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栄華の小夜曲<セレナード>  作者: 葉桜もち
1章「二輪の乙女」
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4話、出会い

 その日、ダリアは仕事上の知り合いから招待を受けていた。この手の浮ついた酒席は好ましくなかったが、出版社を束ねる相手からとなれば無下にする理由がなかった。

 だが――ダリアは忌々しげに唇を噛んだ。

 まさか、卑俗な禿鷹が紛れ込んでいようとは考え及ばなかったのだ。


「お父様の件で、お尋ねしたいのですが――」


 突然、場にそぐわぬ細身の男に声をかけられた。相手にするつもりは毛頭なかったが、事もあろうにその男は根も葉もない嫌疑を吹っかけてきたのだ。周囲の目がある場所でされては醜聞に繋がると、仕方なく場所を移したのだった。

 だが、早計だったかもしれないとダリアは思う。これでは目の前の男の思惑通りだろう。

 やに下がるその男は、記者だと名乗った。


「あのですね。きな臭い話が出てるんですよ。ダリアさんのお父上の件でね」

 まとわりつくような声質で話立てる。退路を塞ぎ、距離をつめて獲物を逃がさない。


「役人方に賄賂を渡しているだとか。それで色々融通してもらっているだとか…。

 娘であるあなたなら何か知っているでしょう?」

「そんなわけ…!」


 ついにダリアは激高した。肉親を(おとし)められて、黙っていられるはずがなかった。

 父親は寡黙ではあるが、知る限りでは不正を行うような真似などしない。理性的な性格と、道徳心を備えた人格者だった。

 幼い頃に母親を亡くし、唯一の家族である父親をダリアは誰よりも慕い尊敬していた。他人の噂話を飯の種にする下賤な記者などに、奸物(かんぶつ)の烙印を押されることは我慢ならなかった。


「まあ、そう怒らずに。ちっとぐらいは心当たりあるんでしょう?」

「――いい加減にして!」


 髪を振り乱して怒鳴りつける。感情のままに手を振り上げようとした、その時――。

 

「何をしてるんですか」


 いないはずの第三者の声がして、両者は息を呑んだ。

 声の主は、小柄な少女であった。白のドレスに身を包み、大きな目で真っ直ぐ見据えている。

 社交会の招待客だろうか。面倒な場面を見られてしまったと、ダリアは瞬時に考えを巡らす。


 しかし新たな登場人物は、その場の空気を切り裂くように、男に向かって語調を強く言い放った。


「ヘクトル社の方ですよね。今日の会場で悪評を広めたくなければ、大人しく帰ってください」


 その手には、手帳が握られていた。革の表紙に社名の焼印が入っている。

 落ちていたのでお返しします、と涼しい顔でそれを渡す。記者は狼狽を露わに荒々しく受け取った。


「無名が偉そうに」

 そう吐き捨てると、男は背を向けて足早にその場を後にした。

 階段を下りる足音が遠くなり、やがてなくなると、空間に静寂が訪れる。

 白を纏う少女が無言で戻ろうとする。そこに背後から言葉が投げかけられた。

 

「ねえ、あんた」


 髪飾りを揺らして、階段下の少女が振り向く。

 その顔は、まるで何事もなかったかのような表情をのせていた。目を丸くして、深い青の虹彩が不思議そうに見つめている。


「底辺記者なんて相手にしなければいいだけなんだから。助けてやったなんて思わないでよ」


 恩を着せられてはかなわないと、ダリアは苦々しげに眉を(ひそ)ませた。

 手の震えは悟られてはならない。誰であろうと、つけ入る隙や弱さは見せられない。醜態を晒した相手へのなけなしのプライドが、感謝を述べる邪魔をした。


 相手は返答としてひらひらと手を振っただけで、あとは風のように去っていった。



+ + +



 階段を一つ一つ下りながら、フリージアは考える。

 何か忘れているような、頭の隅に引っかかるものがあったのだ。


(――ああ、そういえば)


 ふと、この都市についた時のことを思い出す。

 街角に貼られていた、赤いドレスが印象的だったあのポスターを。

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