【第8回】
東雲の服装に関して、一つの拘りを知ったのも、この時である。
彼女の話によれば、東雲自身、脚……、これは太腿から足首に掛けてだが、〈圧迫〉されるのが「嫌!」との事であった。
タイツやストッキングの様なものだけではなく、普通のレディースパンツ……、ズボンの様な服装も苦手らしい。体育の際に履くジャージにも抵抗があるという。
「生地が固いデニムパンツなんて、以ての外!」と、断言した程だ。
「冬場、ミニスカートだと寒くないか?」という俺の質問には、「それ、意外と大丈夫なの」と、応じてから、言葉を続ける。
「私自身、『極寒地』と呼ばれる場所に行った経験がないから、その点は言及出来ないけど、この街の寒さ程度なら、大丈夫。そう感じられるから、余計に脚が圧迫されるのを嫌うんだろうね。それは下着にも言えるんだ。極端なのはデザイン的に嫌いなんだけど、下着に使われる生地の面積は小さい方が好き。でも、お腹が冷えるのは駄目なの。だから、腹巻の愛用者なんだよ、私」
こういう話を男の前で平然と出来るのが東雲なのである。彼女の言動にクラスの男子生徒が一喜一憂している理由は俺も理解しているし、俺自身も、それに翻弄されている一人なのだ。
彼女の話が続いている。
「さすがにブラをし忘れた時は、『ブラ、してくるの忘れた!』と言っちゃったけど、スパッツを履き忘れたぐらいじゃ、何ともないのよ。そんなの日常茶飯事だし……。第一、パンツの上にスパッツを履く事自体、間違っているわ!」
(その言葉、クラスの男共が聞いたら、全員が歓喜の声を上げ、異口同音に賛同するだろうな……。そして、東雲の人気は更に上がる……)
そう考えながら、(やっぱり、東雲って〈天然〉だよな……)と痛感した。
その話を侑紀と胡桃は黙ったまま、そして、微笑みながら聞いている。彼女達にしてみれば、東雲のそれは「日常」であり、「今更、話題にすべき事でもない」という意識があるのだろう。だから、彼女の下着が見えても侑紀は何も言わなかったと判断した。
※
衣替えを行った六月になると、高校生活に慣れたクラスメイトがグループを作り、そのメンバーが確定し始める。
結局俺は「中学時代からの仲良し三人組」である、東雲、侑紀、胡桃のグループへと取り込まれる事になった。もちろん、クラスの男子生徒は「嫉妬に満ちた羨望の眼差し」で俺を睨み付け、女子生徒は相変らず、「暖かい好奇の眼差し」で見守る。
この頃になると、俺が毎週土曜日に東雲の家へ〈お邪魔〉している事が〈バレて〉しまった。
例の女子三人組は、「東雲の幼馴染み」という言葉のみで、この事態を乗り切ろうとする……、いや、正確に言えば、「そんな事、どうでも良いじゃない!」という意識が強かった様だ。
一方、俺は男子生徒から……、しかも、一年一組以外の男子生徒からも〈吊るし上げ〉を喰らう様になった。
「勇介君、君達は一体、どういう関係なんだい?」
わざと名前で呼び、しかも、「君」を付け、優しい声ながらも、鋭い嫉妬に満ちた眼光を漲らせて、俺に迫って来るのだ。さすがに〈手を出された〉事はないが、「険悪な雰囲気」と「優しい言葉による圧力」とを俺に振るう。
十人以上の男子生徒に取り囲まれて受ける、その様な、いわば「優しい暴力」は、本来なら、俺の精神を蝕んでいく筈であったが、俺自身、それに構っている余裕が、なくなり始めていた。
一学期の期末試験を終えた二日後でもある七月上旬の土曜日。東雲の部屋で、その〈事件〉が発生する。
俺は東雲達の誘いに乗り、彼女の部屋を訪問していたが、特段の用事がある訳でもなかった。そこで何となく繰り返される〈女の子の会話〉を聞かされていただけである。その内容は余り脈絡のない、女子特有の話題展開で進められる単なる雑談であった。その上、胡桃が作る〈美味しい昼食〉で腹は満足し、三人の会話が子守歌となって、俺を心地よい眠りへと誘った。そして、午後五時頃になると、彼女達に起こされ、帰宅の途に就くのだ。毎週、その繰り返し。しかし、その時は違った。