【第2回】
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高校生活の初日。俺は一年一組の生徒となる。
体育館での入学式が終了した後、一年一組の教室では自己紹介が行われた。出席番号順に教壇へ立ち、クラスメイトとなった生徒達に対して、自らを紹介するのである。
その順番が俺となり、教壇から教室内を見回した時、ちょうど真ん中に位置する席に座っていた女子生徒が、俺に向かって手を振り、「久し振り、勇介!」と声を掛けた。この事態に俺は戸惑う。
通っていた中学校から、大歳高校を受験したのは俺一人。この高校に知り合いは誰もいない筈であった。更に、声を掛け、手を振っている女子生徒にも見覚えは、ない。俺は記憶の底を探り、その女子生徒の存在を確認しようとしたが、該当者は思い浮かばなかった。
(そこそこ、可愛い娘だけど、誰だ? しかも、名前を呼び捨て?)
社交辞令的に、その女子生徒へ軽い会釈をしてから、俺は自己紹介を行う。その際も彼女は微笑みながら、俺の顔を凝視していた。
しばらくして、問題の女子生徒が自己紹介を行う番になる。彼女は教壇に立つのと同時に、後から数えて三番目の窓際に陣取った俺に再度、手を振ってから、話し始めた。
「始めまして……、中には、中学校の時から知っている人もいますが、改めて自己紹介します。宮野東雲です」
次の瞬間、俺は思わず席から立ち上がり、「お前、東雲だったのか!」と声を……、しかも、かなり大きい声を発していた。同時に心の中で呟く。
(変わったな……、お前……。女は『化ける』と言うが、本当だった……)と……。
東雲は、「あれ? 今頃、気付いたの? でも、ちょっと変だとは思ったけど……」と言ってから、「座りなさい」と命令する。俺は呆気に取られながら、その言葉に従った。
この時、俺は受けた衝撃で、その思考回路が、ほぼ停止状態に陥る。
(何で、東雲が……)という言葉だけが、頭の中を無意味に往来するだけ……。
宮野東雲。幼馴染みであった。
彼女の名前に関して、「東」の「雲」と書いて「しののめ」と読ませる事や、「東雲」という文字だけを見れば、女の子らしからぬ命名等、色々な〈突っ込み処〉が存在する筈である。しかし、俺にとって、それが気にならない程、東雲とは近い距離で生活していた。
俺が中学生の時まで暮らしていた家……、今となっては、「実家」と言った方が良いかも知れない、この家の正面に宮野家が住んでいたのだ。しかも、俺と彼女は誕生日が一緒の八月十日。その為、生まれた時から「顔を合わせていた」という状況である。俺達は共に保育園へ通ったが、それも同じ所。
ついでに言ってしまうと、ファーストキスの相手も東雲である。保育園時代、お昼寝の時間に俺と彼女は隣同士で寝ていた。その際、お互いに寝返りをし、抱き付いた恰好になってしまったらしい。変な息苦しさを感じるのと共に俺は唇に違和感を覚え、目を覚ます。俺は東雲の唇を吸っていた。そして、彼女も俺の唇を吸っていたのである。幼い日の偶然による出来事かも知れないが、かなり濃厚なキスをしたのは確かだった。
東雲は小学校二年生の時に家庭の事情で引っ越している。以後、俺は彼女と会っていない。
ところが、思わぬ場所で再会を果たしてしまったのだ。
クラスメイトの自己紹介も終わり、この日の学校生活は終了を迎えた。東雲は帰り支度をする俺の所へ来て、「本当に久し振りね」と声を掛ける。俺も、「最初は誰だか解らなかったが、〈お前〉だったとは……」と、八年振りとは思えない程、素直に言葉が出て行く。
「まさか、〈あんた〉が、大歳高校を受験しているとは思わなかったわ」
彼女が言った「あんた」という言葉に思わず懐かしさを感じる。小学校時代、東雲は何故か、俺だけを「あんた」と呼んでいたのだ。一方、俺は彼女の事を「お前」と呼んでいた。
「俺、最初、お前が東雲だって、全く気付いて、いなかったんだが、どうして、お前は俺に気付いた?」
「あんた、クラス発表の掲示板、よく見ていないでしょう。あそこに『鍋倉勇介』って名前があったから、『もしかしたら?』と思ったんだけど、案の定だった訳」
「あっ、俺、自分の名前しか気にしていなかった……」
その言葉に東雲は呆れた表情を顔に浮かべる。