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逆さま流星群  作者: さな
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つぎはぎ

黒ローブは市街地から少し外れ、地上に降り立つ。シモンも遅れて、地に足をつけて気づく。いつしかこじんまりとした民家が見えていた。その民家はリコの待つシモンの家だった。

黒ローブが、その民家の扉を叩く。自分の家になんの用があるのだと、シモンの頭は疑問で埋め尽くされ、彼はかつてないほど焦っていた。

あんな剛力でなにかされたらリコはひとたまりもない。


「そこから離れろ!!」


シモンは叫んだ。走っていては間に合わないので、剣を投擲する。黒ローブは飛び退き、剣は女の足下に突き刺さった。その瞬間に扉が開く。リコが扉を開けたのだ。


「出てくるな!」


必死の叫びも空しく、リコはこてんと首をかしげるだけだ。ああ、かわいいと、不覚にもシモンはこんな状況だというのにそう思ってしまった。


ようやく家に辿り着いたシモンはリコを背に庇い、黒ローブを見据える。黒ローブは相変わらずなにかを気にしているようで、シモンなど眼中にない様子だ。

地面に突き刺さった剣を抜き、女の様子を窺うシモンだったが、ふと妙な音を拾う。獣の唸り声だろうか。

市街地に近いこの場所に野生の獣は滅多に来ない。だというのに、先ほどよりもはっきりといくつもの獣の声が響き渡る。

現れた十数匹の獣は、見たこともない姿形をしていた。

ある獣は熊の胴に蛇の尾をもち、またある獣は鹿の角に狐の胴、ほかにも人面の鳥や鱗とえらのついた人もどきなどなど、通常では考えられないおぞましい姿の獣が現れたのだ。そしておそらくこの獣たちはキメラなのだろう。


「やはり[始まりの書]はここにあるのね。」


黒ローブの女がキメラを見て、そう言った。[始まりの書]、シモンが最近よく聞く言葉だ。

詳しく女に問いつめたいところだが、今はキメラの対処が先だろう。キメラはまっすぐこちらを見ている。正確にはシモンの後ろにいるリコを狙っているようだった。


先に動いたのは、キメラでもなくシモンでもなく黒ローブだ。どこに隠し持っていたのか身の丈ほどの長さがある大鎌を振り回し、キメラにつっこんでいく。


そして軽々と一閃。人面鳥のキメラの首が、飛んだ。

それを皮切りにキメラたちが一斉に襲いかかってくる。


「リコ!中にいろ!!」


シモンは家の中にリコを押しやり、キメラに応戦する。

黒ローブもキメラと戦っているようだった。

キメラは力が強く、常人離れした力を持つシモンでも押し負けるほどだ。しかし、あまり賢くはないようで連携がとれていない。どうにか一体、また一体と仕留めることができた。

キメラの魂の色はちぐはぐだ。いろんな色のつぎはぎで、ひどく汚い。でもつぎはぎの灯火も斬れば、空へと帰っていく。


無心でキメラを狩っていると、パリンと何かが割れる音がした。

見れば、家の窓が割られている。吹雪に備えてかなり補強してあったはずのそれが、無惨に壊されていた。


「リコ!」


扉を開けるとすぐそこにリコがいた。彼女はシモンに背を向けて、侵入者を見ていた。

侵入者は若い女だった。黒ローブとはまた別の女だ。金髪碧眼で嫋やかな美貌のその女の胸には、キメラと何ら変わらないつぎはぎ色の灯火がともっていた。


「キメラか。」


シモンの声に女は応える。


「いいえ。わたくしは、リコ様に御用があるのです。」


言外にシモンは邪魔だと言う女が、リコに近づいていく。シモンは反射的にリコを抱き寄せた。


「リコ様、あれ・・はどこですか?あなた様がお持ちでしょう?」


リコは何も答えない。ただただ女を見つめているだけだ。女と知り合いでもないようで、どちらかといえばリコは[始まりの書]の守護者関連でこの女に付け狙われている…といったところか。シモンはそう推察し、鋭く問いただす。


「あのキメラはおまえの仕業か?」


問いには答えず女は慎ましやかに微笑んだ。


「私はお返しいただきたいのです。リコ様、あなた様がお持ちでしょう?」


そして再度リコに質問する。リコは何も答えない。


「暴力は野蛮ですから振るいたくはないのですが、仕方がありません。実力行使で返していただきます。」


女がこっちに向かってくる。シモンはリコを小脇に抱えて家から離れた。


女は無造作に家の扉をむしり取り、投擲する。予想外の攻撃にシモンは横っ飛びで地面に転がりどうにか避けた。


「んー?あれも同類かしら?」


シモンのすぐ傍で黒ローブが言う。キメラはどうしたのかと辺りを見渡せば、至る所に死体が転がっているだけだった。つぎはぎの女の相手をしている間に片付けたようだ。


「んん?よく見えない。もういいわ。」


矯めつ眇めつつぎはぎ女を観察していたが、フードが邪魔になったのか、黒ローブがフードから顔を出した。黒ローブはきつそうな顔立ちの妙齢の美女だった。特徴的なことに右目に黒い眼帯をつけているのだが、黒ローブは煩わしそうにその眼帯をとった。

その右目は真っ赤に染まっていた。シモンの右目と同じような、リコの両目と同じような、鮮血の如き赤だった。


「同類のようね。しかもあれとならお話ができそうだわ。」


嬉々として鎌を構え、黒ローブは女に向かっていく。軽々と大鎌を振り回し、つぎはぎ女はそれをうまく交わしては、反撃しており、双方の実力は拮抗しているようだった。

なにがどうなっているのだろうか、とシモンはひとまずこちらに飛び火してくる前に状況を整理する。


シモンは黒ローブを追っていた。そこでたどりついたのは自分の家でキメラがリコを狙っている。話ができるつぎはぎ女もはっきりとリコに用があると言った。なにやらリコが持っているものを返して欲しいらしい。


「リコ、あっちの女が言っていた返してほしいものってなんなんだ?」


とりあえず返すもの返したらこの場は収まるんじゃないかという結論に至り、シモンはリコに尋ねた。ついでにいえば二人とも消耗したところに奇襲し、漁夫の利を得るという手段もあるわけだが…。それはリコの返答によって決めようとシモンは考えた。


リコはこてんと首を傾げてみせた。かわいいなぁ、とシモンは状況も忘れて、リコの頭を撫でて思わず和む。


「なにやってんの…。」


そんな時に呆れた声が聞こえた。


「つーか、この状況何!?なんでこんな訳がわかんねぇ状況でよしよししてるんだ!?」


エリオがシモンに食って掛かる。


「リコがかわいい。」


真面目に答えるシモンに無表情でされるがままのリコ。緊迫感の欠片もない二人にエリオははぁー、と大きなため息をついた。


「とりあえず状況報告してくれよ。」


「大鎌振り回している女を追ってたら、自分の家に辿り着いた。家はキメラに取り囲まれていて、もうひとりの女がキメラを統率しているみたいだ。」


シモンとエリオの視線の先では、人外同士の激しい戦いが繰り広げられている。


「……決着がつくまで待つか。」


エリオはあまりの激しさに介入できないと悟った。








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