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氷海のマーマン  作者: ベスタ
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9 食事事情

 食品街も人で賑わっていた。

 兵士が多いということは食べる食料が多いということだ。

 食べる人が多いということは食料が売れるということだ。もちろん食品街も多くの人だかりで埋まっていた。


「これは、すごいな」


 あまりにすごい人だかりに、下手をすればはぐれてしまいそうになる。

 イワシ魚人であれば共感能力で居場所を理解することができるが、この場にいるイワシ魚人は残念ながら苦内とテルのみである。

 さらにテルは共感能力の受信部分が機能しておらず相手の位置がわからないので、苦内に探してもらうようにお願いするしかない。


 苦内の存在はアカネには内緒にしているので、そもそもはぐれないようにするのが大事であった。


「珍しい食べ物もいっぱいあるね」


 フーカがあちらこちらの店で売っている食品を見ている。

 フーカのいう通り、ナラエゴニヤは珍しい食べ物が並んでいた。それはナラエゴニヤの気候が関係していた。




 ナラエゴニヤはとても寒い。

 それは現地に住んでいる者たちも同じようで、慣れとは別に暖房施設が発展しやすい土壌があった。

 昔はそれこそ海綿をふんだんに使った服を着込む。建物にこもって寒さをしのぐといった方法が主流だったようだ。


 だが、ヒート板の発明がその常識を覆した。


 ヒート板は安く手に入る調理器具であり、燃料も生物が持つほんの微量の魔力で発熱する。

 他の海域ではヒート板が発する熱のせいで連続使用はできず、せいぜいパルを焼く程度にしか使われないが、ナラエゴニヤは違う。


 そもそも外が非常に寒いのだ。だから暑くなれば換気をすればいい。

 部屋にこもる熱を気にしなくても良い、むしろその排熱すら暖房がわりに使われるようになったため、ヒート板を使った料理が一気に普及、研究されるようになったのだった。




「あれとかテルさんが好きなやつじゃないッスかね」


 ノエが口の中から前方の赤くて丸いものを指し示す。

 それは魚人の主食である白パルのように見えた。

 だが、赤みを帯びたそれは明らかに別のものに見えた。


「これはただの白パルじゃないのか?」

「旦那、これは赤パルですぜ。白パルじゃ出せない旨味が出ているんで」


 屋台の親父に聞くと、ここが売りどころとセールスしてくる。

 赤い色がなんなのかよくわからない。親父の後ろをのぞいて見てももう既に加工済みのものしか置いていない。

 屋台なので当然といえば当然なのだが。

 テルはどうしても気になったので買うことにした。


「へい、毎度」


 金と引き換えに赤パルを4つもらう。

 ノエはいそいそと口から出てきた。テルが食べればそのおこぼれを食べれるはずなのに、食い意地の張っている寄生虫である。


 鉄板焼きのように大きめのヒート板に先ほどまで貼り付けられた赤パルは、赤というよりもピンクに近い色をしていた。

 全員に行き渡ったのを確認してテルたちは同時にかぶりつく。


「これは!?」


 テルの目が見開かれる。

 他の女性陣も驚いたような顔を見せているが、誰よりもテルが1番驚いている。

 なぜならその食品は。


「甘い!!?」


 そう。

 甘かったのだ。

 砂糖のような強烈な甘味でもなければアイスクリームのようなまろやかな甘味でもない。

 人工甘味料のようなとんがった甘味でもないが、確かに赤パルは甘かったのだ。

 さらにいえばテルにとって、魚生で初めての甘味であった。


 もちろんテルが今まで食べてきた中にも、ほんのり甘いものがあったのかもしれない。

 だが、海の中は基本的に塩水である。しょっぱいのである。

 口に含もうとした途端に大量の塩水が一緒に入ってくるので塩味しかしない。

 魚を生でかじれば塩味以外の味はするのだが、ほとんど血の味になってしまう。


 だが、これは塩を超える量の甘味のおかげでちゃんと甘味を感じることができた。


 そしてその甘味のせいで結局原材料がわからない。

 もどかしくなり、テルはとうとう店主に聞いた。


「これは何を使ってるんだ?」

「これはエビとかカニとかを殻ごとすりつぶしたパルでね。最初は黒いんだがヒート板で焼き上げるとあら不思議。赤くなって食べごろも教えてくれる。

 色もいいし味もいい。ただ、ナラエゴニヤじゃなきゃこんなにヒート板は使えないがね」


 露天の親父は気前よくベラベラと語ってみせた。正直飯の種だと思うのだが、おそらく真似出来ない何かがあるのだろう。焼き加減とか、隠し味とか。

 だが、テルはそれで甘味の正体に気づいた。


「甲殻類か」


 焼きエビ、焼きガニは確かに甘い。それに気づかなかったのは盲点としか言いようがない。

 実際には気づけないのも無理はない。

