【第29回】
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約十五分後。俺は一人、帰宅の途に就く。結局、俺は一言も発しない内に全ての決着が付いた。
東雲が俺を自宅に呼ぶのは、幼馴染みという関係もあるが、それは理由の一部であって、本当はペットに近い形で安心感を得られ、それにより、ストレスの発散が出来る為だとクラスメイトの全員ではなくても、多くの者が、そう認識した筈である。しかも、東雲と同じ感覚を侑紀が持っていると理解したに違いない。
その上、これらの話をした際、侑紀は、かなり上手い話術を使う。
まず、俺が訪問するのは、例の〈離れ〉ではなく、母屋の応接室という〈設定〉になっていた。ここには東雲の母親もいる為、俺が〈間違い〉を起こせない環境である事を重点的に話す。しかも、その応接室は家の裏にある勝手口の方が近い為、玄関ではなく、そちらから、室内に入っているという説明も加えた。
東雲と胡桃が一緒に暮らしているのは、クラスメイトにとって周知の事実となっている。だが、最初から、東雲は〈母屋〉、胡桃は〈離れ〉で生活しているという〈設定〉になっていた。侑紀は、これを上手く利用し、東雲の家で俺と胡桃が会う可能性についても、「ほとんどない」と断言したのだ。
更に、侑紀は俺の〈才能〉にも言及する。
「勇介って、女子の会話を黙って聞ける才能があるんだよね。基本的には聞き役なんだけど、ただ『聞き流している』だけじゃないんだ。その証拠に、意見を求めれば、それに応じてくれる。この点は割と〈重宝〉しているのよ」
俺は、この話を聞いた時、(追い打ちを掛けたな)と感心していた。「重宝」という言葉は「物」に対して使われ、「人」には使用しない。だが、敢えて、俺に関する話題の中で「重宝」を使えば、「勇介は人として見なしていない」というニュアンスを表現出来るのだ。
クラスメイトが侑紀の思惑に気付いたか、どうかは知らないが、彼女自身、かなり慎重に言葉を選びながら、話していたのは間違いないだろう。
その上、俺が東雲や侑紀と一緒にいながら、その会話に加わっていない……、いや、加わる事を許されていない立場なのを、この短い言葉の中で端的に表現した。
クラスメイト……、特に男子は、「東雲や侑紀と一緒に、いられても、楽しい時間は過ごせそうもない」という印象を持ったに違いない。もちろん、そう思わせるのが侑紀の目論見だった筈だ。
この話が終わるのと同時に多くのクラスメイト……、最初は女子が帰り支度を始め、少しして、男子が、それに続く様になる。それでも十人程の男子生徒が残ったが、東雲と侑紀だけで会話が進み、それを黙って聞いている俺の姿を見て、帰宅の途に就く。
例外的に三人の生徒が最後まで俺達の去就を見守っていたが、東雲と侑紀も、「じゃぁね」と言って、俺を〈置き去り〉にする形で教室から出て行ったのを見届け、彼等も、この場を去った。
(侑紀め、かなりインパクトがある……、しかも、上手い方法を使ったな……)
そう考えながら、俺も教室を出た。
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翌日から、俺の傍へ、やって来る男子生徒は皆無となる。
東雲や侑紀も俺の席へ来る回数が減った。これは意図的に、そうしている筈である。それでも、東雲は時折、「勇介、顔を見せてよ!」と言って、俺の所へ来た。
その際、侑紀が一緒の時も多い。彼女の顔には微笑みが湛えられているが、その瞳は蔑みの光を放っていた。明らかに、(あなたを人として見ていないわ)と、主張するかの様に……。
真実を知る俺からすれば、(よく、あの眼が出来るな……)と感心する。
侑紀が放つ眼光にクラスメイトも気付いている筈だった。女子の中には、「勇介君、なんか、可哀想……」と、小声で話す生徒もいたが、男子は無視を決め込んだ様だ。
例え、その扱いが〈ペット〉や〈物〉であっても、俺は東雲や侑紀と同じ場所で同じ時間を過ごせる身なのである。その事実だけに羨望を感じる者がいても不思議ではない。
中には、(勇介と同じ立場で構わないから、宮野さんの家に招待してくれないかな……)と、考えている奴もいる筈だ。そういう意味では、ごく一部であるのも確かだが、俺に敵対心を燃やす男子が何人か、いるのも間違いないだろう。事実、俺と東雲、侑紀の話を最後まで聞いていた生徒が三人いる。
一方、その存在を俺が無視しても、問題ないと考えていた。俺も全ての事柄に対応出来ない。些細なものは〈切り捨てる〉必要があった。何しろ、俺は今、「神」という〈難物〉と関係を持ってしまったのだから……。




