3 タコス軍の日々 前編
この世界の海は7つの海域に大きく分けられる。
テルやタコス軍の総大将であるタコスが最初にいたアーラウト海域。
テルが現在いる熱帯海域のカララト海域。
同盟のオームが統治し、岩などの資源が豊富なサイガンド海域。
先の大戦で支配できた資源の乏しいタロス海域。
タロス海域と隣接した寒冷地であり敵の支配領域であるナラエゴニヤ海域。
ナラエゴニヤの奥にあり暗黒海域とも呼ばれるハルカズム海域。
支配者の王であり偉大なるダゴンの支配するマカレトロ海域。
この7つである。
タコス率いるタコス軍は、怒涛の勢いで1年ほどの間にアーラウト、カララト、サイガンド、タロスの4海域を支配した。
そんなテルたちとタロス海域との最後の戦争から既に1年が経っていた。
その間、戦争は起こっていない。
では、その間暇だったのかといえばもちろんそんなことはない。
テルは以前から言われている薄い民たちの集落の名前を決めることとなっていた。
「いつまでも『薄い民の集落』では格好がつきませんからな」
そう穏やかに言ったのは、薄い民を率いる村長のカッターである。
普段紳士的な彼も少しだけ急かすような空気が混じっていたのはテルの気のせいではないと思われる。
カララト海域攻略の時に薄い民から村の名前をつけてもらうように頼まれていたテルであったが、その後2つの海域を制圧してもまだ名前をつけていなかったのだ。
一時期は薄い民とも行き違いがあり、少しだけ関係が悪化していた時もあったが、今では関係も修復され良好な関係を築いている。
だからこそ、今のうちに薄い民の集落に名前をつけて欲しいとのことだった。
「毎回思うんだが俺でなければいけないのか?」
「テル殿につけて欲しいのですよ」
カッターはそう言ってテルに朗らかな笑顔を見せる。
そんな顔をされてはテルとしても断ることができない。
元々薄い民にテルたちは何度も力を貸してもらっていたのだ。恩を返す意味でも元々断る理由もないのだ。
ただ、テル自身ネーミングセンスなどないと自覚していたので、なんとか良さそうな名前を必死になって考えるしかない。
(薄い薄い…コーラ…いや、違うな)
考えれば考えるほど大体ドツボにはまるのである。
(薄い…発毛…カード…存在感…)
どうにも良さそうなのがない。
「何かいいのがありますか」
期待したカッターが尋ねてくる。焦ったテルはひとまず考えていた言葉を口にする。
「キャッシュ、バトル、名刺、うううん」
連想ゲームのようにぽろぽろと言葉が漏れるものの、カッターとしてはどうも期待外れのようだ。テルが言葉を出すたびにどうにもがっかりしたような感じを受ける。
そうは言ってもテルはもともとこの世界の標準的なネーミングセンスがないのだ。
どこかに知恵を貸してくれるものでもいればいいのだが。
「リグナンっていうのはどうッスか。昔のここら辺にあった街の名前らしいッスよ」
テルの口から言葉が漏れる。
思い出したようにテルが口を開けると、中から小さい少女が飛び出してくる。
クリーム色の長い髪が背中まで覆い尽くしている独特な髪型をした少女。
物事をよく知っているテルの相棒、ノエであった。
「おお、ノエ殿もおられましたか」
「お久しぶりッス」
ノエはむくむくと大きくなり、テルの腹くらいの背丈になる。
この少女は寄生虫がジンカした少女であり、元々寄生していたテルに今もつきっきりで生活している。
そして今さっきのようにテルを知識で助けてくれるのだ。
「なんでそんなことを知っているんだ?」
「昔の地図が出てきて、それを眺めたことがあるッス」
テルの質問にノエは胸を張って答えてくれた。
ノエは昔から知識の量が多かった。それに輪をかけるように図書館などに行き今でも知識を増やしているのだ。
「カッター。リグナンでいいか?」
「ええ。喜んで受けましょう」
テルにはよくわからないが、この世界の基準的にオッケーだったようだ。
喜んでいるカッターを見てテルはノエにこっそり耳打ちする。
「助かった。ありがとな」
テルに褒められたノエは、たははと笑うと、
「それほどでもないッスよ」
と謙遜していた。
こうしてリグナンは正式にタコスの支配するカララトに恭順したのだった。
カララトの首都、ポリフェル城の訓練場では激しい訓練の音が響き渡っていた。
「でええい!!!」
「せやああ!!!!」
鋭く突き込むテルの棒を、武器隊長であり弟の史郎が受け流し弾く。
そのままカウンター気味にテルの脇腹に史郎の棒が深く叩き込まれる。
「ぐ、ま、だまだあ!!!」
「たああ!!!」
何度も突きかかるもののあっけなくかわされ、流され、突き込まれる。
時には意識が薄くなっている手元や足元を容赦なく打ち据えられる。
それでもテルは必死に槍の練習をしていた。
かつてテルはライトという騎士に完敗した。
それは人間の器としても、ひとりの戦士としての腕前としても負けたのだ。
