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氷海のマーマン  作者: ベスタ
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7 暖かい人

 グルコースの城の中、クレイオーは珍しい客人と会うこととなった。


「謹慎は解けていたのか」

「はい。ダゴン様にもこちらに来る許可をいただきました」


 かしこまった態度の騎士がクレイオーの前でひざまずいている。

 彼の名前はライト。偉大なるダゴンの側近であった男だ。

 その腕前は海域全てのものの中で最も強いと言われている。だが、今の今までその腕前が披露された試しがほとんどなく、名家から没落した今となっては嘘ではないのかとまで噂されていた。


「大叔父上には会えないのではないのか?」


 クレイオーはこのライトが犯した罪を知っている。

 むしろ今生きているものの中では、クレイオーが最大の被害者だといってもいいくらいであった。

 危うくサイガンド・タロス連合軍とともに攻め込むところであったのだ。

 流石に3海域連合軍であれば当時のタコス軍は勝てなかったと思われていたが、そもそも2海域連合軍でも勝つのは確実と思われていたのだ。

 迂闊に攻め込まなくて正解というところだろう。


 その連合軍を考え出したライトはダゴンの名前をかたり、海域の軍を勝手に動かした。

 本来ならば国家反逆罪で処刑されていてもいいはずだが、ダゴンの温情により延命されているのがライトの現状である。


 だが、その反逆者がダゴンと会話したという。何かの間違いかとも思っていたが。


「ダゴン様は寛大な方です。許された、と思っております」

「そうか………狂信者め」


 ただでさえつり上がった目がさらにつり上がってしまいそうになる。

 クレイオーは言葉の後半を小さく呟いた。

 目の前にいるライトは間違いなく狂信者と呼べるくらいの男であろう。

 だからこそ、ダゴンの悪口でも言えばいかにクレイオーであろうともこの場で殺そうとして来るに違いない。そう、クレイオーは考えていた。

 タチが悪すぎる。


「ダゴン様の許可は取っております。私をクレイオー軍の一部に組み込んでいただきたい」

「構わないが…」


 言葉を区切る。クレイオーは態度を変えないこの男を少しからかってやりたくなったのだった。

 だからわかりやすい挑発をしてやることにした。


「その許可は本当に大叔父上から出されているのだろうな」

「確認していただいて結構です」


 お前のいうことは信用できない。そういう意味でクレイオーは言ったのだがライトは表情すら変えず言ってのけた。

 それに少し不機嫌となるクレイオーだったが、それをぐっと飲み込む。


「いいだろう。我が軍の先頭に立ち、戦う許可を与えよう」

「ご温情、感謝いたします」


 どのみち戦争の先頭に立てば死ぬのは確実だろう。

 敵味方入り乱れて戦う戦場で生き残るのは非常に難しい。

 その先頭に立つのだ。理性あるものであれば死んでこいと言われているようなものである。

 だが、それでいいのだろう。クレイオーも理解していた。

 ライトは死に場所を求めているのだということを。


「このところタコス軍は海域境で戦闘訓練をしているのだそうだ。おそらくだが、戦争は近いぞ。細かい指示はそこのポーラに聞くがいい」

「こちらについてこい」

「では、これで」


 ライトはクレイオーの1番魚人であるポーラに連れられて退室していった。

 ライトが完全に退室してからクレイオーは椅子に深く座りため息をついた。

 元々クレイオーはこういった作業は苦手なのである。もっと感覚に任せて動くのがクレイオーの性に合っている。


「面倒ごとを増やしてくれるな。タコス」


 ナラエゴニヤを通った時にあっただけの子供の頃のタコスを思い出し、クレイオーはため息をついた。





 戦闘について大まかな説明を受けたライトは城から出てきた。

 しばらくは戦闘待機であり、すぐに戦闘とはならない。

 取っている宿に戻るため街に向かおうとすると、城の入り口で見慣れた姿が見えた。


「こんなところで待っていたのか」

「街の人に聞いてこちらに向かったと知ったので」


 それはマカレトロからついてきていたアカネであった。城の前は屋根がない。そのためモコモコの防寒着を着込んで待っていたアカネであったが、その鼻は寒さで真っ赤になっていた。


 どうせ短い距離である。

 ライトは防寒着を着てすらいない。素早く宿屋のある区画に行き建物の中に入る。

 じんわりと暖かさに包まれ、体の感覚が戻って来る。

 鍛え上げられたライトですらこうなのだ。ライトの後ろについてきていたアカネは防寒着のフードを下ろすと顔をしきりにこすっていた。顔の硬直をほぐし摩擦熱で温めているのだろう。


 そんな風にしているアカネを見めるとライトは尋ねた。


「なぜついて来るのだ」

「えっ。突然なんですか」


 驚いたように尋ね返すアカネにライトはもう一度尋ねた。


「なぜついて来るのだ。そんなに大変な思いをして」


 アカネはマカレトロにいればそこそこの家が引き取ってくれるだろう。そもそもツナ家で昔働いていた、ということは仕事ができるということである。

 とりたがる雇い主は大勢いるだろう。

 それを断ってまでなぜこの娘は辛い思いをしてライトについてきているのだろうか。ライトには分からなかった。


 アカネはふうとため息をつくと人指をさしていった。


「ライト様には分からないかもしれませんが、メイドというのは競争率の激しいものなんです。また、縄張り意識も強くてそう簡単に外から入ってきたメイドを受け入れることもしません」

「そ、そういうものなのか」

「そういうものなんですよ」


 アカネの言葉に少し押されるライトであった。流石にツナ家当主がメイドの就職事情まで把握はしていなかった。


「それでもこんなに寒い地域に来てまで苦労することもなかったのではないか」

「そこも大丈夫です」


 アカネは胸を張って答えた。


「ライト様は絶対無敵の騎士様です。だから、私はライト様の返って来る場所を守りさえすればいいのですよ。バーンズさんにも頼まれてますし」

「バーンズか。余計なことを」


 ライトのことをいまだにどこか手のかかる子供と思っているバーンズのことである。ライトから目を話すのは心配だったのだろう。

 ただし、ありがた迷惑である。

 ライトはすでに1人で十分に旅をして来た経験があるのだ。


「ライト様。だからどうぞ、存分に実力を発揮して来てくださいね」


 アカネにそんな風に言われ、ライトは自分が死ぬためにここに来たと改めて実感した。そしてそのプレッシャーがアカネといると和らいで行くことにも気づいていた。


「そこまでいうからにはもう止めはせん」

「言われても止まりません」


 そう言ったアカネの言葉につい笑顔になってしまうライトであった。

 宿に向かいながらライトはアカネに伝える。


「タコス軍は海域境すぐ近くまで来ているそうだ。すぐに戦争にはならないから、その間に存分に羽を広げるといい」

「わかりました」


 引き締まった声のライトにアカネも気を引き締める。それは戦争が近いというまぎれもない事実であった。戦いが始まれば長い戦いが続く。

 今からこんな調子ではと、アカネは話題を変えることにした。


「そういえば今日すごい変な人を見たんですよ。口の中からにゅるって………」


 ライトとアカネは外から見ると、楽しそうに道端を歩いて行ったのだった。

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