2話、赤のダリア
「本日は出演いただきありがとうございました。ダリアさんのおかげで本当にいい催しになりました」
皺の多い初老の男は、粛々と感謝の言葉を述べた。手を揉み、頭を垂れる。ひとしきり挨拶を終えると、男は花束を手渡して控え室を後にした。
男が帰り扉が閉まり切ると、部屋の中の空気が途端に一変する。
「あー、かったるい」
不機嫌を隠さない呟きが漏れる。少女は、荒っぽい音を立ててソファに寝転んだ。
「お行儀が悪いですよ」
受け取った花束を水につけていた老紳士が咎める。
几帳面に整えられた白髪頭に、仕立てのいいダークグレーのスーツとジャケット。齢七十ほどにして真っ直ぐに伸びた背筋。垂れた目元からは人の良さが窺えた。
老紳士は机の上にあったポットから珈琲を注ぐと、寝そべる少女へ差し出した。
「ダリアさん、珈琲はいかがですか」
"ダリア"と呼ばれた少女は、見向きもせず無言を貫く。
彼女は見るからに高慢でありながらも、どこか上等な品格を漂わせていた。赤いドレスを纏い、細く長い髪を頭の上で縛り上げていた。うねりを帯びて巻いた髪が垂れて広がっている。意志の強そうな双眸と厚い薄紅色の唇が美しい、見た目だけは可憐な名花だった。
横になったままダリアは、深く息を吐く。
今日は式典の出演依頼だった。取り立てて変わったところのない内容をいつも通りにこなし、これまたいつもどおり繰り返される挨拶と世辞を聞く。このような退屈極まりない仕事に、彼女はほとほと嫌気がさしていた。
ぬるま湯のような退屈ではなく、生きてる実感を与えてくれるような刺激が欲しい。
ダリアという人間は、いわば孤高の天才であった。裕福であり、才能に恵まれ、それでいて努力を惜しまない。
全てに富んだ彼女は、他者を寄せつけない一際高い自尊心を形成してしまっていた。独りであることに寂しさなど感じず、さらなる高みを目指している。
そんな彼女を内心で心配しているのは、傍らに控える老紳士……付き人のスターチスであった。彼は、祖父と孫ほど年齢の離れたうら若き少女に対して思う所があった。
付き人として日々彼女を見ているが、その生き方には少々危うさが見え隠れしていた。生き急ぐかの如く、芸事だけに人生を捧げている。
本来なら遊びたい盛りの年頃だというのに、恋や青春といったものとも無縁であった。
彼女は、もっと人生を謳歌してもよいのではないだろうか。老婆心は尽きない。
「先程いただいた花束は、お持ち帰りになりますか?」と、スターチスが尋ねる。
赤と白を基調とした豪奢な花束だった。高価な花々に贈った相手の富と権力が窺える。
瑞々しく咲いているそれらをダリアは一瞥だけすると、一言「いらない」と答えた。