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タイム・アクシス  作者: 怪鮮丼
第1章
2/5

第1話:それは多分、春の香りだった。

 とても長い夢を見た気がした。

 目覚めたときには泣いていたから、多分悲しい夢。


 どうしていつもこの現実に目覚めてしまうのか、僕はまだその理由を知らない。

 多分きっと、ずっと知ることはないだろう。


 夢と現実の違いなんて、今が現実のような気がするとか、現実になって今のは夢だった気がするとか、ただ「気がする」というただひとつで区別されている。

 なんて曖昧なんだろう。


 なんだってそうなんだ。

 「本当」なんて言葉は、人間の思い上がり。あるいは幻想か、その類いのもの。

 全てはそこにあるように思われる、つまりあるような気がするだけで、懐疑的になろうと思えばいくらでも疑うことができる。どうして今が夢でないと否定できるのだろうか。



 そんなことを考えながら、あたりを見渡す。


 現実が一気に流れ込んでくる。


 ここは僕の通う専門学校のレコーディングルーム。フェーダの沢山ついた卓が置いてあって、コンピュータと連動してフェーダーを動かしたりできる今どきのものだ。一番奥には巨大なスピーカ、卓の上にはふつうの大きさのスピーカがふたつ。その周囲にはコンプレッサだのリバーブだの、一通りのものが置いてある。


 僕が来た目的はラージスピーカだ。ラージスピーカ、つまり巨大なスピーカを無料で使えるので、ここで自分の曲の編集やら諸々をしていたというわけだ。自宅ではできない作業ができるのは本当に専門学校の良いところだ。それで眠ってしまっては時間の無駄遣いではあるけれど。


 目の前には持参したノートPCが置いてある。画面には横向きに録音された波形が並んでいる。イコライザなどもインサートしてあって、あとは自宅にでも帰ってちょっといじくるだけでいいところまで来ている。


「そうか、もう粗方終わらせたんだったな……」


 それにしてもまあまあの作品ができたんじゃないだろうか。途中のコード進行はいきなり遠隔調に飛んでるけど、それもスパイス。音質に関しても、スタジオの機材を通してアナログ感も出せたし、まあこんなもんだろう。


 コンピュータ内だけで完結させると、どうしてもこの「アナログ感」が出せないのだ。確かにそれっぽいものをシミュレートできるものもあるけれど、やはり物理的な機材を通すのが手っ取り早い。


