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おまんじゅうはどんな味

 ぱちり。目を覚ましたリュリュナが見上げたのは、見慣れない天井だった。

 体を覆うのは、やわらかくてどっしりと重たい布団。それぞれの上着にくるまって寝ていた村の暮らしでは考えられない、ぜいたくな朝。


 ―――そうだ、街に出てきたんだった。


 もそもそと布団から這い出したリュリュナは、昨夜のことを思い出した。

 

 クッキーが焼けたあと、ナツメグの店に住まないかという提案にリュリュナは飛びついた。

 

「そんな素性の知れないやつ……」


 しぶるゼトに、リュリュナはルオンに書いてもらった手紙を差し出した。そこには、行商人のルオンがリュリュナの出自を保証すること。読み書き計算を仕込んであること。真面目にはたらくことが記されていた。

 ゼトと並んで手紙に目を通したナツメグは、にっこり笑ってゼトに言った。


「ルオンさんは知らないけれど、ホーリィさんにはお世話になったでしょう? だったらホーリィさんに恩返しすると思ってリュリュナちゃんを雇いましょう」

「けどよ……」


 なおもしぶるゼトを見て、ナツメグはリュリュナの頭を胸にぎゅうと抱えた。


「もうリュリュナちゃんはうちの子です。決めちゃったもの」

「あわ、わわ」


 ふんわりやわらかな胸に包まれて、リュリュナが慌てているあいだに姉義弟の話し合いは続く。


「けどよ、うちに従業員を雇う余裕なんてねえぞ」

「そうなのよねえ。でも、住むところは余ってるじゃない。ゼトだって、異国のお菓子の作り方を知りたいでしょう?」

「それは、まあ……」


 ナツメグに言われてゼトは否定できない。珍しいものがある、と異国の菓子材料を手に入れたはいいが、扱いかたがわからない。いっしょに買った作り方の本には分量くらいしか書かれていないため、手探り状態の菓子作りを導いてくれる存在は、本当のところはのどから手が出るほどに欲しかった。


「でもよ」


 眉間にしわを寄せてゼトはつぶやく。


「住むところはあっても、うちの儲けじゃ給料は出してやれねえ。寝るとこと食うものを出して、あとはせいぜい駄賃くらいの金しか渡してやれねえんだぞ」


 悔しそうなゼトのことばを聞いて、リュリュナは目を丸くした。

 やんちゃそうな青年は、不審者を家に入れることをしぶっていたわけではなくて、じゅうぶんな見返りが用意できないことをためらっていたらしい。

 

