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マラソン大会〜その後〜

 

「おい、見ろよ。宇陀川さんだ。はぁ、今日も可愛いなぁ」

「そういえば、この間のマラソン大会、宇陀川さん棄権したんだよな?怪我でもしたのか?」

「ああ、確か足首を捻ったかなんかしたらしい。はぁ、俺がその場にいたら宇陀川さんをおんぶして学校まで送ってこれたのに」

「どうやって学校まで戻ってきたんだろ?」

「さあな。自力で歩いて来たんじゃないのか」


 マラソン大会は終わったが、校内は私が怪我をして大会を棄権した話で持ちきりだった。

 私は気にしていないような素振りを見せながらも、周囲の話し声に耳をすませていた。

 私がそんなことをしている理由はただ一つ。

 私が上月伊織におんぶされて送ってもらったことがバレていないか確認するためだ。

 超絶美少女である私が誰かにおんぶされたなんて話が広まったら、ソイツは檜枝中の全男子から恨まれ、総攻撃を受けるだろう。

 それがぼっちの上月伊織なら、なおさら格好の的だ。

 別に、アイツのことが心配だとかそういうことじゃなくて、ただ私が面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ。

 私はみんなのものだからな。こういう噂が立つのは非常にマズイ。

 そんなわけで、私は周囲の話に注意しながら午前中を過ごした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「はぁ、やっと半日か。午後もこれを続けるなんて気が滅入るよ、全く」

 昼休み、机に突っ伏しながら私は呟いた。

 そういえば、他の人ばかりに気が向いていて、伊織のこと忘れてたな。まあ、アイツも自分からバラすようなバカな真似はしないでしょ。というかそれ以前に、アイツには話を聞いてくれるような友達いないんだった。なんせぼっちだし、アイツ。

 首だけを動かして伊織の席を見ると、彼の姿は今日もなかった。また、図書室で本でも読んでいるのだろう。

 そう思いながら、何気なく教室のドアに視線を移した私は、自分の目を疑った。

 そこには伊織の姿があった。ドアの近くで1人の男子生徒と話している。他のクラスの生徒だ。

 アイツが教室で他の生徒と話しているところを見るのは初めてだった。表情にあまり動きは見られないが、かなり話し込んでいるようだった。

 まさかとは思いつつも、嫌な予感が頭をよぎる。

 …いや、ないとは思うけど、万が一あの事を話しているんだとしたら?大体アイツはいつも私の事をからかってくるし、あり得なくはない。この先も事あるごとに蒸し返されて、いじられるかもしれない。はぁ、やっぱ断るべきだった。

 様々な予感が駆け巡るが、とりあえず今は、この現状をどうにかするしかない。

 私は席を立ち、平静を装いながらさりげなく二人に近づき、会話を盗み聞きした。


「………マラソン大会で……」

「……怪我が………」


 声が小さくて全ては聞き取れなかったが、ものすごくマズい単語を聞いた気がする。

 あ、完璧私の事だわ、これ。あの話が広まるのは非常にマズイ。すぐに止めなければ!


「その話はっ!」


 話していた二人が、私の方を振り返る。


「それは成り行きでそうなっただけでっ!ただコイツが手当てしてくれたってだけで、別にそれ以上でもそれ以下でもないからっ!

 偶然だからっ!」


 一気にまくし立てる私を見て、相手の男子はかなり動揺していたが、伊織は全く動じていなかった。


「いきなりどうしたの、宇陀川さん」


 無表情で問いかける伊織の姿を見て、私は我に返った。もしかして今、私はとんでもない事をしてしまったのでは…?


「い、いえ、何の話をしているのかなと思っただけで…」


 私の声はだんだん小さくなっていく。一拍の間を置いて、伊織が口を開いた。


「あぁ、あの話をしていたんだよ」

「……『あの話』って?」


 表情はないものの、私の反応を見て面白がっているのは確かだった。


「マラソン大会で、怪我をした時の話だよ」


 また、しばしの間が空く。私が表情を強張らせる様子をじっくりと堪能した後、僅かに口角を上げる伊織。そして…


「コイツの」


 と言って指差したのは、私ではなく、さっきまで一緒に話していた男子だった。

 その子は、それまで何も言えずに戸惑っていたが、それを聞くと、頰を掻きながら困った様に言った。


「やめてよ上月くん。怪我だなんて、そんな大したものじゃなかったし」

「そうか?結構、血出てたけど」


 そんな二人の会話を聞き、気が遠くなりそうになるのを、なんとか抑える。


「…どういう事……?」


 その問いに、伊織が答える。


「あの日、大会の喧騒から離れた静かな場所を探していたら、校舎裏でコイツ、谷崎に出会った。谷崎は、小さくて黒い子猫を抱きかかえていて、その腕は傷だらけだった。

 話を聞くと、谷崎は走っている途中で、木から降りられなくなった子猫を見つけて、助けようとした。その時に、子猫に引っ掻かれたり、木の枝にかすったりして、腕を相当傷つけた。