 椅子で眠ってしまったせいか、首に違和感を覚える。


「寝違えたかな……」

 ぐりぐりと首をひねる。


 その瞬間だった。レコーディングルームの黒い防音室がガチャリと音を立てて開く。


「あっ、ごめんなさい! あの、もう予約した時間だったから確認せずに入っちゃって、その……」

 入ってきたのは女の子だった。それもとびきり華奢で可愛い。


 指先をくっつけて、あざとく「ゆるしてね」と言わんばかりに笑う。


 少し明るめのショートボブに水玉の黒と白のワンピ。背中にしょった大きなギターケースだけが可憐さと対極をなしていて、かえってそれが可愛さを引き立たせていた。

 正直、一目惚れした。


「いえいえ! 謝るのは僕の方ですから! 疲れてすっかり眠ってしまって!」

 正直ちょっとテンパっていた。どストライクな女の子がゴツゴツの防音扉に隔てられ、僕とふたりっきり。

 なんかこの表現いやらしいな。とにかく心臓がバクバクなんですけど。


 慌てて自分の機材を片付けようとする。


「えっと……なんとお呼びしたらいいでしょう?」

 彼女は短いワンピースの端をつかみながら、僕の方をじっと見つめた。


 僕の心拍数はさらに跳ね上がる。っていうか太もも! いやいかん…… もし神様がいるなら聞いてくれ、僕みたいな隠キャ卒業したてには、ちょっと刺激が強すぎます。


「えっと、ワタルってみんなは呼んでます」

 オーバーヒートしそうになる頭をなんとか回転させて答える。


「え、あのワタルくん? 噂には聞いてます……じゃあ私より年下なんですね!」

「そうなりますね」

「ワタルくんって呼びますね! あとタメ語でも?」

「え、あ、はい! じゃなくてうん! そっちはなんて呼んだら?」

「私はハルカ」

「じゃあハルカさんって呼ぶね」

「ハルカでいいよ。よろしくね、ワタルくん」

 彼女はそう言うとにっこりと笑い、手を差し出す。


 僕は見とれたまま固まっていた。僕がなかなか握手をしてくれないので、彼女が首をかしげる。

 慌てて手を握る。

 細く柔らかく、女の子らしい手だった。


「はい、握手をしたからもう友達だね、 ワタルくん」

 そうやって笑う彼女は、天使という言葉以外に形容の仕方がなかった。


 テンパっていて気づかなかったけど、彼女がとても良い香りの香水をつけていることに気がつく。

 甘酸っぱくてこそばゆくて、それは多分、春の香りだった。


 *


「名前はハルカ、ね……」

 カフェの席からぼんやりと空を眺め、ぼそりとつぶやく。

 いったいどんな歌を歌うのか。自分で作った歌なのか。

 色々と気になってしまうのだが、それは後々ゆっくり話でもするとしよう。


「ちょっと、あたしの話聞いてんの?」

 そう叫ぶ女の子は、今一緒に曲を制作しているエミだった。

 同じ専門の作曲科に在籍している同級生でもある。

 綺麗な青緑のホットパンツに同系色のタンクトップを着ていて、髪はロング。

 キレイかカワイイかでいうとキレイ系だが、元気な性格も相まってかどこかカワイイ系にも見えてくる。


 先ほどのレコーディングルームを出てから、近くのカフェでエミと待ち合わせ、そこで今日編集したデータを軽く聴いてもらい、これからの予定を話し合っていたのだった。


「ワタル、スマホのレスポンスは早いくせにリアルのレスポンス遅すぎない? 頭でも打った?」

 容赦なく苛立ちをぶつけてくるエミだった。


「悪い悪い、ちょっと考え事をしててさ」

 そういうとエミは「もー」といいながらも、少しだけ微笑んだ。


「まあ実機の使用方法は教えてもらった通りやったし、大丈夫だったでしょ、データ」

 ちなみに実機とは実際の機材のことである。最近はコンピュータ内で完結させても実機みたいな音まで擬似的に出せてしまうので凄い時代だ。ギターやらストリングスやらもコンピュータで再現できる。すごい。


「うん、まあまあね。コンプはもうちょっとかけてもよかったけど、かけすぎよりはいいわね。UADでなんとかしとくわね」

「おーけー」


「ところでワタル、あんたニュース見てないでしょ。大変なことになってるんだから」

 そう言うとエミはノートPCをくるりとこちらへ向ける。


 ……ニュースによると、こうである。

 最近東京湾近辺にて、時空の亀裂のようなものが発見されたらしい。

 時空の亀裂の近辺では物体が不自然に切断されたりしていて、危険なので立ち入り禁止になっているらしい。負傷者などは今のところなし。

 今後も同様の被害がないかなど、学者たちが総動員で調べているとかなんとか。


「時空の亀裂ってのが胡散臭いけど、とにかくなんか事故だか災害だかが起きてるわけだね」

「そうね。しかも時空の亀裂のようなものは、今も色々なものを切断しながら広がっているらしいのよ。こんなものに街ごと飲み込まれたらたまったもんじゃないわ」


 確かに東京湾は遠いわけでもない。このまま広がり続ければ、いずれ僕たちの街も飲み込まれてしまうだろう。


「ニュースはちゃんと読んだ? じゃあ次の記事にいくわね」

 そう言ってエミが違うタブをクリックする。


「これ、オカルト掲示板じゃないの?」

「いいから見なさいよ」

 それは先ほどのニュースの亀裂の写真だと主張する、時空の歪みみたいなものが写った記事だった。


「合成でしょこんなの」

「それがね、私の友達も写真を送ってきてるのよ。ほら」

 エミのスマホを覗き込む。なるほど、確かにオカルト掲示板の<亀裂>そのものだった。


「んで、これが本物だとしてヤバいのはわかった。ただエミは他にも言いたいことがあるんだな?」

「さすがワタル、話が早いわ。友達のには映ってないけど、この掲示板の写真のほうをよくみて、ほらここ」

 エミの指さす部分をみると、<亀裂>から出てくる黒い影のようなものがいくつか映っていた。


「なんだこれ? 人か?」

「そうなのよ、あたしは多分人だと思ってるんだけど……」


 こういうのは信じる、信じないというレベル以上のものではない。

 いや、何事もそうなのかもしれない。

 夢と現実も突き詰めていけば区別はできない。

 

