オークション
-----リコを拾って早一ヶ月。
リコは大人しかった。それはもう黙って撫でさせてくれるくらいに、大人しかった。
今日も日雇いの仕事を終わらせ家に帰ると、リコが出迎えてくれる。シモンは遠慮なくわしゃわしゃして、癒させてもらう。
「おーい、なんかおまえ、犬飼ったの?みたいな感じになってるぞー。」
シモンの家に訪れていたらしいエリオが呆れた声で言った。
「リコに癒されずしてなんとする。」
真面目に返すシモンにエリオの顔が引きつる。
「おまえそんなキャラだったか!?……って、おい!無視すんな!」
エリオを放置して、シモンは癒しタイムだ。リコは無表情でされるがままである。
しばらくすると満足したので、リコのブラッシングをしようとソファの上に抱き上げた。
「エリオ、何故おまえがここに?」
「ようやく戻ってきたか。しばらく見ないうちに立派な飼い主になってるな…。まぁ、問題なくやっていけてるようで安心したが…。」
仮面を外し、専用のブラシでリコの髪を梳るその様に、死神と恐れられる傭兵の面影は全くない。
若干遠い目になりながら、エリオが続ける。
「おまえに国からの仕事の依頼がきてる。」
ピクリとシモンが反応した。
「内容は?」
「女王陛下より勅命だ。陛下は腐敗貴族の排除に力を借りたいと、ついては奴隷オークションの壊滅と首謀者の拘束を望んでおられる。」
「貴族が相手か。」
面倒なことになりそうだが、勅命とあらば、シモンは請け負うしかない。
「ひと月前に山賊を討伐したことがあっただろ?その山賊に連れ去られた人々は、やはりというか、貴族に売りさばかれていたらしい。その貴族が山賊から仕入れた人々を商品として、奴隷にしているそうだ。前々から怪しいオークションを開いていたらしく、ついには奴隷にも手を出したことが判明した。さすがにここまで行くと陛下も無視できない。それでどの貴族にもついていないおまえに依頼がきたんだ。」
王国騎士のほとんどは貴族の子弟だ。平民出身は国防に追いやられる。貴族では情報が漏れかねないため、傭兵でありながらも信頼できるシモンに仕事が回ってきたのだ。
「その貴族の名は?」
「ジーメンス伯爵家当主、バルテル・ジーメンスだ。オークションに潜入する手はずはこちらで準備しているから、その際におまえは決定的な証拠を集めてくれ。決行日は10日後になる予定だ。」
「了解した。」
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来るオークション潜入日、シモンは困惑していた。
というのも大人しかったリコが服の裾を握って離れないのだ。
「リコ、俺は仕事にいくんだ。」
「いく。」
断固とした声音にやや怯んだが、シモンは強引に引き剥がさなければと心を鬼にする。
人身売買を行うような輩が開催するオークションに彼女を連れて行けるはずがないのだ。
「おーい、シモン。…ってなにしてんだ?」
そんなところにエリオがやってくる。
「リコがはなれない。」
両手でシモンの服をがっしり掴んだリコを見遣って、彼は笑った。
「すげぇ、なついてんな。もうそれ、さんぽに連れてってほしい子犬じゃん。」
「笑ってないでどうにかしてくれ。」
「連れてってもよくないか?山賊に捕まっていても平気な顔してたんだし…。なぁ、リコ。荒事には慣れてるだろ?」
「勿論。」
仕事に連れて行く許可をだすエリオに即答するリコ。どうやらシモンの味方はいないようだ。
しかし、何としてでもシモンは反対しなければならない。
いくら慣れてると言っても、ただの少女を血なまぐさい仕事につきあわすべきではないのだから。
「おい!エリオ!リコは、」
「おいおい死神ともあろう者が少女一人守れないのか?」
だが、反論は封じられた。しかもリコはちゃっかりエリオの服を掴んで、ついていく気満々だ。
なんだか飼ってる子犬に裏切られた気分だった。飼い主よりも適当に餌くれる他人の方がいいのか、そう問いつめたい衝動に駆られた。
そんなシモンの複雑な心情を余所に、エリオとリコはオークション会場へと出発する。
人身売買が行われているというオークションは、いかにもな怪しい雰囲気な会場ではなく、上品で貴族的な装飾が成された歌劇場で行われるらしい。
昼間に歌劇が行われたそこは、仮面をつけた紳士淑女で埋め尽くされていた。
途中から乗った馬車で、3人は貴族の従者風の服に着替えている。リコの分は服屋によって用意した。小さなメイドの衣装はリコが着るとどこか違和感があったが……。
個室の観客席で、今回の潜入に協力してくれた貴族と落ち合う。その貴族の名は、レナート・ヘルナー伯爵だ。シモンたちはヘルナー伯爵の使用人として、この会場に入ることができたのだ。
レナート・ヘルナーは、錬金術師としても有名で、珍かな素材を欲しているとして、このオークションに参加にこぎつけたらしい。ちなみに彼は、エリオの友人なのだという。
一介の騎士であるはずのエリオの顔の広さには、驚くしかない。どうやったら伯爵家の当主と知り合いになれるのか、シモンは甚だ疑問に思う。
「君が、あの[死神]か。」
顔をつきあわせて、開口一番にレナートが言った。個室は人払いしているため、話を聞かれる事がないのが安心だ。
「傭兵のシモンです。」
貴族のマナーなんて知らないシモンは、とりあえず短く名乗る。
「私はヘルナー伯爵家の当主、レナートだ。このようなオークションに二度も行く気はないから、好き勝手やってくれても構わない。どうせ事が明るみに出れば、参加者にも何らかの懲罰が課せられるのだろう?」
彼は貴族の特権意識が低いらしい。シモンの態度を咎める事はない。それに肝も据わっているようだ。死神を前にして萎縮するところもない。
「女王陛下は、この件を機に貴族の粛正も行うようだから、当然ここの貴族どもが逃れられる事はないだろ。ってなわけで、このオークション参加名簿みたいなものがあったら回収してきてくれよ。俺はいくら仮面で顔を隠しているとはいえどこの貴族かは判断がつく。大物はこっちで参加の証拠を掴んでくる。」
これからエリオとは別行動だ。シモンはここの主催者であるバルテル・ジーメンスの人身売買の証拠を掴むのが仕事だ。
そこでシモンははたと気づいた。
「リコは!?」
「ん?さっきまでいなかったか?」
シモンの服を掴んでついてきていたはずのリコの姿がいつのまにか見えない。
「リコというのは、小さな赤毛のメイドの事か?」
レナートの問いに激しくシモンは肯定する。
「彼女はここの案内役ではなかったのか?部屋に入らず、どこかに行ったようだが…。」
こんなところでリコが迷子になるなんて…と、シモンは顔面蒼白だ。今更ながらにリコを連れてきた事を後悔した。そして、自身の過信を悔やむ。リコ一人守れていないではないかと、シモンは己を責めた。
「とりあえず俺はリコを探してくる。」
「おう。あと30分でオークションが始まる。そのときにもう一度ここに戻ってこい。俺の方でもリコを探しておく。だが、俺は仕事優先だ。おまえはリコ優先でもいいが、仕事もしろ。」
シモンとエリオは慌ただしく個室を後にしたのだった。