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氷海のマーマン  作者: ベスタ
12/19

11 勝利の可能性

2018/8/2

タイトルに間違いがあったため修正しました

 テルは食事の後に1人ベッドの上で考えていた。

 フーカが珍しく独り寝を嫌がったので、今日はノエが一緒に添い寝をするそうだ。

 一時期は構って欲しがっていたフーカであったが、この頃はまたテルに遠慮するようになってきていた。

 そんなフーカが独り寝を嫌だというのは、きっとアカネの影響が強いのだろう。


 アカネと交流をしたせいで人肌が恋しくなったのだろう。

 それは決して悪いことではないので、ノエと一緒に寝てもらうことにしたのだった。




 今まではフーカに負担をかけすぎていたようにテルは思っていた。

 子供達と遊んだフーカは楽しそうにしていた。

 いかに外見は大きく見えても、中身は1歳児である。

 ジンカのサポートがあるとはいえ、大人の中で暮らすには場違いな感じが残り、子供の中で暮らすには体が大きすぎた。


 今までは子供ということでテルの見えている範囲で暮らさせていたのだが、もうそろそろ自由に過ごさせてもいいのではないのかと、公園で考えていたことをテルは再び考えていた。


 それはきっと戦争が完全に終わった後。

 7つの海をタコスが支配しきった後にでもみんなで平和に暮らしていこうと思っていた。




 そのためにタコス軍はナラエゴニヤのクレイオー軍に勝たなければいけない。

 だが、勝つための手段が思いつかない。

 兵力、士気、食料、地形、気候。全ての要素がタコス軍は負けている。


 兵士だって実際はおそらく3万を動員できるだろう。タコス軍の2倍である。

 勝つ手立てなどテルには何も思いつかない。だが、気になることは1つだけあった。


『死のつらら』である。


 寒い地方のことはテルにはほとんどわからない。

 人間の時ですら同僚と3ヶ月ほど出張をしたくらいのものである。


 だが、一瞬で凍る、という言葉に関してはテルは経験したことがあった。





 テルがまだ前世の人間、佐賀さが輝彦(てるひこ)であった時のことである。

 息が白くなるような寒い日。

 早朝に目覚まし時計で無理やり起こされた寝ぼけ眼で、輝彦は同僚と一緒の社用車に乗り込んだ。


 フロントガラスは湿気で濡れたのかびしょびしょだったのだが、幸い凍り付いておらず視界よく運転していけると思っていた。


 同僚がシートベルトをしたのを確認して、いざ運転しようとフロントガラスにワイパーをかけた瞬間、視界が白一色になったのだ。



 慌てて車の外に出てフロントガラスに触ってみると、一面に氷が張り付いていたのだ。



 遅刻しないように大慌てでお湯を沸かしたのはいい思い出である。

 後々、先輩にそのことを話した同僚が、先輩からそういう現象があることを教えて貰っていた。


 なんでも超低温の制止した水に衝撃を与えると、その水全体が一気に凍り付いてしまうという。

 寒い地方では冬場によくあることらしく、それで視界を奪われて事故が起こることもあるのだそうだ。


 先輩と楽しそうに話している同僚の話を横からこっそり盗み聞いて、輝彦はそういうこともあるんだなと思った記憶がある。





『死のつらら』とは全く違う現象である。

 だがテルは、原因が同じく水ではないかと思った。

 そうでなくては水の中で凍るという現象を想像できない。


 物を凍らせる冷たい液体はいろいろある。

 液体窒素、液体酸素。だが、それらは周りの海水すらも凍らせてしまうから、こういった液体ではないのだろう。


 理科の実験を思い出す。

 普通の水は0度で凍り、100度で沸騰する。しかし、塩を入れた場合はそういった温度が変化したはずだ。

 流石に中学校で覚えたような内容なので、テルは記憶に霞がかかったように思い出すことはできない。だが、案外正解な気がした。


 きっと冷たい海水が氷の中にあるんだろう。

 おじいさんは空の氷が割れたと言っていた。ということは氷の中に冷たい水が閉じ込められているということだ。それが割れて漏れ出てきた。


 おじいさんは『死のつらら』が発生する前に空が揺れているように見えたと言っていた。

 それも氷の中に水が溜まっているからではないだろうか。

 氷だけであれば氷を透過した光が揺れるなんてことはないはずだからだ。

 氷の中の水が揺れているのであれば話は別だが。


 そしてもしも、今も同じように氷の中に水が溜まっているのであれば?