 科学だって証明するのは人間なのだ。人間が「これは科学的に現実だ」と証明したところで、それ自体夢でないとどうして言えるのだろうか。


 デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言った。

 ざっくり説明すると、「我」が悪霊によって<現実>の幻を見せられている可能性はゼロではないのだから、現実ですら疑いの余地がある。

 だけれども我は思う、つまり考えている、考えている「我」だけは疑いえないもだという意味である。


 とはいえその「我」だって本当はあるかどうかわからない。

 <現実>の世界の中で何かをしたり何かを感じたりして「我」があると自覚するのだから、当然その「我」にだって疑いの余地がある。


 そう考えてしまうと何もわからないではないかと思うかもしれないが、そういうときに出てくるのが「可能性」の話だ。


 自分が悪霊に現実の幻を見せられていないと証明することはできない。けれども、そんなものは無視していいほど可能性が低いのだから、目下現実があると<仮定>してあらゆる物事を進めていこうという話である。


 こういう話は神仏の話にも当てはまる。

 例えば「神がいる」ことは科学的に証明できないが、実は「神がいない」ことも科学的に証明できない。

 だけれども、いると仮定して物事の話を進めるよりも、いないと仮定したほうが科学的で、反証可能性が高い、と僕は思う。だから僕は無宗教なのである。

 もっとも、無宗教といえども神を否定も肯定もしない立場だ。ただ、いるとする理由がないだけで。


 では、この時空の亀裂などというオカルトチックな話はどうだろうか?


 まず各種著名なニュースサイトが配信していることから、時空の亀裂のようなものができた可能性は極めて高い、つまり事実だとするのが妥当だろう。


 逆にオカルト掲示板の人影は、合成の可能性もあるし、ましてやオカルト掲示板などといういかにも嘘くさいところにしか載っていないのだから、それが事実である可能性は極めて低いだろう。


「まあ、嘘なんじゃないの? 可能性の話でもする?」

 僕はあきれたように返事をした。

「この前の可能性だのガイゼンセイだったっけ? だのって話はもう勘弁だわ。私、頭パンクするかと思ったもの」

 本当に嫌そうな顔をするエミ。


「んじゃ、作業の話を進めるぞ」

「でも待って、もし人影の写真が本物だとしたら何だと思う? 私は宇宙人じゃないかと思うわ」

「まあそんなところじゃないかな。なんにせよ情報が少なすぎる。なんか確証が得られたらまた報告してくれ。今は音楽に集中したいんだ」


 その後はエミと色々駄弁って、行きつけのカフェを後にした。


 今になって思う。このときエミをまともに相手にしてやれば、あんなことにはならなかったんじゃないかと。



 ヘルケスはどう見ても白人の少年だが、ハンガリー人の父親と日本人の母親を持ついわゆるハーフである。

 なんでも10歳で微積分をマスターし、ハーバード大学から声がかかっているほどの期待の理論物理学者候補らしいのだが、音楽に目覚めてしまい、11歳にして僕と同じ専門学校に飛び級入学してきた天才少年である。


 天才ぶりは既に発揮されていて、僕と話していても歳上かと思ってしまうほどだし、ホニーミュージックと契約を交わしている職業作曲家でもある。なんでお前ここに入ってきたんだ。帰れ。


「ワタル、こんなところで会うなんて奇遇だね」

 流暢な日本語で話しかけてきたのはもちろんヘルケスである。茶色い地毛を短く刈っていて、さわやかな外国人という感じだ。身長は僕より少し低いくらいで、既に同年代説が出ている。