 テルが人間だった頃は世界中に甘いものがあふれていたのだから。


 テルはコーラが好きだ。強烈な甘さとそれをかき消す強烈な炭酸は病みつきになる。

 ケーキだって好きだ。コンビニのレジで恥ずかしいが、そんなものはドブに捨ててしまえ。

 クッキーだって捨てがたい。アイスだってもう二度と食べられないだろうとがっかりしたものだ。


 溢れる甘味の中でいつしか人間のテルは、甘味が当たり前に慣れきってしまっていた。

 その代償としてお腹周りの贅肉をつける事になろうとも。

 贅沢な肉とはよく言ったものだ。確かに贅沢だったと今ではわかる。


 このエビカニの甘さは、そういったものから離れて初めてわかる優しい甘さであった。


 主食である白パルと違い、赤パルは嗜好品の傾向が強いようだ。

 白パルは特大肉まんくらいはあるのに対して、赤パルは硬式野球ボールが変形したくらいのサイズしかない。それでも値段は白パルの2倍はするのだから作る手間暇がわかるというものだった。


「他にも食べてみよう」


 フーカに言われてテルは後ろ髪を引かれながらも屋台の前から移動したのであった。





 テルはナラエゴニヤに完敗していた。

 戦争でではない。

 食料事情でである。


 あれからいろいろ見て回った。

 その結果、胃袋と相談してなんとか1つにしぼって買って食べたのだが、これがまた美味しかった。


 テルは頭を抱えた。料理の技術が決定的に違う。

 やはり遠慮なくヒート板を使えることが大きな要因なのだろう。

 魚人は熱の変化に弱い。

 料理のためとはいえヒート板の前に長時間いられないのだから。


 今はカイ焼きというものを食べている。

 これは外のカリカリに焼いたしょっぱい皮の部分と、内側の甘い魚肉餡が絶妙なハーモニーを奏でる料理である。

 どの店も座って食べる場所は満席のため、食べ歩きしやすいものをと選んだら、これがまた正解であった。


 美味しさもさることながら、見た目もコミカルな貝となっていて面白い。型取りされている2枚のヒート板でプレスするのでこんな形になるようだ。

 テルの記憶ではタイ焼きが1番近い作り方になるだろうか。

 だが、味は完全に別物であった。

 そもそもこの魚肉餡が………




「また、あっちの世界に行っちゃったッスね」


 ノエが一心不乱に食べているテルを見ながら呆れていた。

 これだけ女性に囲まれているというのに、テルは完全に手元のカイ焼きに夢中なのである。

 テルらしいといえばテルらしいのだが。


 フーカは食べざかりなのかもう食べきったので、テルが食べているカイ焼きを物欲しそうに眺めている。

 ノエはそんなフーカにそっと自分の食べかけの半分を渡した。


「いいの?」

「自分は体が小さいッスからね。手伝ってもらえると助かるッス」

「ノエ、ありがとう」


 顔の前に人差し指を立てて、しーっとするノエにお礼を言うとフーカはガツガツと食べてしまう。見た目は成人なのだがこんなところはまだまだ子供であると思いなおすノエだった。

 そんな3人を見てアカネがポツリと漏らす。


「いいなぁ」

「何がッスか」


 ノエが尋ねるとアカネは自分の口元に手を当てる。

 知らず知らずのうちに口から出ていたのであろう。ノエの質問に少し考え、観念したように漏らした。


「みなさんが羨ましいなと思って」

「アカネさんも連れの人がいるッスよね」

「そうなんだけど」


 アカネは手元を見る。それは一緒に旅をした連れの人に買ってあげたお土産なのだろう。それを眺めながら、心ここに在らずといった風で語るアカネ。


「私は無理やり付いていっているだけだから。あの方は内心では嫌だと思っているかもしれない。でも優しい方だから」


 そういったアカネは寂しそうに俯いた。それはどこか怖がっているようにも見えた。


「大丈夫ッス。本当に嫌なら断るものッスよ。断られてないなら大丈夫って事ッス」


 だからノエは励ますことにした。きっとノエが抱いている同じ種類の恐怖と戦っていると理解したから。

 ノエとしても気になっている人に無理やり押しかけたのだ。最初は偶然とはいえジンカした後はノエがテルにくっついている理由はないのだから。

 だが、未だにテルがノエのことを邪険に扱うことはない。

 それはきっと、言葉に出さないだけで許可しているのだ。少なくともノエはそう思っている。


「大丈夫?」

「大丈夫ッス」

「大丈夫」


 アカネが不思議そうに聞き返してくると、ノエは自信満々に告げる。なぜかそれに話がわかっていないフーカも追従する。

 そんなフーカが面白くて、ノエもアカネも笑ってしまう。

 フーカはなぜ笑っているのかはわかってなかったが、2人が笑っているので何だかおかしくなって一緒になって笑った。


「ふふ、そうかぁ、大丈夫かぁ」


 そう言いながらアカネはノエとフーカと一緒に、笑いあうのだった。

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