【第3回】
その時だった。東雲の後方にいた女子生徒が彼女に声を掛ける。
「ねぇ、東雲、彼、どなた?」
俺は東雲と話している最中、その後にいた彼女の存在が気になって仕方なかった。
(モロ、好み!)
俺が理想とする女性像を〈ほぼ具象化〉した女子生徒が、そこに立っていたからである。
「あっ、紹介するね」と、東雲は言って、彼女に視線を向け、話し始めた。
「彼、鍋倉勇介。私の幼馴染みなの。以前は狭い道を挟んで正面の家同士だったんだ。しかも、誕生日も一緒。ちなみに、ファーストキスの相手も彼……、って、言っても、保育園の時だけどね」
(おいおい、キスの件も話しやがった……)と思いつつ、(こういう処の豪快さは昔のままだな……)とも考えていた。
東雲は「歯に衣着せぬ」性格の持ち主である。言いたい事は口にしなければ、気が済まないタイプなのだ。幼少の頃から……。
「そうか、幼馴染みなんだ……」と言って、彼女は俺に微笑んだ後、言葉を発した。
「改めまして、名草侑紀です。東雲とは中学校からの付き合いになります。以後、宜しくね」と言って、再び軽く微笑む。
(あの容姿、そして、この微笑み。俺の心は鷲掴みにされた!)
そう考えながら、「鍋倉勇介です。こちらこそ、宜しく」と、平静を装いながら、返答した。
ここで東雲が、ある提案を行う。
「ねぇ、勇介、私の家に遊びに来ない? 今日、お父さんは、いないけど、お母さんは、いるから。きっとビックリする筈! その後、〈私の部屋〉で少し話そうよ。今日、学校は午前中だけ。時間は、あるでしょう?」
俺は、ある条件を付けたものの、その言葉に従った。
その後、俺は一度、現在の住まいである伯母の家へと戻る。伯母が住む建物は一階がスナックと住居、二階がアパートという少し変わった建物であった。その三部屋あるアパートの一部屋を俺が使っている。
食事は伯母が用意してくれた。ここには一つの〈取り決め〉がある。「食事が必要ない場合は、それを申し出る」というものであった。つまり、「意思表示をしなければ、食事の用意がされている」のだ。
一階部分の裏手……、勝手口横にはL型フックが三つ付けられ、それぞれに木の板……、これは蒲鉾の板を利用したものであるが、それを引っ掛ける事が出来る。この板は、表が「白」、裏が「赤」に塗られ、「白」は「食べる」、「赤」は「食べない」を意味し、左から、「朝食」、「昼食」、「夕食」を示していた。
このシステムは伯母の娘さんが高校二年生の時にアパートの一室……、現在、俺が使っている部屋で生活を始めた時に、作られたものだと聞かされている。「スナックのママさん」という職業柄、娘さんとは生活時間が異なる為、編み出されたという事だ。
俺の親父が伯母に、「息子を頼む」と言った際、伯母としては既に、この様なシステムがあったからこそ、その申し出に応じたのである。
俺が東雲に示した〈ある条件〉が、これであった。
(昼食は作ってあるから、家で食べないと……)と考えたのだ。
伯母は俺に対して、食事の件を除けば、ほぼ〈無干渉〉であった。
「もう、高校生なんだから、物事の分別は付くでしょう」と、言い放った程である。一方、「彼女を部屋に呼ぶのは良いけど、大きな声がする事は、しちゃ駄目だからね」という釘は刺された。しかも、「ここは古いアパートだから、声が隣の部屋に聞こえるわよ」というものである。
ちなみに、洗濯物は伯母が住む一階住居部分の洗濯場に出しておけば、洗ってくれる事になっていた。
俺の食事は原則的に伯母が部屋まで運んでくれる。これは伯母が食事を作る時間を優先する結果であった。食事時間は、ほぼ決まっていたが、伯母の都合で早かったり、遅かったりする場合もある。これは、その際の〈擦れ違い〉をなくす方法でもあった。
今日の場合、俺が部屋に戻ると、既に昼食が準備されており、それを食べた後、台所で食器を洗ってから、玄関に設置された小さな下駄箱の上に置く。食事の後片付けは俺の役目だった。
アパートを出る際、(夕食は『赤』にしようか……)と考えたが、時間的に食材を用意している可能性がある為、「白」のまま、勝手口を離れる。