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小話・牙っ娘ともふもふ

「リュリュナちゃーん、みてみて!」


 ナツ菓子舗の前でほうきを持ってお掃除に精を出していたリュリュナは、幼い声に呼ばれてふりむいた。


「あ、ヨモくん。それなあに?」


 ヨモと呼ばれたご近所の少年が差し出した手には、ちいさな茶色い毛の塊が乗っている。子どもの手のひらにすっぽり収まるほどの塊だ。

 リュリュナがなんだろうと覗き込んだとき、毛玉がもぞりと動いて丸い頭が持ち上がった。


「犬の赤ちゃん……? なんだか足が短いし身体が長いねえ」

「そうなんだよ。河原で拾ったんだけど、おかあさんに見せたら戻して来いって」


 くちをとがらせる少年の家は、すでに猫を数匹飼っていたはずだ。

 これ以上は増やせない、という母親の気持ちもわかる。けれど、目もろくに開かずよろけている幼い獣を河原に戻せば、きっと元気に育ちはしないだろう。


「うむむむむ……わかったよ。預かるね。お菓子屋さんだから飼えないけど、お客さんに引き取ってくれるひとがいないか、聞いてみるよ」

「ありがとう、リュリュナちゃん!」


******************************************


「なるほど。それで引き取り手を探している、と」


 終業後、ナツ菓子舗に遊びに来たユンガロスは事情を聞いてふむ、とあごをなでた。

 彼の見つめる先には、ひざにかごを乗せたリュリュナの姿。かごのなかでは、やわらかな布に包まれた獣の赤ん坊が眠っている。


 訪れるなり菓子舗の店主であるナツメグに店の奥の離れに案内されたものだから、なにごとかと思っていたのだ。食品を扱う店のなかに獣は置いておけないからということらしい。


「そうなんです。お店に来たお客さんに聞いてみたんですけど。みんな、こんな胴の長い変な犬はいらないって」


 しょんぼりと眉を下げるリュリュナを見て、ユンガロスは身を乗り出してかごの中身を観察した。

 丸い頭、長い身体、ちんまりとした両手を胸の前でそろえて眠る姿に、警戒心はみじんもない。短い足がときおり宙をかくのは、夢でも見ているのだろうか。


「リュリュナさん、これはカワウソではないでしょうか」

「カワウソ?」

「ええ。非常に短いですが、よく見ると脚の指がわかれています。尻尾も、犬猫と比べると太くて形状も特徴的ですし」


 ユンガロスに言われて、リュリュナはまじまじと獣の赤ん坊を見つめた。

 たしかに、犬の子よりも鼻づらが短く顔全体が丸い。猫の子と比べると口が横に広い。まだ開かない目も、犬猫に比べればひどくつぶらだ。


「ほんとだ、カワウソですね!」


 わっと驚きうれしそうな顔をしたリュリュナの視線を受けて、ユンガロスはにこりと微笑んだ。そして、微笑んだまま続ける。


「カワウソは成長すれば川魚を食べます。水場も必要になるでしょうから、飼うのは難しいでしょうね」

「そっか……」


 どうしよう、と輝いていたリュリュナの顔が一気にくもるのを見ていたユンガロスは、すかさずリュリュナのくちにお茶受けのクッキーを押し込んでから提案する。


「いまはまだ、乳をあげているのでしょう? 餌をとれるようになるまで守護隊の詰め所で面倒を見て、野生に返すというのはいかがでしょう」

「えっ」


 むぐぐ、とクッキーを飲み込んでぱっと輝きかけたリュリュナの顔は「でも……」と迷いの色をにじませた。


「でも、お仕事の邪魔になっちゃいます。ユングさんも守護隊のみなさんも、忙しいのに」


 頼りたい、けれど迷惑じゃないだろうかと揺れるリュリュナの気持ちのままに、リュリュナの表情もまたぐるぐると変わる。

 ユンガロスが合間にクッキーを差し出せば、ぱくりと食べてはしょげていた顔をぱっと輝かせる。

 そんな姿がかわいくてついつい眺めてしまっていたユンガロスだったが、何度目かにしょぼんと下がった眉を見てくちを開いた。


「迷い犬や飼い猫の保護も警邏の仕事のうちです。守護隊の詰め所ならば常に誰かが控えていますから、負担もそれほどありません」


 ユンガロスが言えば、リュリュナの顔がぱあっと輝いた。

 まぶしいほどの笑顔を向けられたユンガロスは、やはりリュリュナさんは笑顔が一番です、と笑みくずれる。


「そのかわり、リュリュナさんの空いた時間には会いにきてやってくださいね」

「はい! もちろんです!」


 リュリュナが元気よく答えたそのとき。

 カワウソの子が寝ぼけたのか、リュリュナの指先をあむりとくわえて、もにゅもにゅとくちを動かした。短い腕がリュリュナの指をつかもうとして、ぱたぱたと振り回される。


「ふふ、くすぐったい」


 ほほをゆるめてカワウソの赤ん坊を見つめるユンガロスの顔の、ゆるみきっていることといったらない。

 

「あらあらまあまあ、副長さまったら。あんなうれしそうな顔しながら、まんまとリュリュナちゃんをお仕事先にお招きしたわねえ。うふふふふ」


 戸口でこっそりと笑っているのは、お茶のお代わりを持ってきたナツメグだ。


「お代わりはまだしばらく、いらないみたいねえ」


 うふふと笑ったナツメグは、すこしぬるくなってしまった茶を手にいそいそと店に戻っていった。

石河翠さんからのお題「リュリュナとユンガロスの甘いちゃ」

九傷さんからのお題「カワウソ」

を使用して書きました。

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