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氷海のマーマン  作者: ベスタ
13/19

12 立場

 グルコース城は頑丈な要塞である。

 その薄暗い執務室で、最近開発されたランプの明かりの元でクレイオーが作業をしていた。

 もうすぐタコス軍との戦争である。

 そのための準備は挙げればきりがない。


 そんな執務室の頑丈な扉がノックされた。


「失礼いたします」


 聞き慣れた声である。クレイオーが許可を出すまでもなく、扉が開く。現れたのはクレイオーの1番魚人であるポーラであった。

 彼女は1番魚人という立場であり、クレイオーと同じように今は忙しいはずの人物であった。

 ならば要件はしっかりと聞かなければならない。

 クレイオーは気を引き締めてポーラに向かい合う。


「危急の要件か」

「いえ、そういうわけではないのですが…」


 クレイオーの態度に、少しだけうろたえるポーラ。

 急な要件でなければ責任感のあるこのポーラが持ち場を離れてわざわざ自分からクレイオーの元には出向かないだろう。

 クレイオーは不思議に思いポーラを見て首をかしげると、ポーラは苦笑しながらクレイオーに告げることにした。


「ある意味、急な要件です。ハルカズムからベコ様が来られました」

「なに!?」


 クレイオーの口から出たのは驚きの言葉であった。だが、その驚きの大半は喜びであった。

 クレイオーはいそいそと立ち上がるとポーラの横を通り廊下へと出る。そしてポーラを振り返った。


「何をぐずぐずしている。早く案内してくれ」

「ふふ、わかりました」


 ポーラはこうなる予感がしていたのだ。妹が大好きなクレイオーであればきっとこうなると。

 信頼している主人のため、ポーラもまたクレイオーの居室へと案内するのであった。





 バタァン!


 勢いよく開かれた扉から、クレイオーは小さいテーブルの横に座っているはかなげな女性の姿を見つけた。


「よくきたな、ベコ。突然だったから驚いたぞ」

「私は今の音の方が驚きました」


 ベコはくすくすと笑いながら立ち上がってクレイオーを迎え入れる。

 支配者でもある姉妹は久しぶりの再会を喜びあい、抱きしめあった。


 そうして少ししてから離れると、クレイオーはベコの脇に立っていた男に気づいた。


「なんだ。アングルも来ていたのか」

「気づかなかったのですか」


 苦笑するベコのお供をしているアングルに、クレイオーは胸を張って答えた。


「私はベコが1番だからな」

「もう、お姉様ったら」


 クレイオーが胸を張ったため、その豊満な胸に埋もれるベコであった。


 お互いに私服であるが、その姿は姉妹で対比していた。

 クレイオーは動きやすい長袖の服にブカブカの長ズボンである。髪もずばっときっており、この世界の女性には珍しく短髪であった。

 クレイオーは動くときに邪魔になるのが嫌だと、長髪やスカート類を嫌ったのである。


 対してベコは紫の落ち着いたドレスに上から羽織るように淡いピンク色のボレロを合わせており、自己主張をするのが苦手な本人のような服装となっていた。

 しかし、ベコを象徴するのはなんといってもその髪である。


「相変わらず綺麗な髪だな。マカレトロではたいそう羨ましがられることだろう」

「お姉様、話を聞いてます?」

「いや、聞いていないな」


 クレイオーはベコの髪を一房手に取り、顔に近付ける。そこからはなんとも言えないいい香りがしていた。

 ベコの髪は漆黒である。それこそ夜空の黒、深海の黒と謳われるだけあり光にキラキラと反射するその様子は、漆黒を最も尊ぶマカレトロのファッション界では最高の美しさであると言えるだろう。

 つややかな光は足先までをおおい尽くし、後ろから見たら髪が歩いているようにも見えるのだが。


「私は自分の髪が鬱陶うっとうしいです」

「切るなよ。私はこの髪が大好きなのだから」

「自分の髪はすぐに切ってしまいますのにね」


 ベコは苦笑して自分の髪に絡まってくる姉を引き剥がす。このままではいつまで立っても話が進まないからだ。

 クレイオーは時間さえあればいつまででもベコと居られるのだから。

 クレイオーは名残惜しそうにベコから引き剥がされると、今の話の間にポーラが用意していた椅子に座る。


 机の上にはいつの間にやらお菓子が並べられている。

 ポーラのさりげない気遣いに感謝しつつ、クレイオーは話を続ける。


「今日はどうしたんだ?」

「タコスの軍勢が動いたと聞きました」


 ベコはそれまでの嬉しそうな様子とは一変して真面目な顔をしていた。つまり、ここにいるベコはクレイオーの妹のベコではなく、ハルカズム海域の支配者ベコとして来ているのだ。

