祓魔師
日暮れ時、荒々しく家の扉が開けられた。
「ユリエル様!!」
慌てた様子で入ってきたのは、ダグラスだ。外にはまだ人の気配がする。そして微かに血の匂いが漂ってくる。
「何事だ?」
「応援に来た修道士及び、祓魔師が悪魔リゾルテと衝突し、敗走しました。今、逃げ延びた修道士を連れてきています。」
ユリエルはリコに赤ん坊を手渡して、すぐに外に出た。シモンとラミアもそれに続く。
外では十数人の修道士たちが、座り込んでいた。その中には重傷を負った者がいるようで、手当に奔走している。
シモンは家に入り手当ての道具を取りに戻った。
「シモン殿、水を借ります!」
ダグラスが水瓶から水を持ち出す。シモンは頷くと、清潔な敷布も用意して戻った。
「動かせるのなら、部屋に入れ。」
重傷者に手当てする修道士に声をかける。
「すみません、恩にきります。」
すぐに敷布を使って、修道士たちは慎重に重傷者たちを運び入れ始めた。
近くでユリエルがけが人に水を飲ませている。
「くそ、てめぇは手ぇだすなよっ!あの悪魔は俺の獲物だ!!」
水を飲み干すなり、その修道士は叫んだ。けっこうな傷を負っているように見えるのだが、大丈夫だろうか。
「こちらの被害を報告しろ。」
しかしユリエルは完全に黙殺し、問うた。
「半数が悪魔に殺された。祓魔師は俺しか残っていない。奇襲だった。死神王の化身を見て、王城付近に駆けつけたところを襲われた。一般の騎士が悪魔に混ざっていたがこの国はどうなっている?」
「とにかくこちらに来いと、鳩を飛ばしたはずだが?」
「………。」
視線をそらし黙り込む祓魔師を見て、ユリエルは嘆息する。
「命令無視のあげく、この様か。----シモン、こいつを中に運べ。」
シモンはその祓魔師に近づいた。祓魔師はまだ15歳くらいの少年で、胡乱気にシモンに視線を寄越す。
「立てるか?」
「アンタ、その目は死神か…?」
その祓魔師は、シモンの赤い右目を見て尋ねる。シモンはあまり自覚はないが、頷いておいた。
そして、彼の腕を肩にまわし立たそうとするが、彼は脇腹に手をあてて顔を顰める。
先に手をどかせて傷を確認すると、鋭利な刃物でえぐられたような傷があった。幸いあまり血はでていないので、命に別状はないだろう。
「な!?」
仕方なく、シモンは祓魔師を横抱きで、持ち上げる。
「おい、アンタ!何しやがる!」
随分と威勢のいい祓魔師だ。シモンは暖炉の部屋に彼を送り届けると、簡単な処置を施してやる。シモンは応急手当くらいなら傭兵時代からやっているので慣れていた。
「なんで、死神があんなヤツに従っているわけ?」
手当を受けながら、祓魔師がシモンに尋ねた。シモンは従っているつもりはないのだが、そう見えるのだろうかと考える。
「従っているつもりはないが…リコがユリエルと知り合いだから共に行動している。」
「え、リコ様がここにいんの?」
祓魔師が虚をつかれた顔になる。暖炉の前で赤ん坊をバスケットにいれているリコを指さしてやれば、ますます祓魔師の顔が驚愕に彩られた。
「あれが、リコ様。いけすかないユリエルを振り回す紅い少女……。」
正教会内のリコの立ち位置が少し分かった気がする。シモンと祓魔師の二人の視線に気づいて、こてんとリコが首を傾げる。
「「かわいい…。」」
二人の声がハモった。
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しばらくして、修道士たちの手当が一段落ついた。
こじんまりした家なので、暖炉の部屋はぎゅうぎゅう詰めだった。重傷者にはシモンの寝室を使わせているし、どうにか動ける者、10人ほどが暖炉の部屋に集まっている。
そこに外に出ていたリコとユリエルが戻ってきた。
「騎士がやってくる。どうやら正教会に女王が殺されたことになっている。率いてくるのはエリオ・オランジュだ。近くにリゾルテもいるようだが、それは私とリコで足止めする。」
「----リコに悪魔の相手をさせるのか!?」
シモンは思わず声を荒げてしまう。いくら一桁台の[始まりの書]を持っているからといって、それはあまりにも無茶な気がした。だが、あの死神王の化身とやらを喚びだせるリコが戦力として数えられるのは、仕方がないことだとシモンはは理解はしている。それでも、リコが危険な目に合うと考えただけで、シモンの胸がぎりぎりと締め付けられるのだ
くいっとリコがシモンの服の裾をひっぱる。
「シモン。」
名を呼ぶリコにシモンは膝をついて目線を合わせた。
「大丈夫。」
するとリコはよくシモンがするようにシモンの頭を撫でる。
「シモンは、エリオ倒す……大丈夫?」
たどたどしくリコは問うた。いつも首を傾げてまともに話そうとしなかったのに、今に限ってリコはちゃんとシモンの心情を慮る。
「ああ、大丈夫だ。大丈夫、俺はエリオを倒せるよ。」
エリオは友人だと思っていた。けれど、彼は悪魔でシモンの魂を狙っていた。それだけではない、この国に災いを振りまく元凶は、エリオなのだ。
裏切られたという気持ちはない。ただそうだったのかと、ひどく納得していた。誰もが恐れる傭兵”死神”に近づく者なんて、いなかったから-----
「いちゃつくのは後にしてちょうだい。いくわよ、シモン。」
ラミアが軽傷の修道士たちを引き連れて、外に出て行く。
シモンは一度、リコをぎゅっと抱きしめてから、それに続いた。
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疫病の悪魔---古来より存在し、四方八方に病を振りまく。その病につける薬はなく。病より助かる方法はひとつ、悪魔に魂を売り渡すか、悪魔を討伐するしかない。
正教会では、この悪魔を何度か撃退することに成功しているが、未だ討伐した例はなし。
かの悪魔は用心深く、死神王の化身を見た今、そう簡単には姿を現さないだろう。
ユリエルはリコを見て、嘆息する。これほどリコが人に配慮を見せたのは、初めてだ。
「シモンをどうする気だ。」
「シモンの思うままに。」
ユリエルが問えば、リコが即答した。彼女はいつだってそうだ。ふらりと現れて、その願いを聞き届ける。
その願いの善悪など考えず、誰にも縛られず、彼女は自由に力を振るう。
そして、ユリエルがいつも後始末に駆けずり回るのだ。それを嫌と思わない自身にも非があるとは、思っているのだが、ユリエルはそれ以上に、彼女の手足となることに歓びを見いだしている。我ながら難儀な性癖を持っているものだと、自嘲する。
【ユリエル、疫病の悪魔を逃すな。】
古代語で、リコは命じた。彼女に目をつけられては、誰も生きていられない。なぜなら、彼女は-----