そしてその圧倒的な戦闘力を前に、テルだけではなくタコス軍の戦闘部門の殆どが再戦したときのために激しい訓練を開始していた。
「はあ、はあ。休憩しよう」
「ええ、兄さんは休んでいてください」
息が上がってしまったテルとは違い、史郎は息1つ上がっていない。
これが決定的にテルと史郎の腕前の違いを物語っていた。
現状ではテルが逆立ちをしても史郎に勝てる可能性はない。逆に言えば常に格上との練習ができるということでもあった。
だが、戦い続けるにはテルには体力がない。イワシ魚人であるというポテンシャルは同じなはずなのだが。
その間、史郎はティガと組手をすることとなっている。
「行くぞ」
「お願いします」
史郎はいまや槍の使い手としてはタコス軍で1番の腕前である。そんな史郎が敵わないのが素手部隊の隊長であるウツボ魚人のティガだった。
ティガの黄色と黒の縞模様が映える腕が、凄まじい勢いで史郎に迫る。
油断なく構えていた史郎は槍で受け流し、その勢いのままくるりと1回転。棒のお尻の部分で鋭くティガの脇腹めがけて突く。
テルであれば避けきれない攻撃をティガは簡単に払いのける。
体重の乗ったタイミングも完璧な攻撃は、ティガを仕留めるには完璧ではなかったということだ。
不自然な体勢になってしまった史郎を追撃するティガは、追撃をやめ急反転する。
そのティガの目の前を水流魔法が唸りを上げて通り抜ける。
「精度が上がったな」
「まだまだですよ」
ティガの視線の先には魔法部隊隊長の余市がいる。
史郎の相手はティガひとりだが、ティガの相手は史郎と余市が相手をしているのだ。
ぼしゅぼしゅぼしゅ
連続して泡の混じった水流がティガに襲いかかる。
3発中2発を避け1発を拳で打ち砕くティガ。
その流れの隙間を縫って史郎の棒がティガに迫るが、ティガは上半身をひねり数回かわす。
外れたと思われた魔法が方向を変えてティガの死角から迫るが、それを後ろ手で防ぐと数歩下がり史郎の攻撃圏内から離れるティガ。
とてもではないがテルでは目で追うのが精一杯であった。
「ティガは相変わらずすごいな」
「ウチの史郎もすごいですよ」
訓練場の端で座って休んでいたテルの独り言に応えたものがいた。応えられるとは思わなかったのでテルはその女性の方を見る。
それはテルの妹の奈美であった。
昔は素手部隊の隊長をしていたが兄の史郎と結婚をしており、今では軍を退いて家庭を築いているはずだった。
軍属でなくなっただけで城に用事がなくなってしまうので、テルは本当に久しぶりに再会したのだった。
「久しぶりじゃないか。なかなか城に来なかったから心配していたんだぞ」
「お城にはちょくちょくきてますよ」
ただ単にテルと出会っていないだけであった。
それにしても出会わないので本当にきていたのか不思議に思ったテルであったが、
「兄さんは執務室からあまり出ませんから」
と言われれば確かに、と思ってしまう。テルは1日の半分を執務室で内政の手伝いをしてすごしているのだから。
奈美とそんなことを話していると、ふと視線を感じてテルは自分の視線を奈美の胸元へと動かした。
そこには小さな小さな赤ん坊が奈美の腕に抱かれているところであった。
「おお。もう子供が生まれていたんだな」
それは一時期、タコス軍内部を賑わしていたのでテルも知っている。
史郎と奈美の間に子供ができたのだ。
兄弟の中でははじめての子供なので、テルたち兄弟100人で嬉しさのあまり大騒ぎしていたのを覚えている。
まだ1歳にはならないはずだが、泣きわめいたりせず大人しくこちらを興味深そうに見てきていた。
「子供のテイルです。男の子だから兄さんから見たら甥になるのかな」
「ああ、そうだな。はじめましてテイル。これからよろしくな」
テルが手を差し伸べると、テイルはその人差し指をガシッと掴んだ。思ったより力強い握力にテルが驚いて笑う。
「おお。この子はきっと強くなるな」
「ウチの史郎みたいなこと言わないでくださいよ」
お互いに笑いあった後、少し離れている女性をテルが見つける。
「フーカ。どうしたんだ?」
フーカは背の高い美女であった。背も高くすらりとした印象を受ける女性であるが、こう見えて少し前にようやく1才になったばかりである。
テルよりも頭一つ分大きいフーカが恐る恐るといった感じでこちらに近づいてきた。
「そ、それはなに?」
赤ん坊のことだろう。
そういえばフーカは今まで子供というものを見たことがなかったのだった。
とても小さい言葉も喋れないか弱い存在に、とても戸惑っているのだろう。
「数ヶ月前に生まれたばかりの奈美の子供だ。こっちにきて触ってみろ」
そろそろと近づくフーカは赤ちゃんにそっと手を差し伸べる。差し伸べられたテイルはフーカよりも堂々とその手を握り返した。
そんなテイルの反応に自然と笑顔がこぼれるフーカ。
「かわいい…」
