ピュア谷崎と腹グロ上月
1学期も残り僅かとなった。生徒たちは、すぐそこに迫る夏休みに心を躍らせている。夏休みの予定について、友達と楽しそうに話している姿もちらほらと見られる。まぁ、別に、全然羨ましくないが。
私は、夏休み中はあまり外に出ない。暑いのはあまり好きではないし、2学期の範囲の予習をしなければならないからだ。
それに、夏休みの話をする前に、期末テストの心配をした方が良いのではないかと思う。みんな、バカなんだし。
かくいう私も、中間テストでは衝撃の事実を知り、悔しい思いをした。今まであんなヤツに負けていたのかと思うと、無性に腹が立つ。
そういえば、あの時に伊織と初めて話したんだよな。アイツの事が嫌いだとか何だかんだ言いながらも、あれからたまに図書室で話すようになったし。まぁ、殆どアイツが私の事をからかってただけだけど…。
しかし、それもここまでだ。何故かって?それは、あの日から、私はアイツに勝つ為に、今までよりも更に勉強に力を注いで来たからだ。国語はもちろん、他の教科も予習・復習を徹底してきた。
期末テストまであと一週間。今からアイツの悔しがる顔を見るのが楽しみだ。
伊織はというと、クラス内では相変わらずぼっちだった。しかし、マラソン大会の一件以来、谷崎に懐かれているようだ。今朝も、教室前の廊下で話しかけられているのを見かけた。本人は鬱陶しいと思っているようだが、ちゃんと話を聞いてあげているあたり、そんなに嫌でもないのかもしれない。
それにしても、伊織は他人と接するのを嫌い、極力避けているのに、何故私や谷崎の事を助けてくれたのだろうか。実は良いヤツなのかと思ったりもしたが、彼にからかわれる度に、やっぱ嫌なヤツだと思う。
アイツが何を考えているのかはよく分からないが、どうせろくでもない事だろう。
「さてと…」
昼休みもそろそろ終わるし、5時限目が始まる前にトイレにでも行っておくか。
私は教室を出て、トイレに向かったが、曲がり角で、向こうから走って来た人とぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いや、僕の方こそごめんなさい。怪我とかしてないですか?」
この私と曲がり角でぶつかるなんてイベントを経験したあなたは幸運ね。みんなに自慢できるわよ!なんて事を考えていたが、聞き覚えのある声に思わずその人を見ると、なんと谷崎だった。
「あれ、あなたはこの間の…」
谷崎からかけられた言葉に、私は一瞬言葉に詰まる。
この間のって、あの事だよね。なんか急に恥ずかしくなってきた。しかし、ここは冷静に対応せねば。
「ええ、そんな事もあったわね。あなたは確か、谷崎……」
「誠です。覚えててくれたんですね、嬉しいなぁ。それで、あなたの名前は?」
谷崎から発せられた問いに私は耳を疑った。
え?コイツ、今何て言った?この私の名前を知らない男子がこの学校にいるなんて!まだ入学して間もない一年生だったらまだ分かる気もするけど、どう見たって一年生って感じじゃない。大体あの日、ジャージに3年って書いてあるの見たし。
あり得ないとは思いつつも、私は自己紹介をした。
「私は宇陀川莉乃。三年一組に所属しているわ」
「わぁ、僕は二組なんですよ。同級生だったんですね」
すごく純粋な答えが返ってきた。もしやコイツ天然なのか。まぁ、この学校は生徒数が多いし、クラスや部活などで接点が無ければ、たとえ同級生でも、卒業まで顔を知らない人も何人かはいるだろう。
それにしても、本当に私の事を知らないなんて驚いたが、こんなに純粋な瞳で見つめられると、何も言えない。
気まずい沈黙が流れる。私はその間を埋めるように、谷崎に話しかけた。
「そういえば谷崎くんはマラソン大会の時、猫を助けようとして怪我をしたのよね?猫が好きなの?」
「はい。僕は動物が好きなんです。中でも猫が特に好きで。普段はあまり行動的じゃないんですけど、あの子猫をどうしても助けてあげたくて、気づいたら木に登っていました」
「それは、凄いわね」
「まぁ、運動神経が良い訳ではないので、この通りなんですが」
見ると谷崎の腕には、まだいくつもの傷跡が残っていた。
「それでも、猫を助ける為に木に登るなんて、とても勇気があるのね」
「えへへ、ありがとうございます」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あっ、僕のクラス、次の授業は移動教室なんですよ。では、これで失礼します」
そういうと、谷崎は走って行ってしまった。
谷崎誠、か。なかなか面白いと思う。それに、純粋で良い子だ。
私はブツブツと独り言を呟きながら歩く。
「全く、どこかの腹黒い誰かさんとは大違いだ…」
「誰が腹黒いって?」
「うわぁっ⁉︎」
突然背後から耳元で囁かれ、思わず変な声を出してしまった。振り返ると、伊織が私の真後ろに立っていた。
「どうしたの、宇陀川さん。そんなに大きな声を出して」
「だ、だって、あなたがいきなり声をかけるから」
コイツ、いつからいたの?っていうか、突然耳元で囁くとかもうホント心臓に悪いから勘弁してほしい。ああもう、まだ心臓がバクバク言ってる。顔赤くなってないかな…。
動揺を隠しきれない私を見て、伊織はクスッと笑う。
「あれ、もしかしてドキドキした?」
「な、何言ってるのよ⁉︎そんな訳ないじゃない!」
「いや、でも顔真っ赤だし」
「うっ……」
やっぱり赤くなってたか…。昔からそういう体質なんだから仕方ないでしょ!
「そんな事より、あなたはどうしてここにいるの?」
「いや、図書室の鍵を職員室に返して、教室に戻ろうと思ったら、宇陀川さんの姿がみえたから、つい」
「私を見かけたら、からかう前提なのね…」
当然と言わんばかりの伊織の言葉に、私は小声で悪態をつく。
「何か言った?」
「別に何も」
「あっ、そう。で、誰が腹黒いって?」
「誰も何も、あなたの事に決まってるじゃない」
「えー、俺そんな風に思われてたの?」
「当たり前でしょ。ホントに谷崎くんとは大違いだわ」
「まぁ、あれはあれでピュア過ぎてどうかとおもうけどな」
「腹黒いよりは全然マシよ」
私はため息混じりに呟く。
「そういえば、さっきまで谷崎と一緒にいたみたいだったけど、何の話してたの?」
「別に、マラソン大会の時の事を少し話していただけよ」
「えっ、宇陀川さん、自分から暴露したの?」
「誰がそんな事するか!谷崎くんが子猫を助けた話よ。自分からあの話をする訳ないじゃない」
「だよねー。なんだ、つまんないな」
「あの話が広まったら、あなたは面白くても、私は全然面白くないから」
「そうですか」
そんなやり取りを交わしながら教室へ向かう。
「そういえば、宇陀川さんどこかへ行くところだったんじゃないの?」
「あー。やっぱりいいわ」
「あぁ、そう」
別にものすごく行きたかった訳じゃないし、コイツと話してたら、疲れて行く気なくなった。
ちょうど教室へ着いた時に5時限目開始のチャイムが鳴った。
5時限目は国語だった。今日もアイツに散々からかわれたが、今に見てろよ。次の期末テストで、絶対その鼻っ柱をへし折ってやるんだから‼︎