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タイム・アクシス  作者: 怪鮮丼
第1章
3/5

第2話:始まりのコンペティション

 ハルカが僕らのコンペチームに加わったことで4人になった。

 ホニーミュージック所属の作編曲家がひとり(これはヘルケス)、ガーナージャパン所属のシンガーソングライタがひとり(これがエミ)、僕は飛び級で、ハルカは可愛い。完璧なチームだった。


「かわいさで選ぶなよ」

 そう言ったのはヘルケスだった。脳内音声にツッコミを入れるのマジでやめろ。


「え、なに、ワタルってそういう性格? こわー」

 とニヤつきながらエミまでいじってくる。やめないと自殺するぞ。


「か、かわいいだなんて、そんな、照れます」

 なんだこいつ天然なのか?


 と、お遊びはこんなところで。


「えっと、じゃあうちのチーム、これで決定でいいかな」

 全員がうなずく。


「じゃああたしは先生に報告しておくわね」

 そういうとエミはコンペ担当の七森先生のもとに報告しに行き、帰ってくる。


 しばらく経つとほとんどのチームのメンバーが決定したようで、結局6つのチームで制作がスタートになる。


 僕たちは階段を上って、プリプロルームに行く。

 途中で声優科の生徒が録音しているブースなんかがあって、へぇ、声優ってこんな感じで録音しているのか、などと眺めていて、危うくみんなに置いて行かれそうになったりしていた。


 ちなみにプリプロというのは音楽制作においては本番の録音などの前に行う大まかなデモ制作だと思ってもらって差し支えない。要するにデモテープ作りルーム。


 ガラス張りのプリプロルームは8つのプリプロブースに分かれていて、各ブースには小型のスピーカ(学校のはMSP5という標準的なものが置かれている)と、簡単なデジタルミキシングコンソール、オーディオインターフェースなど、一通りプリプロを作れる機材が揃っている。最低限だけど。ちなみに、四畳半くらいなので4人も入るとエアコンがあるとはいえかなり暑苦しい。


 各チームがプリプロブースに入って、スタンバイおーけー。

 まずプロデューサーのヘルケスが七森先生からコンペの企画書を持ってきて、全体の指揮をとる。

「完成は1ヶ月後。曲調はエレクトロポップ。クライアントは先生の知り合い? の音楽家だとさ。K-Popみたいな音が欲しいらしい。内部でミニコンペを開けとのことだけど、そんなことやるのはいまどきの業界ではバカと七森先生だけだから、作曲はエミ、編曲はワタル、ディレクションは俺とハルカさんって感じでいいかな? 七森先生には僕の方から上手く言っておく」

 全員がうなずく。


「ハルカさんは何か得意分野はある?」

「えっと、歌うこと、かな?」

「じゃあとりあえず後で歌やその他これまでにやったデータチームのサーバにアップロードしておくように。チームのサーバは後でメールで送ります」

「ほいです」


 こうして僕らのコンペが始まった。



 エミがプリプロブースに持ち込んだのは、PCから高解像度で音を出力し、高解像度で音を聴くための魔法の道具、オーディオインターフェースだ。機材には詳しくないので種類まではわからないが、小型で持ち運びしやすそうである。とはいえ手のひらよりもかなり大きめなので、大分重かったんじゃなかろうか。


 続いてノートPCをセットする。あとはオーディオインターフェースの電源とMIDIキーボードをつないでセットおーけー。


「じゃあ、あたしが今ばばーっとメロディとコード打ちこんじゃうから、ワタルはアレンジよろしくね。ワンコーラスだけでいいかな?」

 僕は両手でおっけーの文字を作ると、エミは作業に入る。


 コンピュータにDAWと呼ばれる種類の音楽制作ソフトを立ち上げて、その中にピアノ音源を立ち上げる。すぐにメロディを弾き始めると、コンピュータ上で押した鍵盤がMIDI信号として記録され、いわゆるパソコンが読める譜面が出来上がる。もちろん人間も読むことができるし、今エミが弾いているフレーズはスピーカーから大音量で流れている。


「メロディの感じはこんな感じでどうかな? ワタルはどう思う?」

「うーん、コード進行を付けないとよくわからないなぁ。とりあえず和音も付けてみて」


 そうしてエミがクリック音とメロディにあわせて伴奏を付け始める。

 最初は大体の和音をつけて、あとは気になるところだけフレーズを弾きなおす。

 20分もしないうちにアレンジ前のデモが完成した。


「んじゃ、次は僕のアレンジの番ってことですな」

 そう言うと僕はエミと席を交代する。


「スピーカー、せめてKRKとかだったらうちと同じなんだけど」

 と文句をこぼす僕。

「そういうこと言うならジェネでしょ」

 とヘルケス。確かにいいよね、ジェネ、うん、何の略だっけ?