呟いたフーカにテルは教えて上げた。
「テイルはフーカよりも後に生まれてきたんだ。つまり、フーカはお姉ちゃんだな」
「お姉ちゃん? 私が?」
「ああ」
テルがそういうとフーカはキョトンとした顔をした。
それもそうだろう。今までフーカは自分より年上の魚人としかあったことがないのだ。初めての自分よりも年下の子供。
段々とフーカの顔に笑顔が浮かんでくる。
「私が、苦内お姉ちゃんみたいにお姉ちゃんになるの?」
「ああ、そうだぞ。だからお姉ちゃんとして恥ずかしくないようにしないとな」
なぜテルの妹の苦内が出てくるのかはわからないが。よくよく考えてみればフーカは苦内によく懐いていた。きっと面倒見が良かったのだろう。
フーカはテルの言葉に大きく頷くとテイルに向かって笑顔で言った。
「お姉ちゃんがテイルを守ってあげるからね」
「だうー」
テイルが返事をする。魚からジンカした魚人はフーカのように赤ちゃんでも成人のような姿になるが、魚人同士の子供は人間の赤ちゃんのように保護されないと生きて行けない。
そのため、人間の赤ちゃんのように言われた意味はわかっていないのだろう。
だが、その返事はまるで意味がわかって返事をしたようなタイミングであった。
そのタイミングの良さに思わず笑いがこみ上げてくるテルであった。
「たあああああ!!!!」
「ふっ!!!」
微笑ましい空気とは一変、雄叫びをあげてティガに襲いかかるフーカ。
今はフーカとティガの組手の番であった。
こう見えてフーカの戦闘能力はティガに近いものがある。
また、特殊能力『鮫肌』により高い防御力を誇り、その特性により場面によってはティガ以上の力を発揮する。
「たあっ!!」
フーカの鋭い手刀がティガの頬の横を通る。
決して当たっていないその手刀は、しかし近くを通っただけでティガの頬を裂いて血を流させた。
ティガが反撃に拳を繰り出し、フーカが腕でその拳を防ぐ。
攻撃をしたティガの拳がうっすらと赤くなる。
攻撃された時その威力を大幅に減らし、相手に反撃ダメージを与える。
『鮫肌』はそんな反則級の特殊能力なのである。
だが、それでもティガの方が一枚上手である。
「はっ」
鋭く息を吐き出しティガがフーカの腹部に手のひらを添える。
次の瞬間、その手の甲に自分の拳を打ち付ける。
「ふんっ!!」
「ぐが…」
衝撃を受けて吹き飛ぶフーカ。
『鮫肌』の特殊能力は表面を動く時に効果を発揮する。そのため、表面は動かず衝撃だけを通せばフーカにもダメージは十分に通るのだった。
ただ実戦の最中にフーカの『鮫肌』を見抜き、的確な攻撃方法を選ぶのは至難の技だろうが。
「うう、負けちゃった」
「自分の力に振り回されているうちは負けん」
落ち込むフーカにティガがアドバイスを送る。
純粋な身体能力で劣るティガがフーカを圧倒できるのは、戦闘技術がフーカを圧倒しているからだろう。
流石にフーカの相手をするのはティガも苦労をするようだが。
「ティガの旦那、次は俺だ!!」
「ああ、少し休憩したらな」
次にティガと戦おうとしているのはテルの弟である634番目の兄弟、ムサシである。
大木刀を特注で作ってもらい、それを振るって戦うようだ。
水中では剣よりも槍の方が強い。
だが、時にはそれを無視するような戦闘を得意とするものが現れる。
ムサシもその類で、槍がいまいちしっくりこなかったところ、剣を持ったらその力を発揮し始めたのだった。
今もティガと戦ってもらいたがっているが、ティガに軽くあしらわれている。
彼らを見ながらテルは自分のことを考える。
一応体を鍛えてはいるのだが、ライトが来た時テルは自分がどれだけ鍛えても勝てないと悟っていた。
だからこそ次出会ってしまったときの対処法を考えておかなければならないのだった。
テルは自分の強さを誰よりも把握している。
自分を見てステータスと強く念じると見ることのできるステータス画面を見る。
テル以外に真似ができない能力は、テルに今現在の状態を教えてくれた。
テル
職業 イワシLV99
マーマンLV32
マーランスLV24
マーボーLV33
電マーLV18
マーフォークLV1
装備 ノエ
昔と比べれば随分と強くなっている。1年の訓練はテルにさらなる成長をもたらしてくれたのだ。
だがそれでも、とてもではないがライトに勝てる気はしなかった。
ならばどうするか。
テルは周りに集まって来ていた兄弟に話しかける。
「今日も連携の練習をするぞ」
「「「「「はいっ!」」」」」
タコス軍が誇る魔法部隊。その隊長率いる精鋭部隊でありテルの兄弟でもあるテンナンバーズが集まっていた。
彼らはテルの兄弟の中でも特に魔法が顕著に使える8名である。たまたま11番目から19番目の8名が魔法がうまかったため、兄弟たちからテンナンバーズと呼ばれていた。
彼らとテルは対ライトのために連携を確認していくのであった。
ようやく主人公が出ました。