 おじいさんは今日のように揺れていたと言っていた。



 氷に人為的に穴を開ければ、『死のつらら』を誘発できるのではないだろうか。


 それは、勝ち目のないタコス軍の、唯一の勝ち目に見えた。

 テルはそこまで考えると次の日に備えて眠りにつくことにした。

 もしも、テルの考えている通りなのであれば一度確認をしておきたかったのだ。






 次の日、テルは宿をチェックアウトするとフーカ、ノエを連れてグルコースを出た。

 次にあった時にアカネと遊ぶ約束をしていたが、流石に軍事的な事を優先させたのだ。


 また、アカネたちは旅をしているという。

 しばらくはグルコースにいるだろうが、いつまでも一緒に遊べるとは限らないのだ。アカネたちは旅人なのだから。


 テルたちはグルコースを出ると一気に海面に向けて泳いでいく。

 思ったよりも遠い場所にある氷に寒い思いをしてようやくたどり着くと、テルたちはその大きさに圧倒された。


 視界いっぱいの氷である。

 ところどころ山のようになっており、地面に向けて下に盛り上がっているのだ。


「こうすると本当の山みたいだね」


 フーカが逆さまに泳ぎ、浮かんでいる氷を地面のように降り立つ。

 フーカの長い髪が下に引っ張られ、見た目がえらいことになっているが、それ以外は問題なくいられるのでテルも逆さになり氷を地面として立つ。


 テルたちの足元は分厚い氷で少々動いたくらいでは氷は割れそうもなかった。


「分厚い氷ッスねぇ」

「これくらいじゃ割れないよ」


 ノエはテルの口から顔だけ出して氷を覗き込んでいた。隣でフーカが飛び跳ねているが氷が割れるような気配はない。

 軽く何かをしたくらいでは破壊できそうになかった。


「うーん。この氷はちょっとやそっとでは割れそうもないか」


 テルも氷を破壊できる方法が見当たらなかった。

 足元にある氷は太陽の光を乱反射して、その光がゆらめいているのを見て、確かに水のような何かがあるというのはわかるのだが。


 流石のフーカでもこの氷の壁を砕くのは難しいであろう。もちろんティガのような物理系は絶対に無理だ。

 そうなると魔法だが、魔法部隊の隊長である余市でも破るのは難しいだろう。


「魔法でも厳しいか」

「でもテンナンバーズのみんなでいけば破れそうッスよ」

「あー、そうかもな」


 テルの言葉にノエが提案する。

 テンナンバーズはテルの兄弟たちの中で魔法に優れた8名の者たちである。

 余市よいちは魔法部隊の隊長でタコス軍で魔法の扱いで右に出るものはいないのが有名であるが、その次の一三じゅうぞうも十分に強力な魔法使いなのである。

 その2人を頂点にしてテンナンバーズ全員が強力な水流魔法使いなので、全員の力を合わせた時はかなりの威力が出せるのだった。


 近頃はテルもテンナンバーズと一緒に訓練していたので、その威力はよくわかっている。

 テルは足元の氷をもう一度見て、破れそうな氷である事を確認する。


「うん、行けそうだな……苦内くない

「はい」


 テルの呼びかけに、テルの影の中から全身黒ずくめの女性が現れる。


「タロス海域で演習している一二三ひふみたちに連絡してくれ。勝ち目が見つかったと。それと、そのためにはテンナンバーズを借りることになる事。あと…」


 テルは苦内に伝言を伝えることにしたのだ。さらに気をつけるべきいくつか注意点を伝えておいた。


「戦いは積極的に行わなくていい。そのうち空から大きな音がするからその時は急いで『上』に避難するように伝えておいてくれ」

「わかりました」

「おれはこのまま現地で合流する」


 テルの言葉を聞いて苦内は影の中に潜り込む。

 苦内の影潜りは影の中を移動できる能力である。

 また、影の中では高速で移動できるので明日には一二三たちは動き出すことだろう。


 問題はアカネたちが『死のつらら』に巻き込まれることだけだった。

 さすがに知り合った人を殺したくはなかった。それもテルの手で行なった作戦で、である。


(旅をしてきた、ということは戦士ではなく旅人なんだろう。グルコースにいる限り『死のつらら』は大丈夫なはずだ)


 テルはそう自分に言い聞かせた。

 決戦の日は静かに、だが確実にタコス軍にとって有利に進んでいたのだった。

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