 クレイオーはそれを確認するとこちらも真面目な顔で答えを返す。

 それでもクレイオーの口元は少しだけ微笑んでいたのだが。


「ああ、総勢1万5千強。海域の境で訓練をしていた部隊がついに境界線を越えて我が海域に侵入して来た。我が軍はその迎撃のために準備をしている」

「勝利できるのですか」

「誰に対して口を聞いている。私はクレイオー。ナラエゴニヤの支配者だ。

 敵は慣れもしていない寒さでの戦闘。こちらは相手の2倍の兵力を持っているのだ。

 実戦経験の有無を考慮しても我が軍の勝ちは動かん」


 ナラエゴニヤの兵力は膨らみ、今や他の海域では対抗できる戦力はマカレトロ以外ないといってもいい。

 そんな軍団に対して半分の兵力で攻めかかること自体がおかしいことなのだ。

 クレイオーとしては普通の頭の持ち主であれば攻めかかるのにあと1年は準備する計算であった。

 そんな時間をかけていればますますナラエゴニヤが軍備強化するだけなのだが。


「そんなこともわからない軍団には我が軍は負けはしないだろう」

「相手に秘策があり、勝てる自信があった時は?」

「ここは我らの海域だ。向こうが知らなくてこちらが知っていることは多いが、逆は少ない。

 あるかどうかわからない危険を警戒していて、出撃をせずにグルコースまで好きにさせるのか? それこそ愚かな判断だな」


 クレイオーは机の上にあるお菓子を口に放り込む。決して褒められたマナーではないが誰もとがめる者はいない。それが絶対権力者である支配者の立場であった。


「ですが」


 心配そうにしているベコにクレイオーは苦笑する。

 このベコは支配者としてふるまってはいるが、究極的に聞きたいことは一つなのであろう。

 クレイオーは立ち上がるとベコに向かって笑いかけた。


「じゃあ約束をしよう」

「約束?」


 唐突な支配者としての態度から姉としての態度の変換に戸惑いながらベコは尋ねた。

 クレイオーはベコの頭をそっと撫でる。


「私はここに帰ってくる。これでいいか?」

「おねえちゃん……」


 ベコはクレイオーが無事に帰ってくるか不安がっていたのだ。初めての戦争である。クレイオーが万が一にも帰ってこないのではないかと思ってしまったのだろう。

 クレイオーが頭を撫でていることもあり、安心して幼児退行してしまったようだ。呼び方が『お姉様』から『おねえちゃん』になってしまっている。


 自分でも気づいたのだろう。顔を赤くするとベコも立ち上がって姉に抱きついた。


「お姉様。そのお言葉だけで十分です」

「そうか?」

「ええ。お姉様は嘘を言ったことがありませんから」


 早く忘れて欲しいのか『お姉様』を連呼するベコ。クレイオーは微笑みながら抱きついて来た妹を安心させるように背中をポンポンと叩くと、ベコを引き剥がす。


「お前はここで待っていてくれ。きっと勝って帰ってくるからな。

 そのためにも準備をしてくる。明日には出発するがその間、ここを家とでも思って過ごすといい。この部屋を使ってくれてもいいぞ」

「わかりました。ここで待っていますね」


 ベコと離れるとクレイオーはアングルを見る。


「ベコのことを頼む」

「命にかえましても」


 アングルはベコの1番魚人である。

 命にかえて、という発言はおそらく本当のことであり、最も信頼できる人物の1人であろう。

 クレイオーは安心してポーラと一緒に退室する。

 彼女たちにはこれからの準備があるのだから。





 ライトはポーラから手紙をもらった。

 その粘土板を見るとついに待ちに待った戦争が始まるということだった。

 それを思うだけで体に力が入りすぎて震えてくる。

 武者震いというやつであった。

 タコスに対する暗い感情が心の底から溢れて来そうになる。


「ライト様。ついに………決まったんですね」

「ああ。アカネも準備しろ。これから戦争になる」


 アカネの言葉が聞こえて、そんな感情が霧散むさんしてしまう。不思議と心が落ち着くのを感じながら、ライトはアカネに準備をうながすと自分も準備を開始する。

 その背中に意外に思ったアカネは驚いて声をかける。


「私もついて行っていいのですか?」

「どうせ断ってもついてくるのだろう?」


 ライトの言葉に嬉しそうに頷くアカネ。大きく頷くとわらって宣言した。


「ええ、もちろんです!」


 アカネとしてはライトは戦場にまでついてくるのを許さないと思っていたのである。

 だが、ライトはついてくるのを許した。

 自分の死に場所かもしれない場所への同行を許す。明らかに危険な場所への同行である。

 それは絶対に安全だと信じているか、もしくは共に死んでも惜しくないと思っているかのどちらかである。


 アカネとしてはそのどちらでもよかった。

 主人であったこの青年に、アカネ一個人を信頼してもらえるのであれば。

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