「学校なんだから会うのは当たり前だろ。っていうか未だになんでヘルケスが入学してきたかがわからない。帰れ」

 と、いかにも不機嫌そうに対応してみる。


「前にも言ったと思うけど、俺が変えられそうなのは物理学界ではなく音楽界だからね」

 と自信満々なヘルケス。


「……本当に変えてしまいそうなのがヘルケスの怖いところだな。飛び級してる時点でもう何か革命が起きそうだし」


「おっとワタル、それは自画自賛かい?」

 と言われてみて、確かに僕も飛び級はしてるなと思い出す。


「16歳にして高卒認定取得、17歳で専門に入学。単位も理論と聴音が免除ときてる。君も十分尊敬に値すると思うけどね」

 とのたまう11歳児、ヘルケス。


「あーはいはい、ヘルケスが言うと全部皮肉に聞こえますー。確かに僕は自信はあるけど11歳でそんだけのお前に勝てる自信だけはないよ」

「ワタル、それは誤解だよ。音楽において年齢は関係ないからね」

「確かに年齢は関係ないけど、年齢除いたってホニーと契約なんて僕にはまだ夢のまた夢だからな」

「まあ音楽は気力だから。ワタルも本気を出せば僕くらいはいけるんじゃない?」

 わりと適当なやつだな、と思う僕であった。


「ときにワタル、進捗はどう? アドバイスならするけど」

「おう、ぜひ聴いてくれ。エミと作った渾身の一作だ」

 と言って先ほどのデータをヘッドフォンで聴かせる。


「うんうん。出だしはまあいいんじゃないかな。それよりこの途中のコード、ディグリーで言うと何?」

「七のフラットメジャーセブンだけど」

「うーん、普通これ入れるかな?」

「僕くらいしか使わない気がする……」

「あんまり変なの入れないほうがいいと思うよ。ワタルがやりたいのって商業でしょ? 売れない要素は入れない方がいいと思う。もちろん売れないものが悪いわけじゃないんだけど」

「おーけー、そこはエミと相談しておくわ」

「それから、実機のコンプをもう少しうまく使えるともっと良くなるね。76かけ録りしたのはいいけど、アタックをもう少し遅くしたほうがいいと思う。あ、76はツマミを右にひねるんだからね」

「わかってるわかってる。ありがとな。とりあえず今回録ったやつはこれで終わり、あとはエミが微調整してくれる」

「わかった。また何かあったら聴かせてね。俺にできることがあるならなるべく力になるよ。同じ飛び級組だしね」


 ということで、こんな感じに熱心にアドバイスをしてくれるのがヘルケスである。


「ワタル、そういえばニュース見た?」

「あー、もしかして時空の亀裂のやつ? ならエミから聞いてるけど」

「そう、あれヤバいと思うよ。俺、計算したんだけど、この速度で時空の亀裂が広がり続けると東京都が2週間くらいで飲み込まれると思う」

 としれっと言うヘルケス。


「え、それ本当か? そんなことニュースで見てないけど」

「そりゃあパニックになるからねぇ。俺は父さんが物理学者であの件の調査にも関わってるから、結構人よりは詳しく知ってるはずだよ」

 まじか、と思う僕であった。


「で、あれの正体ってなんなんだ?」

「それがね、自然現象でないってことだけはわかってるんだ」

「自然現象でない……? どこかの国の兵器とかそんなのか?」

「それも調査中。ただ、あの亀裂の周囲からは未知の金属の破片も見つかっていて、宇宙人などの線も真面目に議論されてるらしい」

「宇宙人ねぇ……まさか……」

 あり得ないとは思ったが、エミの件もあって少しだけ考えてしまう。


「俺もその線は薄いとは思うけどね。ひょっとするとワタルの言うようにどっかの国の兵器かもしれないし。でも、未知の金属の説明もつかないし、大体あれは安定したミニブラックホールのようなものなんだ」

「ミニブラックホール?」

「ブラックホールは知ってるよね? 地球の脱出速度は11㎞毎秒、つまりその速度でロケットとかが宇宙に向けて飛ばないと地球を出られないわけだけど、ブラックホールは超光速、つまり光速よりも早く飛ばないと重力をふりきれずに落ちてしまうというわけだ。で、それの小さいバージョンがミニブラックホール」

「待て待て、でも亀裂の周囲って特に何かが吸い込まれたような感じにはなってなかったと思うけど」

「そこが謎なんだよ。ある一定の境界を超えると吸い込まれて、探査機の電波が途切れる。でも、そのほかは影響を与えない。ただ、切断されているものとそうでないものがあったりして、それも謎」


