【第28回】
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問題の放課後が訪れた。今日は実質的に始業式だけという為、午前十時には帰宅時間となる。
しかし、一年一組の教室からは誰も出て行こうとは、しない。その上、その視線は俺に向けられていた。
その様な中、侑紀が動く。彼女は俺が座る席の横に自分が使っているイスを置き、そこに座る。
続いて、東雲が動いた。彼女の場合、俺の前に座る男子生徒に対して、「ねぇ、席を貸して」と告げ、半ば強制的に、そのイスを〈分捕って〉しまう。そいつは、仕方なく、教室の隅に移動したが、その視線は俺達に向けたままである。
この状況で最初に口を開いたのは、侑紀であった。
「私、よく考えてみたの。でも、勇介の告白を受ける事は出来ない。正直に言えば、私に対して、『俺が理想とする女性像に限りなく近い』とか、『俺は君に惚れてしまった』という言葉自体には嬉しさも感じたけど……、そういえば、『俺の心は鷲掴みにされた!』とも言ったよね。でも、駄目、恋人には、なれない……。まぁ、百歩譲って、友達なら、構わないけど……」
侑紀の話を聞きながら、俺は彼女の本意が掴めない事に焦りを感じ始めていた。
半面、今、侑紀が発した「俺の言葉」は、俺自身が間違いなく発している。それらの話をしたのは、鮮明に記憶として残っていた。
(確かに、これらの言葉を並べれば、『愛の告白』だよな……。だが、『百歩譲って、友達なら、構わないけど……』て、どういう意味だ! それは、『まぁ、仕方ないから、表面上は友達付き合いをしてあげる』という感じにしか聞こえないぞ!)
俺が、そう考えている時にクラスメイトの大移動が始まっていた。俺達の近くに座っていた連中は別だが、その多くが、俺達三人を取り囲む様に集まって来たのだ。しかも、男女に関係なく……。
(これって、完全な晒し物だ!)と考えつつも、俺には侑紀が次に、どういうアクションを起こすのか、見守る事しか出来ない。
現状では、夏休み中に俺が侑紀に告白し、その回答を今日、得たという〈設定〉になっている。しかも、俺が「振られる」という形で……。
(さて、侑紀は次に、どの様な行動に出る?)と考えながら、俺は集まったクラスメイトの顔を見回した。
女子は相変らず、暖かい目で俺を見ていたが、それまでの好奇ではなく、愉しさを含んだ憐みの表情が加わっている。
そして、男子の顔には歓喜の表情が刻まれていた。皆、口元に微笑みを湛えている。しかも、その視線は妙に暖かい。
ここで侑紀は俺にではなく、東雲に話を振った。
「ねぇ、東雲は勇介の事、どう思っているの?」
「幼馴染み」と、彼女は即答する。
この応対を考えると、東雲と侑紀との間では、何だかの合意が出来ていると感じた。つまり、二人は、俺と東雲や、侑紀が一緒にいても、〈おかしくない状況〉を作る為の相談を繰り返し、この場に臨んでいると考えたのだ。
(こうなると、俺は下手に動かない方が良いな。後は二人に任せるか……)
そう思った瞬間、俺の肩から荷が降りた感覚を覚えた。自分では気付かなかったが、精神的に、かなりの緊張状態にあったのは間違いなさそうだ。
東雲の話が続いている。
「私ね。勇介に対して、恋愛感情は持っていないんだ。でもね。一緒にいると、心が安らぐんだよ。そうね……、感覚としては、自分が飼っている大好きな犬が傍にいる感じかな」
(遂に俺の立場は人としての範疇を超え、ペットの犬と同系列にされてしまったぞ!)と思った瞬間、侑紀が言葉を発した。
「そうそう、そんな感じ! 私も彼に関しては、それに近いかも……。勇介の事を始めて呼び捨てにした時、『ペットの名前を呼んでいる様だわ』と思ったの! まぁ、私が一方的に勇介の事を呼び捨てにするのも悪いから、『侑紀って呼んでも、いいよ』とは言ったけど……」
その時、クラスの男共から、一斉に安堵の溜息が漏れた。同時に、俺と東雲、侑紀との関係が「対外的に」という意味で確定したのは間違いない。この二人に関して「恋の争い」から、俺が完全にドロップアウトしたと認識された筈だ。
(俺、完全にペット扱いだな……)と思いながら、俺も溜息を漏らす。




