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氷海のマーマン  作者: ベスタ
14/19

13 ライトの戦場

 ナラエゴニヤ海域の首都グルコースより北西に3日程。

 タコス軍とクレイオー軍は平地で対峙していた。


 タコス軍の前に出てくるタコス。それに応じるように前に出てくるクレイオー。

 タコスは遠くに見えるクレイオーに向かって声を張り上げた。


「久しぶりだな、クレイオー。俺様はタコス。覚えているか」

「ああ、そういえばそんな成りだったな。今思い出したところだ」


 遠い距離であるにもかかわらず、響き渡る声で会話をする2人。


「正直お前と出会うことはもうないと思っていたぞ」


 クレイオーが言っていることは本当のことである。

 海域の支配者同士が会うことは非常に稀なことである。

 隣の海域であれば利権争いで顔を付き合わせることもあるだろうが、タコスはナラエゴニヤから最短でも3海域またいだ遠方のアーラウト海域の支配者なのだ。


 クレイオーが引退した後はマカレトロに戻るが、それでもタコスが引退してマカレトロに戻る頃には年齢の関係で生きてはいないだろう。

 2人が会うことはまず無いのである。


「俺様はいつか再会すると思っていたぞ」

「………それほど前から反乱を考えていたのか」


 タコスがニヤニヤと意地悪く笑うのに対して、クレイオーは忌々《いまいま》しそうに睨むのであった。

 タコスが言っているのは、アーラウトに赴任するときのことである。

 赴任地ふにんちであるアーラウト海域に向かうためには、このナラエゴニヤを通らなければならない。その時に一回、挨拶あいさつのために2人は会っているのだ。


 そして、その時に再会を確信していたということは、その時からダゴンのいるマカレトロに攻め込もうと思っていた、ということである。

 そのことが見抜けず、クレイオーは自分に怒っていたのであった。


「なぜダゴン様に叛旗を翻す。お前も支配者として恩恵を受け取っているだろうに」


 支配者というだけで魚人は全て従う。

 それはダゴンという圧倒的な統治者が居てこその恩恵である。支配者というだけで大体のことは優遇されるのだから。


 だが、タコスは鼻で笑うとクレイオーに聞き返す。


「逆に聞くが、なぜそんなに恩恵を受けられるんだ?」

「我らは偉大なるダゴン様の血筋であり「だが親族じゃない」」


 そう、ダゴンは全ての支配者の『大叔父様』である。決して『大お爺様』ではない。

 それはダゴンが自分の子供を残さなかったことが理由である。

 多くのものがダゴンの直系の子孫を望んでいるにもかかわらず、ダゴンは決して自分の子孫を残そうとしなかったのだ。


 今いる支配者の一族は、ダゴンの兄弟の一族である。

 神に選ばれたダゴンではなく。その兄弟の一族なのである。それだけで十分に魚人には信仰の対象となっているのであるが。


「おかしいとは思わないのか? 神に選ばれたのはダゴンただ1人。なのにダゴンの子供ならわかるがその兄弟の一族が幅を利かせている」

「おかしいとは思わんな。それにダゴン様のことを呼び捨てにするな」


 クレイオーはタコスの言葉を揺さぶりの一種と判断した。

 そのため、タコスの言葉を全て切って落とした。こういった戦争前の舌戦ぜっせんでは少しでも自分の有利な雰囲気にした方が勝ちなのだ。

 たとえ、嘘や間違ったことを言おうが。


 そんなクレイオーにこっそりとため息をつくと、タコスは小さく独り言を言った。


「家族に様をつけて呼ばれるなんて、大叔父貴も浮かばれないな」


 そしてタコスは両手を挙げた。それは降参の合図である。

 驚くクレイオーであったが、タコスは続けて言った。


「お前の頭の硬さには、恐れ入る。もう話すことはない」


 そして片手を前に出すと叫んだ。


「侵攻開始!!!」


 クレイオーもすかさず片手を前に振りかざす。いきなり戦闘状態に至ったことだけが不明な点ではあるが、ここで躊躇ちゅうちょしていればいかに倍の戦力を持つとはいえ負ける。