 それで、無事に子猫を助けて学校まで連れてきたは良いが、どうすればいいか分からず、とりあえず校舎裏に隠れてた、という事だったらしい。

 だから、俺が本部テントから救急箱を借りてきて、手当てをしたという訳だ」


 すると、谷崎と呼ばれた男子が言った。


「あの時は本当にありがとう。おかげですごく助かったよ。あの子猫も家で飼うことになったんだ。最初は警戒していたけれど、だんだんと僕に懐くようになって。今、名前を考えているんだけど、なにか良い案ないかな?」

「あぁ、後で考えとく」


 二人の会話をよそに、私は力なく笑った。

 なんだ、そういう事か。つまり、私は勘違いして、早とちりして、結果、自分から余計な事を暴露してしまった訳だ。

 話がひと段落ついたのか、伊織がこちらに水を向けた。


「で、さっきの話はどういう意味?」


 ただでさえ恥ずかしいのに、さらに追い討ちを掛けるような言葉に私の羞恥はMAXに達した。


「べ、別に、何でもないわよ!さっき私が言った事は忘れてちょうだい」


 やっとそれだけを言うと、半ば走るようにして、私は教室を出た。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 午後の授業は、何事もなく進んだ。

 あの後、クラスメイトは普通に接してくれたが、伊織とは口をきかなかった。目すら合わせる事が出来なかった。

 HRも終わり、生徒たちは帰り仕度を始めた。私は一人で帰りたかったので、みんなが教室を出るのを待った。

 伊織はといえば、HRが終わると早々と教室を出て行ってしまった。さっきの事を全く気にしていないのか、あるいは…。

 まぁ私も、ここ数週間でアイツの事が少しは分かってきたつもりだ。アイツはこんな事を気にするようなヤツじゃない。でも、もしかしたら…なんて、そんな事ある訳ないか。


 「さて、そろそろ行こうか」


 昇降口で靴を履き替えていると、廊下の方からもう一人、こちらに向かって歩いて来た。誰だろうと思い、よく見てみる。そして、それが誰かが分かった瞬間、私は驚いた。


「やぁ。奇遇だね、宇陀川さん」

「あなた、もうとっくに帰ったのだと思っていたのだけれど」


 伊織は下駄箱から靴を出し、上履きをしまう。


「教室を早く出たからといって、学校を出るのも早いと考えるなんて、随分と安直だね」


 コイツ、おちょくってんのか。はぁ、ま、あの事は気にしてなさそうだし、別にいっか。


「そうかしら?別に普通だと思うけれど。というか、今まで何をしていたの?」

「さぁ、何だと思う?」

「校内を散歩…は、流石に変か。部活にも入っていないみたいだし…、さっぱり分からないわ」


 一瞬、私を待っていたのでは?、という考えが頭をよぎるが、そんな事はあるはずもないし、言ったらまたからかわれると思ったので止めた。


「まぁ、別に何をしてたという訳でもないんだけどね」

「何よ、それ」


 そんな話をしながら校門を出る。太陽が発する橙色の光が私たちを照らす。


「そういえば、今日の昼休みの事なんだけど…」


 まさか、伊織の方からその話を持ち出すとは思っていなかったので、私は驚いた。


「何かしら?」

「いや、何で自ら地雷を踏んだのかなって思って」


 それを聞き、また思い出してしまった。


「あなたが、珍しく誰かと話している姿が見えたから、どんな話をしているんだろうと思って聞いていたら、『マラソン大会』とか『怪我』とか、怪しい単語が聞こえて来たから、つい…」

「俺があの話をしているのだと勘違いをした訳だ。それにしても、人の会話を盗み聞きするなんて、なかなかの趣味だね、宇陀川さん」

「あなたにだけは言われたくないわ」


 人の事をからかって喜ぶなんて、お前もなかなかいい趣味してるよ、と心の中で毒づく。


「そういえば、谷崎くんとはいつ会ったの?」

「吉田先生を呼びに行った時だよ。あとは先生に任せておけば、俺はしばらく戻らなくても平気だろうと思って、くつろげる場所を探していたんだ。その時に谷崎と出会った」

「そうだったのね」


 私たちの横を、小学生くらいの男の子たちが駆け抜けて行った。その手には、ボールやバット、グローブなどが抱えられている。もうそろそろ暗くなり始める時間帯だし、家に帰るのだろうか。


「あの事…」


 遠ざかる少年たちの背中を見ながら、私は続けた。


「話さないでいてくれてるって知って、とても嬉しかった」


 伊織は、上空を流れる雲を見ながら言った。


「あの話を誰かにする事はないよ。それくらいの常識はわきまえているからね」


 それを聞いて、安堵した。すると、伊織がこちらを振り向いた。


「それに、誰かにしてしまったら、俺がそのネタを使ってあんたをからかえなくなるからね」


 そう言った彼の顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 一瞬でも油断した私がバカだった、と思いつつも、あまり腹が立たない。何故だろう。いつもなら、ここから言い争いが始まるのに。

 そんな事を考えているうちに、十字路に差し掛かった。


「じゃあ、俺はこっちだから」

「ええ、私はこっちだから」

「大丈夫?今日は一人で帰れる?」

「そんなに心配しなくても、ちゃんと一人で帰れます」

「あっそ。じゃあね」

「ええ、さようなら」


 そんなやり取りを交わし、私たちは別々の道を進んで行く。私は北へ、伊織は東へ。

 太陽が、地平線に沈みかけていた。



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