4 タコス軍の日々 後編
テルは徐々に暗くなって来たのでランプに明かりを灯した。
あたりが淡く青色や緑色にひかり、視界が確保される。
「おやすみ、テル」
「ああ、おやすみ。フーカ」
「おやすみッス、フーカ」
部屋の前でフーカと別れるとテルは自分の部屋の中に入った。
夕食も済ませたのであとは眠るだけである。
ただ、その前にいくつかの書類を見てから眠るつもりであった。
「まだ働くんッスか。大変ッスね」
「ああ、先に寝ていていいぞ」
「お言葉に甘えるッス」
ノエはそういうと一気に小さくなりテルの口の中に入り込んだ。ノエの生活の中心はテルの口の中なのだから。
テルはその後少し書類を確認すると、欠伸を噛み殺した。
そろそろ眠るべきだなと思い、ランプを枕元に置く。
このランプは以前サイガンドに攻め込んだ時に道案内をしてくれた光るカビのようなものにヒントを得て作られたものである。
支配者の一族であるスイカの協力を得て、光るカビのようなものを集めて、ランプ型の容器に培養することに成功したのである。
この発明は素晴らしく、1年の間に海域の境を越えて一気に魚人界に普及していった。
テルは70番目の兄弟である直と協力してなんとか完成させたこのランプをとても好んでいた。
正式名称、プランクトンランプ。
この発明は夜に活動できなかった一部の魚人のためにテルが開発し始めたもので、手先の器用な直の協力で完成までこぎつけたのであった。
餌を時々あげれば常に発光し続け、覆いをかぶせることで明かりを擬似的に消すこともできる。なかなかに便利な発明であり、タコス軍の領地である4海域はもちろん、敵であるはずのナラエゴニヤ、ハルカズム海域でも普及している道具である。
今や生活の必需品と言っても過言ではなかった。
暗くなった部屋でテルは次の日の仕事を思いながら眠りにつくのであった。
いつも通りテルがポリフェルの執務室で参謀長であり弟の一二三と仕事をしていると、にわかに外が騒がしくなって来た。
そのざわめきが部屋の前に立ち止まった時、勢いよく扉が開かれる。
「俺様が今帰ったぞ!!!」
「ああ、お帰り」
「おかえりなさいませ」
扉を蹴り開けたのはタコス軍の総大将である、タコスその人であった。
光を跳ね返す赤い髪がトレードマークの元気な支配者である。
テルは簡単に、一二三は丁寧にタコスを迎え入れた。
「ここに帰ってくるのも久しぶりか。特に変わったことはないか」
「こちらの方は順調です。むしろタロスの方が大変だったのではないですか?」
「まあな」
一二三の答えに満足そうに頷くと、入って来た廊下に向かって声をかけた。
「おい、お前たちも入って来ていいぞ」
誰に声をかけたのだろうと入り口に視線を巡らすテルと一二三だったが、一向にその姿が見つからない。どうしたのだろうと思っていたら入り口から見える景色が動き出す。
「どうも、ジンと言います」
「シラナガです。よろしくお願いします」
それはまさしく巨人と呼べるものであった。
身長は2メートルをゆうに超えていた。
体がかなり大きくテルの頭一つ分大きいティガよりも、さらに一回り大きいのだ。
景色だと思っていたのは顔が見えない2人の魚人の体だったのだ。
驚いて言葉も出ないテルと一二三に、ニヤリと意地の悪そうな笑顔を浮かべるタコスだった。
「驚くだろう? こいつらはタロスでスカウトして来た奴らだ。
なんの資源もないタロス海域と思えたが何もない砂地なのが幸いして、回遊型の魚が集まって来ていたんだ」
「回遊魚の魚人は体が大きくなりやすいですからね」
一二三の言葉に頷くタコス。
「こいつらのおかげで作業がだいぶ前倒しできたと思う。だからこんなに早く戻ってこれたんだ」
「なるほど、そういうことですか」
タコスの説明に一二三は納得した顔で答えた。
タコスはタロス海域との戦争後、早い段階でタロス海域に向かった。
その理由は人員の増加である。
ただ、魚人を増やすためには魚人同士が結婚して子供を産むか、ジンカの業しかない。
魚人同士の子供では時間がかかりすぎるため、ジンカの業をしにタコスが向かったのだ。
ジンカの業は支配者の一族と呼ばれるものにしか使えない奇跡の技だ。
他のものでは替えがきかないのでタコス自ら出向くしかなかった。
人員問題以外にもタロス海域は多くの問題を抱えていた。
食料問題と防衛問題である。
食料問題は魚が住み付きやすい岩をサイガンド海域から持ってくることを想定していた。
防衛問題は国境付近に砦を建設することを想定していた。
そのどちらにも足りないのは人員数である。
それをタコスはジンとシラナガを筆頭とした回遊魚人を使うことで解決したということだった。
