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氷海のマーマン  作者: ベスタ
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16 死のつらら

 クレイオーは自軍の勝利を確信していた。

 もはや勝敗は決しているといっても過言ではないだろう。

 タコス軍は相応の被害を出しており、全軍の3分の1はすでに戦えない状況へと追い込まれていた。


 むしろなぜこうなるまで戦いを続けたのか、その方がクレイオーにとって理解できないことであった。


 だが、勝つのであればなんの問題もない。

 勝てばタコス軍の侵攻はここで止まり、むしろクレイオーが逆に侵攻することだってできる。

 帰れば妹のベコとの約束を守ることとなるし、ダゴンの覚えもめでたいこととなるだろう。


 そういったことを考えてクレイオーは嬉しくなった。


 今度はクレイオーがハルカズムに向かうのもいいだろう。

 ハルカズムは暗い土地でありクレイオーとしては気分がいい土地ではないが、ベコが好んでハルカズムにいるのは知っている。

 クレイオーとしてもベコの持つ不思議な力を最大限魅せる土地はハルカズムだとも思っている。


 戦勝祝いとしてベコに『雪』を見せてもらおう。

 そして姉妹2人で仲良く暮らすのだ。

 戦勝の褒美としてクレイオーがハルカズムで住めるようにダゴンにお願いをするのもいいかもしれない。


 それはとてもいいことのように思えた。

 クレイオーはそう思いながら、急に降り注いだもやの中に包まれていった。





 最前線で指揮をとっていたポーラが異変に気付いたのはすぐであった。

 戦場は流れである。

 その流れが急に歪んだのだ。

 わかりやすいほどタコス軍が海底から上に向かって泳ぎ始めていくのだ。


 もはや目の前のクレイオー軍など眼中にない動きである。

 中には槍で刺されようが構わず泳いでいくものもいた。

 流石に不審に思ったポーラは後ろを振り向き息を飲んだ。

 クレイオーのいる本隊が白くなっていたのだ。

 それは命の感触さえ止めてしまう、死の冷たさを感じさせていた。


「クレイオー様!!」


 ポーラはいてもたってもいられず高速で泳ぎだす。

 体がパキパキと凍り付いていくのも構わずに一気にクレイオーのいる場所まで泳ぎ切ったポーラが見たものは、嬉しそうな顔をしたまま息絶えているクレイオーの姿であった。


「クレイオー様…」


 ポーラは近づこうとするも体がもう満足に動かないことに気づいた。

 それでも主人であるクレイオーを守ろうと、ポーラは体を無理やり動かす。


 パキッ


 軽い音とともにポーラの左足が折れた。

 その勢いで倒れ込んだポーラであったが、クレイオーにその分近づいたことに喜んだ。


 立っているクレイオーの足元に辿りいたポーラはなんとか上体をあげる。

 上体を持ち上げたポーラの左手は感覚がなくなっていた。せめてと伸ばした右手もすでに感覚はない。


「くれいお、さま」


 それでも手を伸ばしたポーラは、自分の口が最早言葉を発せられる状態ではない事にも気づけない。

 最後の力でクレイオーの手を掴むのが精一杯であった。


 やっと届いた手を握りしめ、白くなる意識を総動員して言葉を発する。


「い…………」

(今、お側に)