「叩き潰せ!!!」


「「「「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」」


 両軍の兵士が雄叫びをあげてぶつかり合う。

 地響きは土煙を上げて。雄叫びは海水を震わせて。





 ライトは戦争のさなかに身を置いていた。

 アカネは軍団の最後尾にいる。扱いとしては後方支援である。滅多なことでは戦火が届くこともないであろう。そのためライトは全力で敵に相対することができた。


「おおおおおおお!!!!!!」


 ライトは雄叫びとともに壁ではないかと思える敵軍に向かい突っ込んでいく。手に持つのは愛剣である鉄のブロードソードである。


 戦争の最初に放たれる水流魔法はその泡の軌跡を見切って避ける。半歩分ブレて魔法を避けながら突き進むライトは味方と歩調が合わず、結果として突出する形となる。

 1人となったライトに多くの槍が集中するが、それをかわして一気に剣の間合いまで突き進む。


「うっ」

「げっ」


 剣を横に一閃。

 目の前の敵が腕、胴、槍、鎧と関係なく4人もろとも真っ二つにされる。

 まるで空間ごと切られたのではないかと思える一閃に周りの兵士が怖気づく。

 その一瞬を見逃さずさらに敵に切り込むライト。


「ぜあっ!!!」


 気合いとともにもう一閃。

 縦に振られた剣筋はタコス軍の兵士の頭から股間までを切り裂いて真っ二つにしていた。

 いや。


「ぎゃあああ!!!!」


 その後ろにいた兵士の腕までも切り落としていた。腕が切られた兵士は痛みにのたうちまわるが、すかさず振られたライトの剣で首を跳ね飛ばされる。


 ライトの剣の恐ろしい所は誰もライトの剣筋を見きれないところだ。

 気づいた時には切られているのだから。

 時折、ピゥという音が聞こえるが、それが聞こえた時には絶命しているのである。




 総崩れとも言える一部の戦場に気付いた戦士がいた。テルの兄弟であるイワシ魚人のムサシである。

 その現場にたどり着くと恐ろしい光景が広がっていた。


「ぐあっ」

「ぼふっ」


 白い鎧に身を包んだ男の近くに行くだけで味方である兵士たちが次々と殺されて行くのである。

 いや、違う。

 ムサシの目には剣が通った軌跡が見えていた。

 ただあまりにも早すぎてそれは線のようにしか見えなかったが。


 一人で虐殺を続ける男を前にムサシは血が滾ってくるのを感じていた。

 考えるよりも先に武器の大木刀だいぼくとうを振りかざし頭上から奇襲を仕掛ける。


 バキィン


 ライトの手が素早く背中に吊り下げている棍棒を引き上げて、頭上への防御をしていた。

 まさか防がれると思っていなかったムサシはその防御に手が痺れながら後ろに大きく引き下がる。


「二刀持ちかよ」

「ようやくできる奴がきたようだな」


 焦るムサシと喜んでいるライトが向き合った。

 すぐさまムサシが斬りかかる。

 先ほどと同じように頭上からの振り下ろしである。横薙ぎをしたいところではあるがムサシの獲物である大木刀では広範囲を巻き込んでしまい、残念ながら味方に被害が出てしまうのだ。


 力任せに振り下ろされた大木刀にライトは棍棒の留め金を掛け背中の棍棒を固定し直すと、愛刀でその剣を弾き飛ばす。


「ぐあっ」


 その馬鹿力に剣ごと体勢を崩されて隙を見せるムサシ。その隙を突こうとするライトだったが周りのタコス兵がそれを許さない。


 槍を持って突貫する兵士を避けながら斬り殺すライト。そのついでとばかりにムサシへ向かって間合いを詰めて、一気に斬りかかる。


 ガツッ


 鈍い音がして大木刀の防御が間に合うムサシ。

 しかしライトもそれで手を止めることはしない。2度3度、少し間を置いてまた3度。

 隙のない攻撃をそれでもムサシはなんとか防いでいた。

 防ぎながらムサシはその圧倒的な戦闘力に気付いた。


「化け物かっ!」


 ライトのみが深くタコス軍に切り込んでおり、周りは全てタコス軍である。そのため兵士がムサシを助けようと攻撃をするのだが、そのたびに全身に目がついているのではないかと思えるほどの超反応で向かってきた兵士を斬り殺しているのである。


