1話、栄華の都
早春の澄みきった日差しが地に降り注ぐ。晴れ渡った空には雲ひとつとてない。
頭上高く聳え立った塔。丹色の屋根が印象的な家々。巧緻な美術品のような白い石造りの建造物。地面に広がる洒落たタイルの道。賑わう露天商と行き交う多くの人々。
それら全ての光景が色を持ってフリージアを出迎えていた。
いくつか馬車を乗り継ぎ、降り立った目的地――大都市"ポリフェムス"は、少女の胸を高鳴らせるに余りあるものだった。
初めて訪れたこの土地に、紛れもない興奮を覚えている。頬が熱をもって落ち着かない。見るもの全てに心躍らせた。
興味のままに視界を彷徨わせていると、壁に貼りつけられているポスターが目に入った。花が囲む中に赤いドレスの淑女が描かれている。版画技術で作られたそれには、どこかフリージアの心を惹きつけるものがあった。
「Dahlia's concert…」
紙面を指でなぞる。乾いたインクの感触がする。立ち止まり、しばしの間、時間を忘れて見入っていた。
フリージアは、はっと我に返る。――大切な用があって、ここに来たのではなかったか。浮かれる己に叱責する。
さて、と気を取り直して周囲を見渡す。
不慣れな街中を歩き、そして少しばかり迷ってから目当ての喫茶店を探し当てた。置物が構えるその場所にいた人物と目が合うと、向こうの方から声をかけてきた。
「フリージアさん?」
控えめに問いかけられ、「はい、そうです」と返す。
甘栗色の髪のその人は、花が咲くように笑った。手にしていた本を置いて、椅子から立ち上がる。
「あ、初めまして。お手紙ありがとうございました」
姿勢のよい立ち姿で一礼し、それから張りのある声で話を続けた。
「私、専属の付き人を勤めさせていただくローズと申します」
この笑顔が眩しい女性とは、以前から手紙で連絡を取り合っていた。親戚の伝手で小さな事務所を紹介してもらい、数度のやり取りを経て、そこへ入ることが決まった。この縁がなければ両親の許可は下りなかっただろう。
出会った第一印象として、溌剌として愛嬌がある人だと思った。働く大人の佇まいでありながら、親しみやすい子供のような表情もする。
「とりあえず、契約書のこともあるので、事務所の方に案内させていただきます」
話を聞けば、そこは入り込んだ場所にあるので、待ち合わせ場所は比較的目につきやすい店にしたのだという。
ローズは移動の間を持たすため、歩きながらポリフェムスについても教えてくれた。
「知っての通り、この都市は経済や文化の中心です。会社や劇団が集まってる他に、政治の中心地でもあるんです。
"栄華の都"なんて謳われている。そんなポリフェムスだから、芸能も盛んで熾烈な競争が行われてますね」
フリージアは話に聞き入って、細かに相槌を打つ。
その様子を見て、ローズは年の差のある少女に慈愛の微笑を向けた。
「これから大変だと思いますけど、とにかくやれるだけ頑張りましょう。私も微力ながらサポートします」
茶目っ気のある仕草を交えて鼓舞される。
郷里から遠く離れた地で共に歩んで支えてくれる人がいる。それは少女にとって、とても心強いことだった。
「まあ、とりあえずは…」
二人は、一つの建物の前で足を止めた。
「ポリフェムスにようこそ。フリージアさん」