【第37回】
俺は東雲と侑紀に、そう告げてから、胡桃へと視線を向け、言葉を放った。
「そうじゃ、ないかな? 胡桃?」
彼女の顔から一気に血の気が引く。それを東雲と侑紀も見逃さなかった様だ。その口が動こうとした二人に対して、それよりも早く俺は、「少し黙ってて、くれないか!」と、強い語気で牽制してから、胡桃に向かい話を始める。
「まぁ、これは俺の妄想だ。だから、胡桃は、『何、言っているの!』と、この話を一蹴しても構わない。だが、これが真実なら、胡桃が、いくら否定しようと、俺は胡桃……、いや、胡桃に憑依している意識体の行動や考えを『読める存在』という事になる。そういう人間って、かなり怖いよね……」
俺は意図的に少し柔らかめの語尾を使いつつ、冷笑を浮かべ、続く言葉を放った。
「少し話を聞いて欲しいのだが、八月十日以降、本来なら神は『夢』という形で俺とコンタクトを取ろうとした筈だ。しかし、それをしていない。その理由も考えたんだ。ここで一つだけ、言っておく。実際にではないが、胡桃は俺の裸、見ただろう?」
蒼褪めた胡桃の顔に一瞬だけ血の気が戻る。それは羞恥が要因となっている筈だ。
(間違いないな……)と、俺は確信した。
ここで胡桃が大きな溜息を漏らす。そして、意を決した様な表情を顔に浮かべ、口を開いた。
「ご主人様の仰る通りです」
その声は若干、震えていたが、しっかりとした口調で彼女は、そう告げた。
「なぁ、胡桃。当たり障りのない程度で構わないんだけど、その話をして貰えると、嬉しいな……」
少し優しい口調で俺が、そう言うと彼女は、その首を縦に一度だけ大きく振り、言葉を発した。
「私の家庭内が重い雰囲気に包まれ出したのは、小学校五年生の二学期でした。父親が経営する会社が『危ない』という話を何度も聞いています。それまで住んでいた家から狭いアパートに引っ越したのも、この頃でした。両親からは、『もう少ししたら、元の家に帰るから……』と言われましたが、子供心に、『それは無理だろう』と思わせる程の強烈な絶望感が充満するアパートでの生活は、不安との戦いを私に強いたのです。
そんな、ある日、私は『自分の中に、もう一人の自分がいる』事に気付きました。最初は、私をただ見詰めているだけの存在でしたが、少しすると、話し掛けてくる様になります。時には、何かで悩んでいると、その『もう一人の自分』がアドバイスをしてくれた事もありました。
本来でしたら、この事態に不安を覚え、耐えられなかった筈です。
しかし、私の家庭、そして、私を取り巻く環境が〈非常事態〉だった為、そればかりを気に出来る状態でなかったのも事実でした。半面、明確に認識していた訳では、ありませんが、『二重人格』という言葉が頭の中を過ったりも、しています。今、思えば、この異常な状況を、かなり気にしていたのは間違いないでしょう。
小学校の六年生になって、しばらくした時に、『もう一人の私』……、私は便宜上、その存在を『彼女』と呼び始めていたのですが、その彼女が私に話し掛けました。それは、自分の存在に対する告白です。
それによれば、彼女は『魂』の様なもので、その実体はなく、人に『憑依』出来るという事でした。
そして彼女は、『寂しい』という言葉を何度も使ったのです。
『私は、一人ぼっち。私と同じ存在が周囲にいないから、友達も作れない』と悲しげな声で、そう話しました。
実は、この頃になると、多くの友達が私の許を離れ始めます。クラスメイト全員が私の実情を何となくだったものの、把握したのが原因でした。
『仁保さんと友達だと、大変な事になるかも知れない』と、言われ始めたのです。既に父親の会社に関して、『間違いなく倒産する』と、囁かれる様になっており、それが原因だったのでしょう。
私も、寂しい思いをする様になります。でも、一つだけ救いがありました。それが東雲さんです。
『私、何があっても、胡桃ちゃんの友達だからね』と、何度も言ってくれました。それが心の底から嬉しかった……。
その様な事があった為、私は自分に憑依した彼女に対して、『友達になろう』と言ったのです。
彼女は喜んでくれました。
それまでの生活で彼女が私に対して、『何かをする』事はなく、一緒にいても不安感を覚えなかったのも、『友達になろう』と言えた一因だった筈です。事実、それ以降も、彼女は私に対して、何の不利益も与えませんでした。
いや、有形無形に関わらず、相当な利益を与えてくれたのです。
父親が経営する会社が倒産し、莫大な借金を抱え、私を養育出来なくなった時、東雲さんの家で預かってくれる事になったのも、彼女が関係してくれたからでした」




