【第5回】
この特製だと思われるメイド服に身を包んでいたのが、今日、一年一組の教室で自己紹介をした女子生徒だったからだ。
東雲は、「胡桃ちゃん」と、彼女に声を掛ける。
「彼が、さっき話した、鍋倉勇介」と言ってから、邪悪な微笑みを湛え、言葉を発した。
「『ご主人様』と呼びたい?」
メイド服を着た、その娘は〈はにかみ〉の表情を浮かべながら、「はい」とだけ、小さな声で応じる。
(一体、これは、どうなっているんだ?)
妄想癖の持ち主である俺ですら、それが出来ない状況に追い込まれ始める。何しろ、色々な事が起き過ぎているのだ。
俺は自分でも苦悩の表情を浮かべているのを充分に理解しながら、言葉を放つ。
「なぁ、東雲、お前には日常茶飯事かも知れないが、俺には初めての出来事が多く発生している。事の推移が理解出来る様に説明してくれないか?」
その言葉に彼女が応じた。俺はメイドの恰好をした同じクラスメイトである、仁保胡桃が入れた紅茶を飲みながら、東雲の話を聞く。
それを要約すると、こんな感じだ。
東雲の父親は事業で成功し、この家を買う。しかも、その取引先が関係して「頼まれて買った」という事だ。ここまでは俺も直ぐに理解する。
彼女の父親は事業を拡大し、成功を収める一方、その競争に負けたライバル会社も多数存在した。その中に胡桃の父親が社長を務める会社もあったのだ。その上、双方の会社は長らくライバル関係を続け、「好敵手」という存在でもあったらしい。しかも、東雲と胡桃は同じ小学校に通っていた。皮肉にも親はライバル、子は親友という関係を築いていたのである。
結果的に胡桃の父親が経営する会社が倒産した際、仁保家から、東雲の父親に打診があった。
「うちの娘を預かってくれないか?」と。
東雲と胡桃が親友という事を知っていた彼女の父親は、胡桃を預かる事にする。二人が小学校六年生の秋だった。
俺は、ここまでの経緯も理解する。そして、ここから、妙な方向へと話が進んで行く。
胡桃は東雲と同じ公立の中学校へ進学した。この頃になると、胡桃はアニメの世界に嵌り出す。だが、彼女としては、宮野家に〈預けられている身〉。衣食住は保証されていた様なものだが、〈遊ぶ金〉までは自由にならない。
ここで彼女の天性が発揮される事になった。それが「洋裁」である。
縫物が好きだった胡桃は当初、クラスの女子から布の切れ端を譲り受け、それでパッチワーク作りに励んでいたが、その繊細な〈針使い〉に東雲の母親が才能を見出し、洋裁教室での講師経験者を家庭教師として彼女に付けてしまう。
衣服に多大なる関心を持っていたという東雲の母親にしてみれば、東雲自身に、その才能を見出したかったのだが、それは彼女が小学校五年生の時に諦めたという。家庭科の授業で行った「袋作り」の袋を見て、「この子に針仕事の才能は、ない」と痛感したらしい。そこに、その才能を持った子供が現れたのだ。母親の喜び方は半端でなかったと聞かされる。
それまで宮野家としては、東雲も胡桃も「実の子」として、分け隔たりなく養育していた。しかし、この瞬間から教育という面で母親は、その軸足を胡桃に傾けてしまう。その事自体、東雲は余り気にしなかったとも言った。
この頃から、胡桃は独特の世界観を持つ様になる。
(コスプレ衣装が自分で作れるかも知れない。しかも、オリジナルの!)
胡桃にしてみれば、「自分は預けられた身」という意識が強く、物事に対して積極的に、なれなかったらしいが、これを機に彼女は「自らの道」を歩み出す。そして、その先にあった〈夢〉が「アニメ風のメイド」だったのだ。
ここからは少し面倒な話になるので割愛するが、結局、二人は、それまで使っていなかった〈離れ〉で生活し始める。浴室は母屋にしかない為、そちらを利用したが、離れにあるトイレは共用であるものの、一階部分を東雲が、二階部分を胡桃が使用した。
二人は、この離れにいる時だけ、「女主人とメイド」というシチュエーションで生活する様になる。それは胡桃の夢であり、東雲も、それが気に行ってしまったのだ。
時は流れ、東雲も胡桃も大歳高校の生徒となった。