【第30回】
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二学期最初の土曜日。俺は学校帰りに簡単な野暮用を済ませてから、東雲の部屋へ向かう。
そこにあるソファの定位置に座ると、胡桃が氷と水の入ったコップを俺の前に置いた。その中にはレモンスライスが一枚入っている。
(こういう、細かい心遣いが出来る娘に惚れちゃいそうだな……)と思ったが、俺の妄想が爆発する事はなかった。
続いて、胡桃は昼食の調理に取り掛かる。鶏卵を割り、それを掻き混ぜる音が聞こえた。作っているのはオムライスの様である。
この時、侑紀の口が開いた。
「勇介、始業式の日は、ごめんなさい。言いたい放題、言っちゃって……」
彼女はソファから立ち上がり、頭を下げた。
俺は、「座って」と告げてから、言葉を発する。
「実は、あの話を聞いて、(上手い事、言うな)と感心していたんだ。当初は侑紀の意図が読めなかったから、(俺、どうしたら、いい?)と、焦りを感じたが、途中で肩の荷が降りたのも事実。それは、(もう、二人に任せよう)と、思った瞬間でもある。まぁ、俺の事を〈ペット〉や〈物〉扱いされた時には溜息を漏らしたが……。だが、あれは完全に成功だろう。(よく、これを考えたな)と感心した程だ」
「そう言って貰えると、私も肩の荷が降ろせるわ。(ちょっと、遣り過ぎた!)と思っていたから……」と言って、彼女は安堵の表情を浮かべた。
その様な話をしている内に胡桃の昼食が完成する。オムライスが乗った皿を俺の前に置いた瞬間、「今日は睡眠導入剤を入れていません」と、胡桃が声を発した。
俺は笑いながら、「この後に及んで、それは勘弁して欲しい」と言った途端、東雲と侑紀が小声で笑い出す。
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その後、四人は昼食を済ませ、胡桃が、その片付けをしている時に俺は〈本題〉を口にした。
「かなり、想定外な状況が発生している」
東雲と侑紀は真剣な表情となり、東雲が、「それって、どういう意味?」と聞き返す。俺は、それに応じた。
「前回、この部屋へ集まった八月十日以降、東雲と侑紀が出て来る夢を見なくなった。まぁ、これは当然だろうが、俺は直ぐに〈神〉が登場する夢……、『白い光が現れ、声がする』という夢を見るのでは、ないかと考えていたのだが、一向に神が現れない。しかも、胡桃を使って行われた様な、何だかのシーンを『脳内に流入させる』という行為も、していないんだ」
「えっ! それって……」と、東雲が声を上げたが、その語尾を濁してしまう。
「それも、変ね……」
侑紀は、そう言ってから、首を傾げつつ、話を進めた。
「事実上、勇介は神の存在を認めた訳だから、神から何だかのコンタクトがあっても良い筈。実際、一度は胡桃を使って、コンタクトが取られているよね。でも、以後、何故、それを、しなかったんだろう?」
「俺は夏休みの宿題と格闘する傍ら『神の存在』について考え続けた。その結果、一つの推論を立ててみたんだ」と告げてから、言葉を続けた。
「東雲の話によると、神の役割は三種類あり、『生存』、『破滅』、そして、『審判』を担当している。一方、この地球に関しては『生存担当』の神がおらず、今回、それを復活させる事になった。だから、神に関与する地球側の知的生命体……、つまり『ヒト』が必要となり、俺が選ばれる」
ここで東雲と侑紀が黙って頷いた。胡桃は、まだ昼食の後片付けをしている。そのまま俺は話を続けた。
「ここから先が推論となるのだが、俺が関与する神は、自ら〈何か〉をする前に『俺が、どういう人間なのか?』を見極め様と、現状では『何もしない』という選択をしたのでは、ないかと考えているんだ」
「何故、そうする必要があるの?」と、疑問を呈した東雲に俺は応じた。
「まず、俺、東雲、侑紀の三人に関して考察してみよう。東雲は、『相性が良い』と言われ、神と関係を持つ。これについては、神自身が詳しい言及を避けたが、神の方から東雲に近付いたのは確かだ」
その言葉に東雲が黙って頷く。
「侑紀に関しては、心に傷を負った侑紀を助ける形で東雲が神と出会う機会を作る。しかも、その詳細は敢えて言わないが、侑紀には神と関係を持てる強力な理由も存在した。つまり、侑紀は『東雲の紹介』で神と出会う」
「それで間違いないわ」と、侑紀は即答した。




