自死
エリオ・オランジュが率いている騎士団の数は、およそ100人程だ。対するこちらの数は、修道士20弱と死神が二人。
仮面をつけたシモンは先頭に立ち、剣を抜いた。ただそれだけで騎士たちの士気は下がる。なんせ彼らは幾度もシモンの虐殺を見てきたのだから。
「シモン、何故おまえがそちらにつく?俺たちはいつだってこの国を守ってきたじゃねぇか。」
白々しくもエリオが訴えてくる。
「国を守るために、おまえを排除する。」
女王が最後にこの国を救えと頼んだのは、シモンだ。だからシモンは、悪魔を討伐し、この国に降り掛かる災いを振り払う。
「我々、正教会はこの地に巣くう悪魔の討伐に参りました。そちらにいらっしゃるエリオ・オランジュは、悪魔にございます。どうか、信仰厚き者よ、真なる目でその者を見定めてください。我らが神は、その者を悪と断じておられます。」
ダグラスが騎士たちに呼びかけた。騎士たちは戸惑い、エリオに判断を扇ぐ。
「所詮、奴等はよそ者だ。極寒の地で苦しむ俺たちに一度でも神は救いの手を差し伸べたか?この地を守るのは、俺たちだ。女王を殺した奴等に耳を傾けるな。奴等をこの国から追い出すぞ!!」
騎士たちはエリオに鼓舞され、閧の声をあげた。
いくら正教会といえど、騎士たちに言葉を響かせることはできない。エリオのいい分は最もだ。今更、よそ者がやってきたところで、誰が彼らを信じようか。
「出鼻を挫くわよ。」
ラミアが真っ先に騎士たちの中に突っ込んでいく。そして軽々と大鎌を一閃し、容赦なく首を刈り取っていった。シモンもまたそれに続く、彼らに罪はないが、今は手加減なんてできない。シモンの姿に狼狽える騎士を斬り捨てていく。
「----ひっ!バケモノだ…!」
騎士の一人が、悲鳴をあげた。それは他の騎士にも伝播していく。浮き足だつ騎士に対して、修道士たちは冷静だった。それぞれ手傷を負ってるのにも関わらず、連携をとって騎士を着実に討ち取る。
しかし、頭数は騎士たちのほうが圧倒的に多い。ラミアとシモンが注意を惹き、なんとか互角に持ち込んでいる状態だった。
戦闘中、シモンは家の中に、どす黒い魂の持ち主が入っていくのを確認した。ユリエルは彼女の餌になりやすいので作戦通りなのだが、リコが心配でならなかった。
「よそ見とは余裕だな。」
死角より斬撃がくる。シモンはそれを受け止めて、弾き飛ばそうとした。だが、その剣は重く、容易には押し返せない。
「エリオ。」
シモンの怪力をエリオは涼しい顔で受け止めている。やはり悪魔らしく人ではありえない力を兼ね備えているようだ。しかし、今エリオに拘っている場合ではない。修道士たちに騎士が群がらないよう、注意を引かなければならないのだ。数で囲まれたら、修道士たちに勝ち目はない。
「死神!そいつをさっさとやれ!!頭をたたけばコイツらは退くだろ!」
祓魔師の少年が叫んだ。彼は連携から飛び出し、素早い動きで騎士を翻弄している。
シモンは彼の言葉に従い、エリオを見据えた。
「おまえと遣り合うのは、初めてだったな。」
エリオを無視して、シモンは何度か剣を打ち込む。しかしそれはすべて捌かれてしまう。シモンは足もとの雪を蹴り上げ、目を潰し、斬りかかった。
「やっぱおまえって傭兵だよな。足癖悪ぃし。太刀筋も型はあるもののほとんど我流だろ。」
エリオは後ろの飛び退くことでそれを避ける。
「そうそう一つわからねぇことがあるんだ。おまえはどこ出身なんだ?所作だけはお貴族様に引けをとらねぇほど綺麗なんだよな。」