「こいつらは見た目のように力も強いからな。とても役に立ってくれた」
「なるほど、それは良かったです」
一二三がタコスが褒めるとタコスは偉そうに踏ん反り返った。
「俺様だからな」
その姿に苦笑して、テルはジンやシラナガと挨拶を交わすのだった。
ジンとシラナガに案内の兵士をつけて休んでもらうと、タコスから今のタロス海域のことを教えてもらい、タコスには一二三がカララト海域のことについて報告していた。
そんななか、またもや騒がしい音が執務室に近づいてくる。
「なんだ?」
タコスがそういうや否や、その騒がしい音が執務室の前に止まり、勢いよく扉を開け放った。
「帰って来たぞ、タコス!!」
「お前か、スイカ」
入って来たのは支配者の一族であるスイカであった。
スイカはアーラウト海域に戻り人員の確保に努めていたのである。
アーラウト海域はテルの故郷の海域であるが、最近は帰っていなかった。そのためジンカの業を受けたいという魚がたまって来ていたのである。
魚人をより多く集めたいタコス軍にとって、彼らの存在は無視できないくらい大事であった。
そのための支配者の一族であり、ジンカのできるスイカが選ばれたのである。
スイカはアーラウトの薄い民たちもジンカしてきたようで、スイカの後ろにも2名のお供がついて来ていた。
「彼らは?」
一二三が尋ねると、スイカは彼らの紹介をしてくれた。
「こっちの緑色の服を着た女性がキュリーで、こっちの黒い肌をした男性がタンブリーじゃ」
紹介された2人を見て硬直するテル。
キュリーの方は緑色の服を着た黒髪を頭で結わえた美人であった。いかにもキャリアウーマンといったたたずまいであり物腰も柔らかかった。
「どうぞ宜しくお願い致します」
「2人とも内政官として働いてもらう予定じゃ。どうもこの国は内政官が足りないのでな。妾が連れてきたのじゃ」
「それはいいんですが」
テルは気になっていたことを聞くこととした。別にキュリーの方はテルとしても何も問題はない。しかし、
「タンブリーはもしかして、ゲールラと同じ種族では?」
そう、タンブリーは浅黒い肌をしていた。それはタコス軍の元将軍であり裏切って敵に寝返ったゲールラと同じ種族であったのだ。
スイカは頷く。
「そうじゃな。タンブリーはゲールラと同じ種族じゃ」
「仲間に入れて大丈夫なんですか?」
テルはどうもスイカに対して敬語になってしまう。初めてあった時に敬語だった影響だろうか。
そんなテルに不思議そうに尋ねるスイカ。
「何か問題でも?」
「ゲールラと同族ということは、ゲールラを殺した俺を敵視している可能性があるということです」
「なるほど。タンブリーはどうじゃ」
テルが疑問を投げかけるとタンブリーは冷静に応えた。
「同族が迷惑をかけて申し訳なく思っています。裏切り者の汚名をそそげるよう頑張りたいと思います」
「と、いうことじゃ」
タンブリーの言葉にスイカがあっさり信用しすぎているように感じたが、テルはタンブリーが嘘を言っているようにも感じなかった。
テルとしても兄弟以外のイワシ魚人が現れたとしても、同族ではあるが他人という意識が強いだろう。
同じ県民であるくらいの意識くらいしかしていない。
同族であれば無条件で親しみを感じるが、全く別人格として見て欲しいといったところであろう。
そう考えて納得したテルであった。
「俺はテルだ。よろしく頼む」
「私は参謀長の一二三です。これから指示を与えるので頼みます」
「「はい」」
割り振られた仕事をこなす2人を見ながら、テルは一二三に耳打ちした。
「お前はゲールラが薄い民出身だって知っていたか」
「まあ、なんとなくは」
ゲールラは薄い民の集落に攻撃を仕掛けていたことがある。
そんな彼自身が薄い民であったとは。
「ゲールラはきっと必死になって将軍の地位を勝ち取ったのでしょう。それなのに何もしていないリグナンの住民はそれなりの地位を手に入れた。
それが許せなかったのでしょうね」
「随分と自分勝手な理由だな」
リグナンの住民も戦闘に参加したり色々と貢献してくれている。そのために支配者が訪問したりと色々便宜が図られている。何もしていないわけではないのだが。
ゲールラにしてみればたったそれだけで、というやつなのだろう。
「自分は海水魚人だと思いたかったのでしょうね。
だから他の薄い民に対して攻撃的であったのかもしれません。まあ、死んでしまった今となっては正確なところはわかりませんが」
「そういうものか」
「そういうものなのでしょう、きっと」
一二三は貝殻のうちわで口元を隠すと苦笑をしてみせたのだった。




