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 リュリュナとユンガロスが話しているうちに、接客が終わったらしい。

 前掛けをしたままのナツメグが、湯飲みを持って板間に上がってきた。ゼトは、表に出していた暖簾を手に店に戻り、玄関の戸を閉めている。


「あれ、もうお店おしまいですか?」


 ひとつめを食べ終え、もうひとつのまんじゅうをふたつに割って現れたかぼちゃ餡に見とれていたリュリュナは、首をかしげた。


「そうなの。リュリュナちゃんのおかげで、売るものが無くなっちゃったから。きょうは早じまいよ」


 ひざをついて湯気の立つ湯飲みをユンガロスに渡したナツメグは、リュリュナにも湯飲みを差し出してから居住まいをただした。

 視線のさきには、墨色の髪をした美男子がいる。


「お待たせいたしました。本日は、守護隊の隊長さまがどうなさったんでしょう?」


 心なしか表情を硬くしたナツメグに、ユンガロスはひらりと手を振って微笑んだ。

 口端だけをわずかにあげた、ほんのかすかな笑みだ。


「ああ、いえ。そうかしこまらずに。先ほどリュリュナさんにはお話ししたのですが、昨日の日没ごろにこちらのお店の前にひとりで立つ彼女を見かけて、保護対象かと思ったものですから」


 話を聞こうと昼食ついでに立ち寄らせていただいたのです、とユンガロスが答えれば、ナツメグは納得してうなずいた。


「まあ、そうだったんですね。ええ、この子は昨日から、わたしどもの菓子舗に住み込みで働いてくれることになったんです。守護隊の副長さまに顔を覚えておいていただけると、心強いですわ」


 微笑んでうなずきながらも、ナツメグの口調はどこか硬い。

 その硬さに覚えがあったリュリュナは、もしかして思っている以上に相手は偉いひとなのでは。とにわかに緊張してきた。街のことは住んでからおいおい覚えればいいだろう、とほとんど教えてくれなかったルオンに、文句を言いたくなってくる。

 けれどもここにルオンはおらず、リュリュナはこっそりとナツメグに問うことにした。

 ユンガロスの真横からちょこりと動き、ナツメグのそばへ寄ってこそりと耳打ちする。


「ナツメグさん、もしかしてこの方、とっても偉い方だったり……」


 ひそひそとちいさな声で聞いたつもりのリュリュナの声は、ユンガロスに拾われていたらしい。

 目の前でリュリュナをじっと見つめていたユンガロスが困ったように笑う。


「偉いと言ってもらえるほどの功績はありませんよ。ただ、なり手がいないからおれが引き受けただけで」

「まああ、そんなこと!」


 謙遜なのか、事実なのか。

 ユンガロスとナツメグの発言だけではわからず、リュリュナは困惑する。そこへさらに、ユンガロスが持っていたまんじゅうをぱかりと割って差し出すものだから、リュリュナはますます困惑する。


「あの……これは?」

「おれのつまらない話などより、こちらのほうがお好きかと思ったのですが。白あん、まだ食べていませんでしたよね?」


 ユンガロスの手にあるまんじゅうをじっと見つめたリュリュナは、こくりとうなずいて自分の手を伸ばす。

 半分に割ったばかりのかぼちゃ餡まんじゅうを突きつけられて、ユンガロスは首をかしげた。「これは何でしょう」そう彼が問うよりも早く、リュリュナはにっこり笑う。


「じゃあ、取り替えっこですね!」


 ぱちり、とサングラス越しの目を丸くしたユンガロスだっが、すぐに目元をとろけさせた。

 花でも舞いそうなその笑顔に、そばで見ていたナツメグが思わず赤面する。


「いいのですか? それではあなたの取り分が減ってしまいますよ」


 ユンガロスの言う通り、彼の差し出すまんじゅうは四分の一ほどの大きさ。食べかけの箇所を避けた結果だ。

 対するリュリュナが差し出すのは、半分のまんじゅう。割ったばかりで、まだほんのりと暖かい湯気をくゆらせているものだった。

 明らかに大きさのちがうふたつを取り替えれば、リュリュナの損だ。そう思って伸ばす手を止めていたユンガロスだが、リュリュナはにぱっと笑って彼の手にまんじゅうを持たせた。


「あたし、もうおまんじゅうまるごとひとつ食べたんです。だから、ユングさまに大きいのあげます。おいしいものは、みんなで分けっこしたほうがおいしいんですよ!」


 ユンガロスの笑顔をとろけるような、と表現するならば、リュリュナの笑顔は輝くような、と言えるだろう。

 そんな心からの笑顔とともに差し出されたものを断るユンガロスではなかった。


「では、遠慮なくいただきましょう。ありがとうございます」

「こっちこそ、白あんが食べられてうれしいです!」


 にこにこにっこり微笑みあったふたりは、もふもふとまんじゅうにかじりつく。

 そばに座ったナツメグがふたりを眺めてほのぼのと笑っているところへ、声がかかった。


「ナツ姉、そろそろくっきぃの生地作るか?」

「あ! あたしも手伝いますっ」


 ゼトの呼びかけに素早く反応したリュリュナは、手に残っていたまんじゅうをぱくぱく食べてしまうと、湯飲みのお茶でごくんと飲みこんだ。「あらあら、そんなに慌てなくても」とナツメグは言うが、リュリュナ自身は役に立ちたいという思いと、おいしいお菓子を作りたいという思いでやる気に満ちあふれていた。

 

「くっきぃ、とは?」


 さっそく台所に向かおう、と腰を浮かせたリュリュナに、ユンガロスが首をかしげる。

 

「異国のお菓子なのです。先日、作り方の本を手に入れたものですから、試作をしているところなのですよ」

「異国のお菓子、ですか」


 ナツメグの説明を聞いたユンガロスがふむ、とうなずく横でリュリュナのスカートがひらりとひるがえる。

 それを何気なく目で追ったユンガロスは、はたと気がついて立ち上がった。


「それをいまから作るのですか、リュリュナさんが」


 ユンガロスが問うと、リュリュナはくるりと振り向いてにっこり笑う。楽しげなくちもとにちいさな牙がちらりとのぞく。


「はい! 好きなんです、お菓子つくるの!」

「それはぜひ……」


 ぎゅ、とちいさなこぶしを握るリュリュナにユンガロスがなにか言いかけたとき、からら、と軽い音を立てて玄関の戸が開いた。


「あ、ユンガロスさまいたいた! お迎えにきたっすよー!」

「副長、隊長が呼んでる」


 開いた戸から飛び込んできたのは、眼鏡をかけた軽薄そうな青年と、眼鏡の青年の背中から顔を出す眼帯をつけた美青年だった。

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