 その合間にムサシを攻撃しているのだ。反撃も許さない速度で。


 ムサシが生き延びているのは運がいいのだろう。

 武器の相性もあった。

 これがそこらの武器であればムサシは死んでいただろう。

 しかし、ムサシが持っているのは大木刀である。切れ味を犠牲にして耐久性を高めたものである。

 本来であれば敵を叩き潰すための武器なのだが、それがいま防具として役に立っていた。


 大木刀は丸太を削ったような武器である。その大きな刀身を前にかざすだけで体のほとんどの部位を隠すことができる。

 もちろん振り回せる腕力あってのことだが。


 切り込まれて行くも折れない大木刀にライトも手こずっていた。

 いっそのこと棍棒で吹き飛ばそうと思っていたところに横から邪魔が入る。


 それは一陣の海流のごとく横からライトとムサシの間に割り込んできた。


 チュドンッ


 小さな爆発のような音がしてあたりに砂煙が舞い、衝撃で吹き飛ばされるムサシ。

 ライトはその煙に対して油断なく構える。

 揺らぐ煙から現れたのは虎模様の大きな体、ティガであった。


「旦那!!」


 ムサシが喜びの声を上げる。ティガは視線をライトからは決して離さずにムサシに告げた。


「お前じゃ歯が立たん。別の場所を支えていてくれ」

「了解!」


 ムサシはそういうと別の苦戦している場所に向かう。ムサシの大木刀は大軍相手にこそ光るのだから。




 ムサシが離れるとティガは構えながらジリジリと横に動く。

 以前サイガンドでティガはライトの剣を見たことがあった。

 そして、目の前でテルが負け、フーカが切られるところも見た。


 その時のティガであれば剣筋が光って見える程度であったが。


(今ではどれくらいのものか)


 ティガもテルのように自分の腕の至らなさを後悔していた口である。

 戦う機会があればと密かに思っていたのだ。

 それが今、叶っている。


「行くぞ!!」


 言葉とともにティガは剛腕を振るう。

 周りの海流とともに襲いかかる拳に、ライトはギリギリで回避する。そして伸びきった腕に躊躇せずに剣を振るう。


 ティガはその剣筋を見る。光の帯のように迫る剣筋にティガは素早く腕を引っ込める。剣筋はティガの腕を傷つけることなく通り過ぎる。

 ライトは眼を見張る。

 その動きはライトの動きが完全に見切られている証であった。


「先ほどのものよりも強いな」

「あいつと一緒にするな」


 ティガの瞳孔が周りの血の臭いに反応して開き真っ黒になる。興奮したティガの体に反応して体に力がみなぎってくる。

 皮膚に血管が浮き上がり筋肉の膨張で弾け飛ばん限りに高まっていた。


 ライトが体ごと剣で突き込んでくるのに対して、ティガは紙一重で避けながら殴りに行く。

 ライトも当然のように避ける。

 さらに追撃しようとするティガの目の前に、白いものがいっぱいに映り込んだ。


 ガツン


 鉄の軋む音を聞きながらティガは体勢が崩れる。よく見てみればそれはライトの籠手こてをつけた拳であった。

 あの一瞬で剣から片手を放し、拳での攻撃を敢行かんこうしてきたのだ。


 予想外の攻撃に動揺した隙をついてライトが体をすり寄せるような突きを放ってくる。

 体勢が崩れたティガの顔面に向かってつきこまれた剣を、むしろティガは自分から向かって行く。


 ガギリッ


 嫌な音がした。

 ライトが見ると、そこには牙で剣を噛んで止めているティガがいた。ティガはそのまま首を振りライトの体を流すとカウンター気味に拳をライトの体にめり込ませた。


「ぐっ」

「むっ?」


 吹き飛ぶライト。だが手応えがあまりないティガはいぶかしむ。ライトはギリギリのところで体を後ろに自分から飛ばしたのだ。

 衝撃が弱まり、思った程の手応えではないティガは警戒を解こうとしなかった。

 ライトはそんなティガを見て剣をしまうと後ろを向いた。


「どこに行く!?」


 そんなライトの行動に完全に意表を突かれたティガはライトを止めようとするが、ライトは振り返っただけだった。


 剣を口で止めた時に少し口が切れたティガは周りを見渡す。

 いつのまにか周りは敵が押し始めていた。ライトのここでの仕事は済んだということだろう。他の拮抗している場所にライトを投入した方が、戦場の効果としては大きいのだ。


「負けたか」


 ティガは自分に自分で言い、口元の血を拭った。

 戦士としての能力は互角だったかもしれない。だが、将としての能力では戦場を見通せなかったティガの負けである。


「化け物め」


 ティガはそう言って、目の前の戦況を有利にするために戦いに戻るのであった。

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