図書室での再会
ここ最近は雨ばかり降っていて嫌になる。窓ガラスを伝う雫を眺める私の口から、溜め息が溢れた。
梅雨は嫌いだ。湿気のせいで髪がまとまらないし、ノートのページが手にくっついて板書しにくいし。
スマホで天気予報の画面を開くと、明日も明後日も雨マークがついていた。それを見てまた溜め息が溢れる。
昼休み、雨のせいで教室はいつもより人が多く、騒々しい。
昼食を済ませた私は、この喧騒から逃れるため、どこかで時間を潰すことにした。どこに行こうかと考えた時、真っ先に思い浮かんだのは図書室だった。
なんでだろう?もしかしたら、またアイツと話してみたいと思っているのかもしれない。なぜかは分からないけれど、いつも心のどこかでアイツのことが気にかかっている。
上月伊織はいつものように、4時限目が終わって直ぐに教室を出て行った。また図書室にいるのかもしれない。
私は教室を出て、図書室へと向かった。
教室の喧騒とは打って変わって、雨の日でも図書室は閑散としていた。
あの日と同じように書棚に沿って進み、奥の角を曲がる。
やはりいた。あの日と同じ場所で、同じ姿勢で、上月伊織は文庫本を読んでいた。そして、やはり同じように彼は私の存在に気づく。
「あれ、宇陀川さん、また来たんだ。俺に何か用?」
「いえ、別に用はないのだけれど」
「ふーん、そう」
そう言うと、伊織はまた本を読み始める。
だから、なんでコイツは私の前でもこんなに自然体なんだよ。普通こんな美女がいたら少しはドギマギするでしょ。ああ、やっぱり気に喰わない。
とはいえ、ここで何も言わずに突っ立っているのも居心地が悪いので、何か言おうと私は口を開く。
「そういえばあなた、中間テストの国語で満点を取ったらしいわね」
そう言った後、私は後悔した。なんでこういうことを自分から言っちゃうかな。
そんな私の心情とは裏腹に、伊織はこともなげに応える。
「ん?ああ、国語は得意な方だからね。そういやいつも満点取ってるな」
コイツ、今さらっと凄いこと言ったぞ。ということは、最後の作文もいつも20点満点ってことか!?私はいっつもアレで点を落とすんだよなぁ。
「というか、宇陀川さんもいつも満点取ってるんじゃないの?ずっと同率1位だと思ってたんだけど」
伊織の言葉にどう返していいか分からず、私は口ごもる。
そんな私の様子を見た彼は僅かに口角を上げて続ける。
「あれ、もしかして俺の勘違いだった?そっかぁ、宇陀川さん、国語苦手なんだ」
「そ、そんなことないわよ!いつも90点は超えてるし。ただ、作文で少しケアレスミスをするだけで………」
必死に反論する声も、少しずつ小さくなっていく。
ただでさえ2位なのが悔しいのに、ずっと抜かせなかった相手がこんなムカつく奴だったなんて。
「まぁ、総合は1位なんだし、どの教科も同じくらいの点数なんでしょ。俺なんて国語以外は全然ダメだから」
「一番苦手な教科は何なの?」
「…数学がね、もう笑えないくらい酷くて」
「中間テストの点数は?」
「………16点」
………嘘でしょ。何なのその国語と数学の点数の差は。本当はバカなんじゃないのコイツ。
「今、バカなんじゃないのコイツって思ったでしょ」
「お、思ってないわよ!ただ、少し驚いただけ」
「はぁ、別に良いんだよ。どうせ俺は文系の道に進むんだし」
「文系でもその点数は流石にマズイと思うのだけれど」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
伊織は手にしていた文庫本に栞を挟むと立ち上がった。
「まぁでも、俺が国語で宇陀川さんに勝ってたってのは驚きだったな。どう?今までこんな奴に負けてたってことを知ったご感想は」
「うるさいわね!別に何とも思わないわよ」
「はは、強がらなくても良いんだよ?ほら、鍵閉めるから早く出て」
ホント嫌な奴。なんで私はこんな奴のことが気にかかっていたんだろう?コイツが何と言おうと私には関係のないことだ。はぁ、馬鹿馬鹿しい。
私は苛立ちをどうにか抑えながら教室へと戻った。