 頭のなかでは言葉を発していたつもりであった。

 だが、言葉にも、単語にもならなかった言葉を発しただけでポーラはその生命活動を止めた。


 辺りにはしばらくの間、透明なもやが漂っていた。

 平地にはちらほらと生えていた海藻が氷の花を咲かせており、先ほどまで戦っていた兵士たちは物言わぬ白い彫像となって立ち尽くすのみであった。






 あたり一面死の野原と化した平野を見回して、一二三はポツリと漏らした。


「凄まじい威力ですね」


 あれほどタコス軍を圧倒していたクレイオー軍があっという間に全滅していったのである。

 タコス軍はあらかじめテルから話を聞いていた。

 そして、敵の後方で騒ぎが起きたならば何を差し置いてでも海面をめがけて泳ぐように指示されていたのだった。


 冷たいものは下に向かう。


 それはテルが人間であった頃であれば小学校でも習う事である。

 それはかつて、カララト攻略戦でも大悪魔の口で実証されていたことでもある。


 クレイオー軍を襲った死のつららは海底を這うように動いた。

 そこにある有象無象を凍らせて。


 だが、海面へと進んだタコス軍とそれを深追いしていた一部のクレイオー軍は助かっている。

 テルが転生したと知らない一二三はその知識に驚いたのだった。


「すぐにクレイオー軍の残党を捕縛しなさい。しばらくの間は宙で待機です」


 一二三は指示を出したが、タコス軍は動いけないでいた。

 未だ1万いるとはいっても事前の脅威には逆らえないのである。

 もやが晴れるまで時間がかかりそうであった。


「あいつはやはり面白いな」


 タコスはそういってこちらに戻ってき始めているテルを見つめていた。一二三もそれに気づきニコリと微笑む。


「ええ、自慢の兄です」


 一二三は今回、作戦の要である『死のつらら』に関しては関与していなかった。それは絶対的な信頼の証でもあった。

 しかし、タコスはこれだけの絶大な戦果にも不安そうな顔をした。


「だがあいつはこれだけの戦死者に、悲しむんだろうな」


 テルは他の魚人とは違う何かがあると、みんなが思っている。そして戦場で戦う者としてあまりにも優しすぎるとも思っていた。


「それがテルさんの悪いところなんスけどね」


 笑いながらそういうノエ。戦場であったためノエは今回の死のつらら作戦に同行していなかったのだ。タコスの側にいたため、タコスの言葉に相槌をうつ。きっとタコスがフォローを入れると知っているからだった。

 相手の死に心を痛めるのがテルの弱点であり。


「だが、そこがあいつの良いところでもある」


 タコスはニヤリと悪そうな顔をして笑うのだった。






 随分と時間が経って、テルはクレイオー軍のいたところに降り立っていた。


 もう冷気は何処かに消えていった後だった。

 平地で戦った結果、丘などにはばまれず死のつららはうまい具合に全体へと広がっていったため、クレイオー軍の生存者は驚くほど少なかった。


 凍り付いて彫像のように固まっている兵士たちは、皆、その時の感情のままの顔で死んでいた。

 あるものは戦う相手へと叫んでいるように。

 あるものは睨みつけた姿勢のまま。

 あるものは恐怖に顔を歪ませて。



 ………………あるものは、微笑んだままの姿で。



 テルはクレイオーの死体に近づいた。その前に跪いている兵士もおり、必死に何かをしようとしている姿であった。

 だが、もう何をしようとしていたのかはわからない。


 クレイオーは一体何を思っていたのだろうか。

 微笑んでいる姿からは苦しんでいる様子はないが。

 それももはやわからない。

 支配者の死を確認して、テルは思いにふける。


 多くの死を前にしてそれを行ったのが自分であることに、今更ながら実感したのだった。




 ぶるり




 体が震えた。

 右を見ても左を見ても死であった。

 当たり前のように、平然とした顔でそこら中に死が転がっていた。


 テルは魚人となった時に死にたくないと願っていた。

 簡単に死んでたまるかと。


 その結果がこれである。

 自分の指示一つで多くのものが死んでいったのだった。その恐怖に頭が考えるよりも早く、体が恐怖で震えたのだった。


 自分がとても恐ろしい何かのように感じた。

 そして、そこら中にある死の中に、アカネを重ねてしまった。

 少なくともテルにはあの怪我であかねが生きているとは到底思えなかったのだ。


「う、っぐ」


 たまらずテルは胃の内容物を吐き出してしまった。

 気持ち悪かった、怖かった、悲しかった。

 そしてテルは、この世界から消えてしまいたかったのだった。

『死のつらら』には元ネタがあります。

ブライクニルという現象ですが、こちらは原因が全くの不明な自然現象です。

気になる方はどこかに実際の映像も残っているというのでぜひ見てみてください。


ヒトデ達が凍って行く姿はまさに死のつららと呼ばれるにふさわしい光景となっています。

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