガロスさま、副長さまぁ! それだけはご勘弁を! まだなんにもしてないじゃないですかあぁ~!」

「まだ、というのは、これから何かしらをしでかそうというつもりがある、と受け取れますね」

「ノル、ことば選び、ぶっぶー」

「そんな、そんなあああぁぁぁ!」


 ノルの叫びを無視したユンガロスは、戸口のところでいちど振り向いてにこりと表情を緩めた。


「それでは、お騒がせしました。また来ますね」

「おっ、おいらのことは気軽にノルさん、って呼んでほしい、ぐえええ」


 ユンガロスが言うのに続いて、ノルが懲りずにへらりと笑っては奇声をあげている。

 そんなふたりが消えた戸口でソルが無言でばいばいと手をふり、戸を閉めた。木戸越しに聞こえるのは、首根っこをつかまれたままのノルの騒ぎ声だろう。それもだんだん遠ざかり、やがて通りの喧騒にまぎれて聞こえなくなった。

 急に静かになった店のなかに、ゼトが立ち働く音が響く。ナツメグがやれやれ、と言いたげに湯呑を下げるのを見つめながら、リュリュナは首をかしげた。


「……なんだったんだろう、あのひとたち」

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