【第22回】
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東雲の部屋は静寂に満たされていた。
胡桃が入れてくれた紅茶を俺は飲み干す。全員のカップが空になっていた。それを見た胡桃が新たな紅茶を各人のカップに注ぐ。
俺は、それを一口含んでから、「少し考える時間を与えてくれ」と告げた。それに対して、東雲と侑紀が無言のまま頷く。
今、東雲が語った話から推測すると、彼女自身、この「神の話」を、(正確に理解していないのでは、ないか?)と考えていた。そこには、かなりの矛盾点が存在したからだ。
例えば、「知的生命体」という言葉の定義に対して、東雲は「ヒト」と同義語で語っている。しかし、「知的」という言葉を使うなら、「イルカ」も知的生命体と言えるだろう。
半面、「元々存在する地球の環境に手を出せる存在」を知的生命体とするのなら、東雲の言葉に納得するが、その説明を彼女はしていない。つまり、神なる存在が語った内容を、ほぼ、そのまま俺に話したと考えたのだ。
その一方、東雲は、この部屋で俺に対し、初めて神の話をした際、「私は自分と関係がある神の力を借りて」という言葉を使った。これは、その神と東雲が何だかの形でコンタクトが取れ、その力を利用出来る立場にある事も間違いないだろう。
ここで一つの疑問が生じる。
(神は関係を持てる『ヒト』として、何故、東雲、そして、侑紀を選んだのか?)という点だ。
東雲の話によれば、ネアンデルタール人を含む「ヒト属」が、神によって知的生命体と認識された時点で、この「ゲーム」を開始していると認識すべきだろう。仮に神が〈永遠の命〉を持っているとした場合、寿命がある「ヒト」は順次、替えて行く必要性もある。しかし、東雲や侑紀……、いや、その中に俺が含まれるのも確かな様だが、選ばれる必然性が理解出来ない。
ここで俺は最初の質問を口にする。
「東雲にしろ、侑紀にしろ、自分達が神から選ばれた理由を聞かされているのか?」
その問いに答えたのは、東雲であった。
「私の場合、単に『相性』という事しか、聞かされていないわ。『それ以上の質問をしても無駄だ』とも言われたし……」
(やはり、その程度か……)と思った瞬間、今度は侑紀が声を発した。
「本当は、この話、したくないんだけど……」と言って、東雲の顔を見る。
東雲は、「侑紀が苦しくない程度に話すべきだと思うわ」と、意味深長な言葉を告げた。その表情は真剣そのものである。恐ろしい程に……。
それに呼応して、侑紀は頭を縦に一度、振ってから、俺の顔を凝視した。その瞳も真剣そのものであり、相当、鋭い。
一瞬、俺は目を逸らしそうになったが、それを我慢する。
侑紀が言葉を紡いだ。
「私、幼少の頃から、虐待を受けていたの。両親から……。食べ物が与えられない事も珍しくは、なかった。
小学校に入学する際、健康診断を受けなければ、ならないんだけど、両親は、それを無視したんだ。『虐待が、ばれる』と思ったんだろうね。でも、そうした事で逆に虐待が明るみに出たの。
それ以後、私、施設で生活する様になったんだけど、小学校三年の時にジュエリーデザイナーとして海外で活躍していた伯母……、父親の姉が日本に戻り、一緒に暮らす様になったんだ。
その伯母、離婚歴があって、子供はいなかった。だから、私を実の子として育ててくれる。伯母との生活に私は何の不安も抱かなかった。
でも、私は地獄に突き落とされる。
私が小学校六年生の時に伯母が再婚した。そして、中学二年生の十月……、伯母の再婚相手から、肉体的暴力を受ける……」
侑紀の声が詰まった。俺は思わず、「その話は、しなくていい」と、強い口調で言い放つ。その「肉体的暴力」という言葉が何を意味するのか、俺は瞬時に察していた。そこには、間違いなく「性的」という言葉が隠されていると……。
そのまま彼女の話が止まると思ったのだが、侑紀は気丈にも、その先を語る。
「私、死のうと思った。それを本気で考える。
その時、既に親友関係になっていた能天気な東雲……、これは、はっきり言っちゃうけど、時折、『この娘、莫迦じゃないの!』という行動をする東雲に、話しちゃったんだ。
『私、死のうと思っている……。楽に死ねる方法は、ない?』って……」