 とりあえず、こんなコンペに受かったところで経歴にも書けないようなものなので、早く終わらせてエミと共同で作ってるガーナーミュージックの仕事に取り掛かりたいなぁと思いつつ、だるーく音楽制作にとりかかろうとする僕であった。


「えっと、とりあえずサウンドの傾向としてはこんな感じのアーティストっぽい感じがいいかな。いいかいワタル、参考にはしても絶対にパクっちゃいけないからね、コンペで落選するから」

「パクらないし、そもそもそこが理由じゃないだろ。もっと前の倫理的な問題な気がするんだが」

 いや本当どこまでも売ることしか考えてないやつだな、と思いつつも、いつも言っていることだしキリがないのでぐっと飲み込む。


 そんなこんなで作業すること4時間。授業時間はとっくにすぎ、時刻は18時を回っていた。デモの粗方が完成していることもあり、僕たちは解散することになった。


 校門を出ると、みんなが別々の方向に散っていく。


 取り残されたのは、僕と、それからハルカ。


「ワタルくん、今日ってこのあと時間あいてるかな?」

 何か話しかけようかと思っていたが、意外にもハルカの方から話をふってきた。


 いやちょっと待て、「今日」「このあと」っていったいどういう意味だ?

 交わる視線。流れる沈黙。

 僕はハルカの発言をどうとらえていいものか頭をフル回転させていた。


 ハルカは後ろで手を組んで、こちらを覗き込むように少しだけ体を傾ける。

 ショートボブがふわりと揺れる。


「あ、嫌だったり忙しかったら全然断ってくれて構わないんだけど、その、かるーくお食事とかどうかなって」

 そんなの断るやつがいたらここに連れてこい。えっと、ライバルじゃなくてよかったって抱きしめる?


「……ぜひ!」

 ラグってしまったがなんとか返事ができた。


 それにしても上手く行き過ぎな気もする。

 なにこれ、悪魔のいたずら? はたまた悪魔の誘惑?


 僕とハルカはふたりお店に向かって歩き出した。

 彼女がスマホで案内するというので、彼女の一歩後ろをゆっくりと歩く。

 女の子にリードされるというのもなかなかこれでアリである。


 夕焼け色の空を低いビルが反射して、幻想的な雰囲気をかもし出している。

 東京の外れのこの街も捨てたものではない、そう思った瞬間だった。

 ふと遠くの空を見ると、どす黒い雲がぽつりと浮かんでいた。

 僕はそこからそっと目をはなし、ハルカの方へと向き直った。



「CLOSED」

 オシャレなお店のドアには、そう書かれた張り紙があった。


 ハルカがくるりとこちらを向く。

「ごめん! 全然お休みのスケジュール把握してなかった」

 大分申し訳なさそうな顔で謝るハルカ。

「大丈夫、他にも食べるとこあるだろ? 今度は僕が探すよ」


 そうして僕らは、ベルガモ風ドリアが格安の、あのお店に行くことにした。


 路地を抜けて、もと来た道へ。

「なーんかこの街、この時間帯ってやけに人少ないよね」

 と言ったのは僕である。

「確かにそうだね。私もちょこちょこ来るけど、全然人がいなくて、なんか出そう」

 なんか出そうなほどではない。よくお年寄りが歩いているし、ほら、あそこにだって黒ずくめの変な男たちもいるし。


 と、ここまで考えたところでめちゃくちゃ怪しかったので、進路変更。

 ハルカに気付かれないようにそれとなく右に曲がる。


 しばらく歩いてもう安心だろうと思いかけたその瞬間だった。誰かの叫び声が響き渡る。

「あぶない!」

 僕は衝撃でどこかに吹き飛んだような感覚に襲われた。


 反射でつぶってしまった目を開く。なにが覆いかぶさっているのだろうか。

 ぐりぐりと触ってみたのだが、けっこう柔らかくて、女の子っぽい感触だった。

 というか、ハルカだった。

「ちょっと、ワタルくん、それ私だけど」

 ちょっと顔を赤らめていてかわいかった。僕は変態なのか? それとも痴漢か?