「そんな」


 思わずリュリュナはナツメグの胸から抜け出して、ゼトの手を取った。


「そんな、寝るところをくださるだけでうれしいです! あたしのお菓子作りなんて、素人の趣味程度のものだから……」

「お前にとっちゃそうでも、ここいらじゃあ異国の菓子を作ったことがあるってだけで、じゅうぶんな価値があるんだぞ。自分の知識を安売りするな!」


 眉を吊り上げるゼトだが、もうリュリュナは彼がいくらすごんでも怖くなかった。その底にある彼のやさしさがわかったからだ。


「だったら、住むところと食べ物と、お店のお手伝いをしたらお小遣いをください。それから、空いてる時間はほかの仕事をしてもいいですか」

「そんなの」


 リュリュナの申し出にゼトが答えようとしたところへ、ナツメグが割り込んでくる。


「そんなの、もちろん良いに決まってるわ。ねえ、ゼト」

「ああ。ちびがそれでいいって言うんなら、おれももう何も言わねえ」


 ナツメグが問えば、ゼトはうなずいてにっかりと笑った。くったくの無い笑顔を向けられて、リュリュナも思わず笑い返す。

 それを確かめて、ナツメグがぱちりと胸の前で手を合わせる。


「そうと決まったら、ゼト、離れにお客さま用の布団をひと組、運んでちょうだいな。離れは一昨日お掃除したばかりだから、きれいなはずよ」

「おう。だったら、納戸にしまってある火鉢も出したほうがいいな。春先とはいえ、まだ寒いだろ」

「そうね、炭はどれくらい運んでもらおうかしら。多めに持って行ってあげて。わたしはちいさくなった服を探してみるわ。リュリュナちゃんなら着られるだろうから」

「じゃあ、菓子作りはきょうは仕舞いだな」

「ええ、台所のお片付けはやっておくから、離れをお願いね」

「おう」


 あっという間にふたりは動き出し、リュリュナはくちを挟む間もなかった。

 それでもあわあわとナツメグの手伝いをして椀を洗ったり店の表の戸締りをしたころには、離れの用意が整っていた。

 ゼトとナツメグに案内された離れは、店の台所から出られる裏庭のすみにぽつりと建っていた。

 前の住人が物置がわりに作ったものらしい。


「ここがリュリュナちゃんの部屋ね。置いてあるものは好きに使って、お掃除は自分でしてね。炭が足りないときは、店の裏手に積んであるから好きに取って行ってね」

「足りないものがあったら、言えよ。なんでもは無理だが、用意できるもんは用意してやる」


 村でリュリュナたち一家が暮らしていたよりも一回りちいさな部屋だが、リュリュナひとりが暮らすにはじゅうぶんだ。

 部屋のなかにあるのは、一畳ほどの土間とがらんとした板間。板間に布団と火鉢がぽつん、ぽつんと置かれているきりだが、それらをじっと見て、リュリュナは目を輝かせた。


「ここが、あたしの部屋……!」


 聞かなくてもわかる喜びように、ナツメグとゼトは顔を見合わせてこっそり笑う。


「ええ、そう。それじゃあ、明日からよろしくね」

「今日はさっさと寝ろよ。あったかくすんだぞ。風邪ひいて寝込んだりしたら、菓子作りに差し障るからな」


 くちぐちに言った姉義弟が離れを去っていくと、リュリュナは板間にそろりと上がった。

 抱えていたかばんを部屋のすみに置いて、くるりと一回転。

 

「ここが、あたしの部屋」


 ちいさくつぶやいたリュリュナの胸は、期待に膨らんでいた。

 何もできずに村に出戻ることになるかと思ったのがほんの数時間前のこと。

 けれど、リュリュナの出稼ぎは失敗に終わらなかった。

 部屋を得た。やさしいひとたちに出会えた。

 これから、明日からずっと望んでいた出稼ぎ暮らしがスタートできるのだと思うと、わくわくする気持ちが抑えられない。

 いまならひと晩じゅう起きていたって、元気に明日を迎えられるような気がするリュリュナだったが。


 ―――ちゃんと寝なきゃ。お菓子作り、するんだから。


 去り際のゼトのことばを思い出して、眠たくないけれど布団にもぐりこんだ。


 ―――あったかい。


 いざ寝よう、と意気込んで布団に入ったリュリュナは、敷布団があることに驚いた。前世のようにふかふかではないものの、座布団くらいの厚さがある敷布団は、板間よりもよほどやさしく体を受け止めてくれる。村ではわらで編んだござの上に寝ていたのに、大違いだ。


 ―――あたしひとり、こんな贅沢していいのかな。


 リュリュナの胸に罪悪感が生まれる。

 それと同時に、リュリュナはさらに決意した。


 ―――村のみんなに敷布団も買おう。おいしいものだけじゃない、生活ぜんぶを向上させよう。


 息込んだリュリュナはぎゅう、と固く目をつむった。

 村のみんなのために稼ぐため、しっかり眠らなければ、と気合を入れた。


 寝られるだろうか、という心配はまったく必要がなかった。

 やわらかな布団にくるまったリュリュナは、いつ眠ったのか覚えていないほどすんなりと眠りに落ちて、空が明るくなるいままでぐっすりと眠り続けていたのだから。


 そして迎えた新たな朝に、リュリュナは気合を入れるべく拳をにぎった。


「よしっ、きょうからお仕事、がんばるぞ!!」

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