14 それぞれの思い
戦いの流れは完全にクレイオー側に傾いていた。
それは敵の倍の兵力を持っているクレイオーが元々有利だったことに加えて、戦場的有利もあった。
戦場となっている場所は平野である。平野であれば全軍が戦うこともできる。つまり数の有利が最大限に発揮できる戦場ということだ。
この戦場を選択できた時点でクレイオーの勝ちは動かない。あとはいかに被害を出さないかがクレイオーの考えることであった。
「戻りました」
クレイオーの元にライトが戻ってくる。
ライトは自分の判断で戻ってきたのだ。おそらくこれ以上戦っていても戦果を独り占めするとでも思っていたのだろう。実際そうなのだからタチが悪い。
ライトの戦闘力は圧倒的であった。
ライトが敵軍に与えた被害は多大なものである。
敵の最前線を崩しただけではなく、そこまでの味方の道を確保したのだ。
そのためタコス軍はライトが戦っている場所が最前線になるように、全軍が引かざるを得なかったのだ。そうでなければライトとともに突撃したクレイオー軍に軍の内部から食い破られていたことだろう。
ほどほどのところで引き上げてきたライトを、別の場所に向けて動かしてもいい。敵はライトが来たというだけで恐れおののくであろう。
いつくるかわからないライトを警戒しての戦いである。クレイオーは敵の部隊に同情すらするのであった。
「休むといい。今回の戦いはもう十分だ。次の戦いに備えるといい」
「わかりました」
クレイオーから離れるライト。
それは確かに、7つの海全てで右に出るものがないと噂されるに足る騎士の姿であった。
あとは勝手に敵が警戒してくれていればいい。実際に戦う必要はないのである。
来るかもしれない、それだけでライトの価値は十分にあるのだから。
いつでも出せる、その安心感がクレイオー軍にもたらす安心感と同じように。
ライトはクレイオー軍の後方部隊に回った。こちらは穏やかなものである。
同じ戦場とは思えない景色にライトは緊張を解いてアカネの元に向かった。
アカネは後方部隊で食料の準備をしていた。
だが、ライトが歩いて来るのに気付いてこちらに大きく手を振って来ていた。
「戻ったぞ」
「もう終わったんですね。さすがライト様。絶対無敵の騎士様ですね」
笑顔で寄って来るアカネに笑いながらライトは戦場を見る。その視線を見ながらアカネは微笑んで言う。
「ここからでも良く見えました。白い鎧の騎士が敵の部隊を崩して行くのを」
「今回の戦いはこれで終わるだろう。次の日のためにも休憩している」
「わかりました」
信頼しているのだろう。アカネは戦場に行くライトをにこやかに見送っていた。ライトとしても何の気兼ねもなく休める場所があるからこそ、疲れが取れるというものであった。
しかし、ライトは気になっていた。
「このまま終わるのであれば、だが」
遠くに見えるタコス。
その金色の瞳がライトには見えるような気がする。実際にはあまりにも遠すぎてほとんど見えないのだが。
あの赤毛の支配者が何の考えもなく動くとは思えない。そして、今でもあのニヤニヤ笑いをしているような気がしてならなかったのだ。
そうやって見ていたライトは、ふとタコス軍から一部の兵士が抜け出し空に登って行くのが見えた。
その人数は10名ほど。
普段であれば気付けないし、気にも止めることはない人数である。
所詮10名では何ができるということもない。だが、ライトの直感があれを野放しにしてはいけないと囁いていた。
10名ほどであればすぐに片がつく。
そう考えたライトはクレイオーにわざわざ知らせる必要もないだろうと、出発の準備をした。
そんなライトを見てアカネは驚く。
なにせさっき帰って来たばかりなのだ。それも休むといった人間が出発の準備をすれば驚くのも仕方がなかった。
「どこへ行かれるんですか」
「敵部隊に動きがあった。それを潰して来る」
そういうライトにはほとんど疲労は見られなかった。少し剣の手入れをした程度である。普段と全く同じ姿に、だが、アカネは嫌な予感がしたのであった。
一体どこにそんな要素があったのかは、わからないのだが。
「行かないでください」
アカネは自分の直感に素直にライトを引き止めていた。まっすぐなアカネの言葉に驚いたライトであったものの、先ほどの部隊を見上げるライト。
その姿はだいぶ遠いものとなっていた。このままでは見失ってしまうだろう。
「あの部隊を野放しにしてはいけないと私の直感が言うのだ。行かなければならない」
「お願いします。行かないでください」
ライト程の騎士が遅れをとるとは思わない。だから、これはわがままなのはアカネも分かっている。それでも不安は消えなかったのだ。
すがるようにライトの腕を掴むが、スルリと腕を抜けられてしまう。
ライトはアカネが不安がっているのは分かっていた。
だからこそ安心させるように笑っていたのだった。
「俺は『絶対無敵の騎士様』だ。きっと戻って来る」
そういって素早く空へと昇っていく。もうあの部隊は点となっていた。見失わないように泳ぎを早めると、ぐんぐんと追いかけていくのであった。
追いかけながらライトは戦士としての高揚感を感じていた。
戦うだけで良い世界。目の前のものを倒せばそれで喜ばれる世界。
目の前のものの命を消す快感。
そういったものを感じながら、ライトは戦場こそが自分が生きる道なのだと確信していたのだった。
アカネはライトの後ろ姿を見守っていた。
どんどんと小さくなっていくライトの後ろ姿を見て、アカネはエプロンを外すと食料部隊に突き返した。
「すいません! 急用ができました!」
そう言うとアカネは食料部隊の兵士が何かをいう間も無くクレイオーの部隊を飛び出した。
随分と先を進むライトを追いかけて。
「いったか」
「はい」
タコスは空に昇っていくテルに全てをかけていた。
実際戦況はタコス軍に不利であり、テルの逆転の作戦が失敗すれば完全に負けが確定するのだ。
あとはテルの考えている『死のつらら』にかかっている。
「一二三。お前はどう思う?」
「私は寒い地方出身ではないのでよくわかりません」
一二三は苦笑する。
テルの作戦を聞いてみれば一か八かの賭けにも似た作戦であるのだ。
自然現象である『死のつらら』を敵の頭上に意図的に落とす。
そんなことはできない、と言うのは簡単だ。
だが、その作戦を実行に移すことができるほどに、テルはタコス軍の中で信頼を勝ち得ていたのだった。
失敗すればタコス軍の全てが壊滅的な被害を受けるだろう。
だが、それでもテルを信じて疑わない2人は空の氷を見上げた。
「ですが、私には空が確かに揺れて見えます」
「ああ、俺様もだ」
どこで戦闘が起こるかわからなかったテルたちはあらかじめ待ち伏せすることができなかった。
そのため戦闘が行われてからしか、行動を起こすことができなかったのだ。
しかも戦闘開始直後に動けば目立つことになる。戦闘がいい具合に混雑化した今が、作戦を開始するチャンスであったのだ。
作戦の成功を願って、タコスと一二三は空の氷を見上げたのだった。
空の氷はそんな瞳を受けて静かに揺らめいていた。