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栄華の小夜曲<セレナード>  作者: 葉桜もち
1章「二輪の乙女」
7/8

5話、白のフリージア

 主催者の挨拶で社交会は始まりを告げた。

 光り輝くシャンデリアが見下ろすのは人々が踊り語らう舞踏会場。正装した紳士淑女たちが和気あいあいと交流を広げている。

 小腹を満たすサンドイッチ、ビスケットなどの食事や飲み物は別室に用意されていた。


 テラス窓からは、月明かりが差し込んで浪漫ある風情を醸し出していた。静かな夜なら、さぞや美しく情緒的であっただろうとフリージアは残念がる。正直なところ、忙しない団欒より、月を愛でるほうが己の性に合っている。

 しかしながら、これも仕事の一環である。フリージアは忙しなく、幾人(いくにん)かの大人と会話をこなし、男性の誘いを受けてそつなく踊ってみせた。

 田舎育ちであるフリージアは露も知らなかったが、舞踏会とは男女の出会いの場でもあるようだった。周囲から甘さを含んだ空気が漂ってくる。顔を近づけひめやかな駆け引きを楽しんでいるようだった。

 そういえば、とフリージアは思う。

 手を取り踊った青年たちも、若く聡明な顔立ちであった。きっと花盛りの娘たちは、あのような殿方に惹かれるものなのだろう。おそらくは引く手数多(あまた)に違いない。


 それから、またしばらく愛想笑いを振りまくこととなった。

 デビュー祝いだと恰幅のいい男性から花束を受け取る。自分の名と同じ花だった。

 真っ白な花弁がとても綺麗だったので、フリージアは素直な気持ちでお礼を述べた。




 慣れないことに流石に疲れてきて、一息吐こうと人の輪を離れたその時、視界の端に赤いドレスが目に入ってきた。

 濃い色の髪を結い上げた先程のあの少女だった。艶やかで凛とした姿は、宴の席に相応(ふさわ)しい。(みな)が装いを凝らす中でも、彼女は一際目を引く存在として君臨していた。

 しばし、遠くから眺めていると、図らずも目が合った。茶褐色の瞳とかち合う。

 相手は男性との話を切り上げて、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてきた。


 「あんた、新人なんだって?」

 開口一番にそう言い放つと、赤ドレスの少女は双眸を細めた。


「うん。最近、田舎町から出てきたばかり」

 と、(おく)せず答える。


「名前は?」

「フリージア」


 そして、頭から足先まで観察するような目線を送ったあと、僅かに口角を上げた。感情を灯した虹彩が鋭く光る。


「あんたに忠告しといてあげる。生半可な覚悟じゃ、この世界はやってけない。夢だの憧れだの語る新人ほど、すぐ駄目になる」


 それは決して悪意などではなかった。傲岸(ごうがん)な振る舞いでありながら、その言葉はフリージアの奥底に深く届いていた。


「ここでは多くの人間が活動してるけど、脚光を浴びれるのは、ほんの一握り。

 そんな中で成功するのは誰だと思う? それは、生まれ持っての鬼才とお偉方のお気に入り。

 飛び抜けた才能を持たない者は、媚びへつらってのし上がるしかない。

 努力だけで報われるわけじゃないのよ、現実は」


 ひどく忌々しげに語る様子に、ああ、この少女もまた夢を抱いてきた一人なのだ、と思った。


「あんたがお綺麗な幻想を抱いて上京してきたのなら、早めに擦り合わせておくことね」


 それだけ言い残して顔を背け、去ろうとすると。


「待って」


 その後ろ姿をフリージアが引き止める。

 少女は、流し目だけで振り返る。その横顔は端正でありながら、どこか寂しげな表情をしていた。


「君の名前を、まだ()いてない」


 見返り顔の睫毛を瞬きながら、赤い盛装に身を包んだ少女は「ダリア」と答える。

 それを聞いたフリージアは微笑むと、ダリアに向かって(うやうや)しく手の平を差し出した。


「一曲踊っていただけませんか?」


 間を置いて、ダリアが驚きを露わにする。

 気を張ることを忘れたその表情に、年相応の子供らしさが垣間見えていた。

 しかし、それもつかの間、我に返ったダリアは突き出されたその手を振り払った。


「馴れ合うつもりはないの」


 眼光鋭く()めつける。

 フリージアははたかれた手を引っ込めると、取り澄ました顔で笑みを描いた。


「じゃあ、今度はライバルとして、舞台の上で会いましょう」


 手に持っていた花束から一本抜き取る。それから、自然な所作でダリアの髪にそれを差し込んだ。

 ダリアは一瞬気の削がれた顔をしたが、最後にひと睨みして走り去ってしまう。


 フリージアは静かに佇みながら、その後ろ姿を長い間見送っていた。



+ + +



(――なんなの、あいつ…っ)


 冷たい風が吹きつけるテラスで、ダリアはひとり頭を冷ましていた。殊の外、熱い頬に夜風が丁度よかった。

 ダリア自身、なぜ自分がこんなにも動揺しているのか、すぐにはわからなかった。

 敵意あらわな態度だというのに好意で返される。全身を針で纏っていても、怯まず真正面から近づいてくる相手に、戸惑いを隠せないでいる。

 そこまで考えてから、ダリアは途方に暮れる。面映(おもはゆ)い気持ちを持て余して、迷子になっている。


 夜空を見上げた先で白く光る星が、彼女のことを思い起こさせた。

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