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氷海のマーマン  作者: ベスタ
9/19

8 ショッピング

 テルは道を歩いていた。

 もちろん潜入調査である。街の作り、人の配置、兵士たちの状況確認や戦争で他に役立ちそうな情報を求めてグルコースの街を歩くことは必須であった。


「賑やかだな」


 テルはその中でも商業区である北西部に来ている。

 珍しいものが並び、いかに物を売ろうかと努力をしている商人が並んでいた。

 売れ筋は槍であり、次に鎧であった。

 これから戦争が起こるかもしれないという情報は、商人にとって命よりも重い情報である。

 武器を売れば武器を見に来るものたちが集まる。

 体のごつい戦士たちで道は賑わっていた。


 その誰もが屈強な身体をしており、なるほどクレイオー軍は数だけではなく兵士も屈強なのだと思い知らされたテルであった。


「ここまで戦士たちばかりだと、自分たちが場違いに思えるッスね」

「そうだね」


 子供ほどの背丈のノエは確かに少し浮いていた。

 体は成人女性のフーカは別の意味で浮いていた。フーカ自身は気にした様子もないのだが。


「ここは武器以外も売っているはずなんですけど」


 そして、アカネが一緒に歩いていた。

 白黒の服はバッチリ浮いている。さらにテルはわからないがファッションの世界ではモノトーンは最新流行の服らしく、そんな高貴そうな服装が屈強な戦士たちと混じっているのも浮いている理由の一つらしい。


 アカネとテルたちは道端でばったりあったのだ。

 本当に偶然であった。テルはどこにいる誰なのかも聞いていなかったためもう会えないと思っていたのだが、アカネも旅をして来たらしく。

 宿屋がある地域は固まっており必然的に出会う確率は高かったようだった。

 それでも普通は会えないようなものだが。


「今日はお土産を買ってあげたいんです」


 テルとしては残念なことにアカネはコブ付きであった。

 いや、良かったと思おう。

 メイドさんと四六時中一緒だとテルの中の紳士がピンチになってしまう。そう思うことで紳士らしく振舞うことのできるテルであった。


 ヘタレである。


「彼氏なんスか」


 店を覗きながらノエがさらりと本命をついた質問をした。

 アカネはいやいやと手を振っている。


「私なんかが恐れ多い」


 そういってアカネは顔を赤く染めるのであった。

 微笑ましくそんな様子を眺めていると、ふと宝石店が目に入った。


「お、あるところにはあるもんだな」


 そう言ってテルは入店する。

 残念ながら内情を知らない女性を連れて武器屋に視察に入るわけにはいかない。テルの潜入任務はもうぐだぐだであった。


「いらっしゃい」


 店の店主は誰もいない店のカウンターで暇そうにしていた。

 それもそうだ。戦争になりそうな時に宝石店なんてはやるはずもない。どちらかというと戦争が終わった後に褒賞で買ってもらう程度である。


 テルはあくまでウインドウショッピングである。決して買わない。

 そこまで懐事情がいいわけでもないのだから。


「これ、綺麗ッスねぇ」

「ノエ、ノエ。こっちも綺麗だよ」

「憧れますよね」


 女性陣が何か言っているがテルの鋼の懐は動く気配がない。

 無い袖は振れないのだから。


 楽しんでいたアカネも値段を見てがっくりと肩を落とした。とてもでは無いが買えないことを悟ったのだろう。


 そんな様子を見て店主が声をかけて来た。


「こっちのは安いよ」


 そちらを見ると黒い石だった。特にこれといった宝石の要素のない拳大の石。宝石ではないのだからもちろん安いに決まっている。


「石を買っても仕方がないだろう」


 テルが素直にいうと宝石商がにっこりと笑っていった。どうやら想定内の発言だったのだろう。


「お客さん。これは確かに宝石じゃない。だけどこの中には夢が詰まってるんだ」

「夢、ですか?」


 アカネが食いつく。確かにかなり安いので気軽に買えてしまう。でもそこらの石だと考えると十分高い値段だが。


「この石。実は宝石の原石でね。だから、もしかしたらすごい大きな宝石が中に入っているかもしれない。だから夢が入っているんだ」

「なるほど」


 うまいことを言う宝石商だった。さすが商人。だが、逆に言えば完全に石の可能性もあるということだ。テルはそんな謳い文句には決して騙されることはない。


「買います!」

「毎度!」


 アカネが躊躇なく買っていた。テルが止める間も無く購入してしまった。


「買って良かったのか?」


 テルが聞くとアカネは問題ないと言わんばかりに笑って答えた。


「ええ、この中に宝石があるかもしれない。その夢を私は買ったんです。だから、中に宝石が入っているかいないかは関係ありません」


 そういうアカネに後悔など全くなかった。

 つまり、本人の思い方次第。

 そう考えればあの商人も良い商売をしたということになるのだろう。

 感心しながらテルは商業区を後にした。




 道を歩いているとそこかしこで戦士の訓練している声が聞こえてくる。その激しい音にテルは興味ないフリをしながら聞き耳を立てていた。


 おそらく兵士の士気は高いのだろう。怒号も時々聞こえ、やる気が溢れているのが伝わってくる。


(これは正面から戦うのは確かに得策じゃないな)


 少なくともテル1人ではあっという間に叩き潰されそうな熱気である。

 そんな兵士たちの間をすり抜けてテルたちは食事を売っている食品街に向けて移動していた。


 そこかしこからテルでもびっくりするような訓練の音が響いているというのにフーカもノエもアカネも気にしていないように歩いていく。

 まあ、フーカはわかる。圧倒的に強いからだ。

 ノエはいざとなればテルの口の中に入って隠れることもできる。

 だが、アカネはよくわからない。

 先ほど買った宝石の原石を笑顔で大事そうに抱えて歩いているだけに見える。


「アカネは怖くないのか」


 疑問に思ったのでそのまま聞くことにした。アカネはそんな質問に不思議そうな顔をして、周りから響く怒号を聞いてああ、とわかった顔をした。


「怖くないですよ」


 あっけらかんと言うアカネに不思議な顔をしたのだろう。アカネがテルの顔を見てくすくす笑いながら答える。


「私も戦っていますから」

「そうなのか?」


 その言葉に、テルはアカネがフーカのような戦闘タイプだったかと腕などを眺めた。決して力強そうな見た目にはどう見ても見えないのである。

 テルが勘違いしていることに気づいて、アカネはまた笑っていった。


「違いますよ、私はそんなに強くないです」


 そう言って手を胸の前に置く。その手の中には原石が握り締められていた。


「実際に戦ってなくても兵士の皆さんの安全を願っていますし、私なんかも応援しています。それはきっと戦っている兵士の皆さんの力になるし、だからきっと、私も戦っているんです」

「そういうことか」


 テルは思う。

 確かに戦いの世界で、戦う者自身の力量が重要ではある。

 だが、食べるものがなければ死んでしまうし、武器がなければまともに戦うこともできない。


 そして食料や武器は戦わない者たちから託されているのだ。

 勝ってください、と。


 それは祈りと呼べるし、一緒に戦っていると言えるだろう。

 テルはますますこの海域を攻略することが難しいと思うと同時に、そんな考え方をするアカネを純粋にすごいと思ったのだった。

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