 正直ここまでの異常事態だとは思ってなかったので、改めて状況を整理すると、悪寒のようなものが体を突き抜ける。


「ま、そういうことは研究者に任せて、僕らは政府だかどこだかから指示がない限りは、平常運転なのが一番だよ」

 しれっと正論を言うヘルケスだった。



 数日後。


 亀裂の話題も落ち着いて、僕らは「コンペ」なる授業に出ることになった。

 コンペというのは、コンペティションの略で、要するに楽曲の公募のようなものである。


 ある音楽事務所のアーティストが楽曲提供をしてもらいたいとき、事務所内で曲を制作しない場合はコンペで楽曲を募集することになる。


 コンペで沢山の会社や事務所に「こんな感じの曲を募集してます」と声をかけ、曲を作ってもらう。集まった数10~数100の楽曲の中からより優れた1曲を選んで、それでCDを出す、という流れである。ちなみにコンペに落ちると一銭ももらえないので世知辛い。


 最近の事務所はコンペに参加せずに自社アーティストを育ててそこで上手いことお金を回して、その資金でまた楽曲を作るという良いサイクルになってるとかなってないとか。あとは直接依頼の案件ばかり取るとか。なんにせよコンペの時代も終わりが近付いているのかもしれない。時代の流れ、こわい。


 それはともかく。


 コンペの授業である。

 僕らの学校では4~6人でチームを組んで一つの制作チームとして動き、小さな企業や身内などが出しているコンペに応募し、学生のうちから経歴を作っておこうという生徒に優しい授業である。


 コンペの授業の七森先生が、いかにもギタリストらしいヘビメタっぽいロングヘアをぶんぶん振り回しながら業界やらコンペやらのことについて説明。

 ミミズの這ったような異世界文字を大量に残したホワイトボードを背に、制作チームを自分たちで組むように指示する。


「ヘルケス」

「おう、ワタル」

 阿吽の呼吸でチームを組んだ僕ら。スマホを操作してエミにメッセージを送る。

「エミを入れて3人。あと1人か2人ほしいな」

 と言ったのは僕である。


「エンジニアとプロデューサは俺がやって、エミとワタルは作編曲、あとはディレクタが欲しいかな」

 と、ヘルケス。ちなみにエンジニアとはミックスとかマスタリングとか、要するに録音したりPC内で作られた音を、イコライザを中心とした様々な機材で調整し、全体で聴いたときに音がまとまって聴こえるようにする(だからミックス)とか、音量を整えてCDやレコードに焼く音源、原版、つまりマスターを作る(だからマスタリング)作業の専門家のことを言う。


 ちなみに、ディレクタとはディレクション、つまり全体を俯瞰した立場から見てここはこうした方がいいとかああした方がいいとか指示を出す人である。

 こういう立場の人間がいないと、制作家陣は制作することに夢中になっているので自分たちで気づけない沢山の粗が出てしまうのだ。


 そんなこんなで、エミとも合流。ディレクタを探すことになった。


「あの人はどうよ」

 エミが指さす方向には、髪の毛を虹色に染めたいかにもバンドマン風の男がいた。

「確かに目立つけど…… ヘルケスはどう思う?」

「あれって確かライヴPA科の人だったよね。耳が悪そう」

「それは偏見だし、全国のPAに謝れと言いたいが、あいつ個人が耳が悪そうなのは同意」

「えー、ふたりとも手厳しすぎじゃないかしら」


「じゃあアイツは?」

 僕はインテリメガネをかけたちょっとできそうな男を指さす。

「何、お前の同類はキャンセルで」

「あたしもヘルケスに同意」

 おいちょっと待て、なんで同類になるんだ。そもそも同類だとしてキャンセルする理由はないだろ。新手のいじめか。


 そんなこんなで探すこと15分。エミはとにかく目立つ人ばかりを指さすし、ヘルケスは何かとえり好みして決まりゃしない。


 そんなとき、後ろから声をかける人物が現れた。


「あの、ワタルくん、私でよければ入れてほしいかなって」

 鈴の鳴るようなソプラノボイス。これはもしかして……

 振り返るとそこにはあのときの天使、ハルカが立っていた。


 神様、もう一度だけ言わせてくれ。

 この運命の甘い香り、それは多分、春の香りだった。

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