そんなこと、シモンは知らない。気づいたら剣を片手に、傭兵としてシモンは戦っていた。幼少期の記憶などなかった。
知っているのは己の技量と名前だけ。12歳で傭兵になる前のことは、何もおぼえていない。
エリオは話しながらも、鋭く剣を打ち込んでくる。シモンはそれを捌くのが手一杯で、攻撃になかなか移れない。
「そういや、あの子犬もどっかのお姫様のような所作だし、肌も綺麗だよな。女王よりよっぽど綺麗だったけど、残念だ。リゾルテにかかればあのきめ細かい肌も病でぼろぼろにされちまうからな。」
「黙れ!!」
剣を紙一重で避け、シモンは強烈な一撃を放った。
「あっぶねー。」
しかし、エリオはそれを素手で掴んでいる。押しても引いても剣はびくともしなかった。エリオが片方の手で剣を薙ぐ。
シモンは咄嗟に剣を手放して、上体を反った。その上を剣が通過していく。通過後、手を地面につき、起き上がる勢いで蹴りを放つ。
「ぐっ!」
それはエリオの顎下に綺麗に入った。衝撃でシモンの手を取り落とす。それを拾い、シモンは畳み掛ける。
しかし、げほげほと咳き込むエリオは、すばやく距離をとった。
「さすがは死神。近接では俺に勝ち目はないな。」
エリオがそう言った瞬間、彼の目の前に古びた本が現れる。第75番目の[始まりの書]だった。そこに納められているのは、あらゆるものを繋ぐ魔法だ。およそ戦闘中に使えるとは思えない。
「繋げ。」
ひとりでに[始まりの書]の頁が繰られていく。本から眩い閃光が放たれる。それは、シモンとエリオの胸を貫いた。
「……何をした。」
シモンが問うた。閃光はすぐになくなっている。特別痛みなどはないものの、エリオが意味のない行動を取るはずがない。
「俺とおまえの命を繋げたんだよ。俺が死ねばおまえも死ぬし、逆におまえが死ねば俺も死ぬ。」
「そんなことが可能だと…?」
使っている魔法は同じなのに、レナート・ヘルナーや女王とは全く違う効果だった。レナート・ヘルナーは、生者死者に関わらず、肉体を繋げることができた。女王は、この国に民を繋ぎ止めることができた。
エリオは徐に剣を自らの右腕に滑らせた。彼の腕がぱっくりと裂ける。その瞬間、シモンの右腕に痛みが走った。見れば、エリオと全く同じところに、同じように傷ができていたのだ。
「ついでに痛覚も繋がってるんだ。これでわかっただろ。さぁ、おまえに俺が殺せるか?」
「そんなことをすればおまえだって、俺を殺せないだろう。」
「この魔法は使用者の意思で、効果を消せる。俺はおまえを殺せなくたって構わねぇからな。ただしばらくの間、大人しくしてくれればいいんだ。」
周囲を見渡せば、修道士たちが騎士に徐々に囲まれそうになっている。ラミアはそれ以上の騎士に囲まれていて、身動きが取れない状態だ。さらに祓魔師の少年はもう体力が底をついている。
はやくエリオを討ち取らねば、この戦いは終わらない。ここでエリオを逃せば、またどこかで災いを振りまくだろう。[始まりの書]とて、この悪魔の手に渡ったままになる。
----自己犠牲。
シモンの脳裏にその言葉が、過った。自分が死んだって、誰も感謝こそすれ、悲しみはしないだろう。リコはシモンと少しは離れがたく思っては、くれていたのだろうか。
これ以上深く考えると、判断が鈍りそうだった。だからシモンは剣を自らの心臓に向ける。
----もし叶うのなら、もっとリコと暮らしていたかった。
紅い髪の少女を思いながら、シモンはその剣を胸に突き立てた。




