【第10回】
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「ご主人様、起きて下さい!」という胡桃の声と共に、肩を軽く揺さ振られ、俺は眠りから覚めた。
目を開けると、東雲は微笑みながら俺を見ているが、侑紀の顔は何故か紅潮している。
「もう、五時ですよ!」
胡桃の言葉に、「また寝てしまった……」と呟きながら、(変な夢を見たな……)とだけ、考えていた。だが、その内容は完璧なまでに覚えている。
この日の夜から、俺は毎日、同じ夢を見る様になった。それは、下着姿の東雲と侑紀が登場する〈例の夢〉だ。しかも、東雲の部屋で見たものと全く同じ夢を日々、繰り返し見る。
はっきりと言えば、俺も健全な男子だ。東雲の唇が俺の耳に触れる感覚……、これが、余りにも〈生々しい〉のだが、この瞬間、俺は軽い興奮状態に陥った。しかし、その後に続く、訳の解らない「神の話」には閉口する。
(一体、何が言いたいんだ?)と思いつつも、(宗教が絡んだ話では、ないな……)という事だけは理解した。
そして、下着姿の侑紀が登場する……。正直に言えば、このシーンで興奮を覚えない。
実は俺、〈巨乳〉が駄目なのだ。確かに侑紀は俺の心を鷲掴みにしたが、唯一、不満だったのが、その胸の大きさである。
更に、もう一つ気になる点があった。侑紀が言った、「これだけは、覚えておく様に……」という言葉遣いである。普段、その様な高飛車な言い方を彼女は、しない。
(何故、侑紀は、あの様に言った? いや、あれは本当に侑紀だったのか?)
夢の中に出て来た侑紀の顔を俺は覚えていなかった。声は間違いなく、彼女のものだったが……。
半面、侑紀に関して、強烈な記憶も残されている。それは右胸にあった〈ホクロ〉だ。大きさとしては直径二ミリメートルあるか、ないか。決して大きなものでは、ないが、強烈な印象として俺に植え付けられたのは間違いない。
ともかく、俺は毎日、この夢を見る様になったのである。それは苦痛以外の何物でもなかった。確かに多少、刺激的なシーンもあるが、毎回、同じだと飽きてくるのだ。
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大歳高校では毎年、一学期の期末試験が木曜日に終わる様に調整されていた。これは、その週の土曜日までに試験の採点を終える為である。そして、試験の結果、及第点に満たなかった者は、翌週の水曜日から始まる補講授業に出席しなければ、ならない。その対象者は月曜日の一時間目……、試験開けの週は特別にロングホームルームの時間となるのだが、この時を利用して各クラスで発表された。しかも、この補講授業は全員ではないものの、約五分の四にも及ぶ生徒が受ける事になるのだ。
大歳高校は進学校である。この点の〈容赦〉は一切、ない。そして、一年生の多くが、この高校の〈怖さ〉を思い知るのである。
もちろん、俺も、その対象者であった。事もあろうに補講授業が行われる全科目で対象となってしまう。
(嘘だろう! 確かに英語はヤバかったかも知れないが、数学には自信があったぞ!)
補講対象者と、その科目を聞いたクラスメイト全員が、俺と同じ様な事を考えていたに違いない。各人共、小さいながらも、落胆と文句の言葉を口にしている。
余談になるが、この後、月曜日と火曜日で試験が行われた全科目の授業が行われ、テストの答案用紙が返される。各科目に設定された〈合格点〉に一点でも足りなければ、有無を言わさず、補講授業を受けなければ、ならないのだ。しかも、合格点に対して、三点とか、五点という範囲で満たなかった者達が大半を占めていた。
「合格点を〈ギリギリ〉与えない試験問題を作るって話、本当だったみたいね……」
火曜日の昼休み。昼食を終えた後、俺の席に来ていた東雲が、そう呟く。
「伊達に進学校を名乗っていないわ。私、この高校を甘く見ていた!」と告げたのは、侑紀であった。ちなみに全科目では、ないが、東雲も侑紀も胡桃も補講授業の対象者である。
俺自身、この補講授業も問題であったが、土曜日以降、毎日見る様になった〈例の夢〉が気になり出し、精神的に落ち着かない日々を送り始めていたのも事実だ。