「オ、オー、ソーリー」

 思わず飛び出た謎英語。正直、自分でもこんなウザいとは思わなかったので言ってみてびっくりした。

 ハルカはすぐにあたりを警戒したように見渡す。

 僕も気になってぎょろりとあたりを見渡すと、刃物を持った男がこちらに向かって歩いてきていた。


「とりあえず助けてもらったみたいだな。ありがとう」

「うん。でも、狙いは私じゃなさそう」

「……というと??」

 僕にはそれがどういう意味だかさっぱりわからなかった。


「つまり狙われてるのは君、ワタルくんだよ」

 なんで僕がピンポイントで狙われるんだよ、と思ったものの、どう見ても黒ずくめの男は僕を睨みつけている。


「な、なんでもいいからとにかく逃げるぞ。こっちだ」

 今度は僕がハルカの手を引っ張る。

 僕たちは無我夢中で、夕暮れの街を走り回った。



「しまった……!!」

 気付いたときには既に手遅れ。僕たちは黒ずくめの男たちに囲まれていた。


 そういえば元々学者を目指してたのに気付いたときには手遅れなくらい音楽沼に引きずり込まれたなぁ、などと悠長なことを考えているうちに、男たちがどんどん近付いてくる。


 刃物を持っているのはうちひとり。

 あとはよくわからない棒状のものを持っている。

 多分無線機のようなものだろう。


「ワタル、気をつけて。あれは普通の人間じゃない」

「普通の人間じゃないって、そりゃあ刃物を持って僕らを囲ってる人間たちが普通だったら、そんな世の中御免だね」

「そういう意味じゃなくて、本来的な意味で」


 言ってることはさっぱりわからなかったが、とりあえずは置いておくとする。

 目下ここからの脱出方法を考えるしかない。


 左右と後ろは路地裏の終わりで、2メートル以上はありそうなコンクリートの壁に完全にふさがれている。

 ということで、思いついた脱出方法はひとつ。


「あいつらのいる場所をなんとか突破するしかない、か」

 自分で呟いてみてアホらしさに笑えてくる。

 あんなところに突っ込んだところで多勢に無勢。ナイフでめった刺しにされて死ぬのがオチだ。

 それだけはごめんだ。かといって何か他に代案が思い浮かぶわけでもなく。


 そのときだった。後ろの方からまたひとりの男が歩いてくる。

 スーツを着た長身の男で、髪の毛はオールバックというやつだろうか。

 一瞬助かったと思ったが、その男の表情を見てすぐに絶望に変わった。


 男は、ニヤニヤと笑っていたのだ。

 あいつが首謀者に違いない、僕は直感でそう感じ取った。


 でも、何のために僕なんかを?

 僕を殺したところで何の益がある?

 快楽目的の殺人か?


 頭の中を様々な考えが駆け巡る。

 しかし、答えは意外なところから降ってきたのだった。


「君が島崎ワタルくんだね。顔を合わせるのは…… 私にとっては3度目になる。君にとっては1度目だろうけれどもね」

 言っていることがよくわからなかったが、僕の緊張もナイフの男に追い回されたところでピークを迎え、先ほどに比べれば今は大分落ち着いているほうだった。

 なんとか受け答えはできそうだ。

 死ぬ前に理由くらいは訊いておかないと死んでも死にきれない。


「どうして僕の名前を知っている?」

「今言ったばかりじゃないか、君に会うのはこれで3度目だからだよ。他に質問はあるかね?」


「どうして僕を殺そうとする」

「それは2度目に会ったときの君への、そうだね、復讐…… とでも言っておこうか」

 まるで意味がわからない。大体僕はこんな男とは会ったことも見たこともない。


「ワタルくん、それ以上彼と話しても無駄。あんまりペラペラ喋らない方がいい」

 そう言ったのはハルカだった。可愛い見た目のわりには、かなり冷静なタイプらしい。


「ほう、誰かと思えばお譲ちゃん……」

「ハルカを知っているのかよ」

「ハルカ? ああ、お譲ちゃんの名前か。ハルカなんて名乗っているのかい? 滑稽なものだね」

 いったい何を言っているのか。いったいハルカとこの男と、それに僕まで、いったいなんの関わりがあるのだろうか。


「まあなんでもいいさ、君にはここで死んでもらう」

 そう言って男は、着ているスーツからハンドガンのようなものを取りだした。

 ツルリとしていて口径が見当たらないそれは、ハンドガンと言えるのかも実のところよくわからなかった。

 男がニヤリと笑う。


 その瞬間、世界が光に包まれた。


 眩しさに目をつぶる。

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