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逆さま流星群  作者: さな
2/22

子犬

貧民街にほど近いところにシモンの家はある。こぢんまりとした古い借家だが、シモンは気に入っていた。

リコを家にあがらせ、お茶を出したところまではよかったのだが、そのままテーブルをはさんで対峙している。

ずずずと、茶を啜る音だけが、静かな家に響いた。


子供に話しかければ泣かれることしかなかったシモンである。少女にどう声をかけていいのかさっぱり分からない。その上、この家に自分以外の人をあげるのは、エリオ以外だと初めてだった。さっきから緊張しっぱなしで、死神ともあろうものが情けないの一言につきた。


そんなシモンに対して、リコは自然体だった。

ずずーとお茶を啜って、一息ついている。会話がないことを気にするそぶりすらない。自由だ。


そのまま時間だけが過ぎていく。お茶はとっくになくなり、両者とも相手を観察するしかない。

少女があまりにも微動だにせずこちらを見つめてくるので、シモンとしてもそれに応じなければならない気になってしまった。


そんなこんなで夕暮れ時がやってくる。空腹を感じたシモンは家に食べれるものがないのを思い出し、市に買い出しに行くことにする。

リコがこちらをじっと見てくるのにはだいぶ慣れた。もうこの子の視線は気にしないようにする。


「…リコ、俺は少し買い物に行ってくる。」


シモンが立ち上がると、リコも立ち上がって、服の裾を握ってきた。どうやら離れたくないらしい。

見上げてくる紅い双眸が、連れて行けと訴えてくる。シモンに抗う術などない。子犬に懐かれた気分である。

ついでといってはなんだが、おそるおそる頭を撫でてみた。リコは何も反応しない。

撫で心地がよかったので、ひとしきり撫でた後、家を出た。あまり外したくはないが、仮面を家に置いていく。

死神の姿では人が怯えて買い物も不自由なのである。

仮面を外せば誰もシモンが死神だとは気づかない。素顔を知っているのは、エリオぐらいのものだ。


シモンの片眼は、とある事件以来、色彩が変化した。左目が琥珀色なのにも関わらず、右目だけがリコのような真っ赤な瞳なのだ。

色彩が揃っていない眼は、落ち着かない気分にさせるらしく、不吉だと迫害されたこともある。

もっともそれはシモンにとっては、些細な問題であった。


その紅い右目になって以来、身体能力が信じられないほど発達したのだ。さらには妙なものをその瞳に映し出すようになった。

それは人の生命、もしくは魂と言われるものではないかとシモンは当たりをつけている。ひとりにひとつ胸元にぼうっとした灯火が見えるのだ。灯火はひとりひとり色が違っていて、絶命すれば体から出て行く代物だ。

気味が悪くて、普段は見ないようにしているが、ふとこの不思議な少女は何色だろうかと気になった。こっそり右目で覗き見れば、真っ赤な双眸と眼があう。まるで覗き込んだことを咎めるようだった。

気のせいかもしれないが、シモンはすぐに視線を外す。すると、リコは、シモンの手を握ってきた。

ぎくりとしたが、人ごみも多いことだししっかりと彼女の手を握り返す。


「あ、シモン!」


市に辿り着くと、エリオに声をかけられた。


「どうしたんだ?」


「手続きしてきぜ。すっげぇ驚かれたけど、そんでもって生贄にしてしまうのか…!って、俺がなじられたんだけど?」


「……そうか。」


生贄って…、自身がそこまでバケモノ扱いされてるとは思わず、ショックをうける。

それをリコが不思議そうに見ていた。


「そんで詰所で変な噂を聞いたんだ。今、おまえが倒してきた盗賊の後始末を他の騎士が受け持ってんだけど、そこに囚われていたのが、この子一人じゃ計算が合わないらしい。」


どうやらあの盗賊は女子供だけは殺さず連れ帰っていたらしいのだ。しかし盗賊のねぐらには、リコ以外誰もいなかった。


「俺が来るまでにどこかに売り飛ばしたということか。」


シモンがそう問えば、エリオは重重しく頷いた。


「詳しく調査したところ、貴族との繋がりなんかが出てきて、てんやわんやだ。そんでもってその貴族はどうやらオークションを開催しているらしい。」


ここまで言われれば、シモンにも察しがつく。その貴族は盗賊経由で商品を仕入れ、それをオークションで売りさばいているのだろう。

この国は人身売買を禁止している。歴とした犯罪行為だ。


「それで?何故俺に情報を漏らす。」


「もっちろん、手伝わせるためさ!」


いい笑顔で言われた。とりあえずイラッときたので殴っておく。


「断る。俺にはリコがいるんだ。しばらくは二人で過ごして様子を見る。リコがどこから攫われてきたのかわからないのか?」


盗賊に囚われていたリコの心労ははかりしれない。目立った外傷はないようで暴行の跡がないのは確認しているが、こんな小さな少女が心の傷を負っていないはずがない。


「全然わっかんねぇんだよ。この子ホントどこから連れてこられたんだろうな?あるいは孤児か、貧民街の子か。そこからだと誰が消えても誰も気にしねぇからな。」


困ったもんだとエリオは頭をかいた。この国は極寒の土地だ。作物が育たず、ほぼ1年を通して降り続ける雪によって、貿易の道が閉ざされる。極貧の国だ。さらには数年ごとに疫病が発生するとまできた。

誰もが己の食い扶持を得るのに必死で、他のものに気を配る余裕などない。

裕福なのは王族と貴族だけだが、彼らの方こそ利己的で民は搾取されて当然だと信じて疑わない。


そんな国であるから、貧民街の子供が何人凍死していようが、餓死していようが、誘拐されていようが、誰も気にしないのだ。


この国には死が溢れかえっていた。

いつも誰かの魂が宙を彷徨っている。

まるで本当の死神がこの国には取り憑いているようだ。


シモンは流れの傭兵である。だからこそ国の色がよく見えた。そろそろこの国も潮時だろう。

知らぬ間にエリオが屈んで、リコに素性を問うている。


「なぁ、どこからきたんだ?なんか国でも街でもいいから知っている名前言ってみな?」


ニコニコとエリオが優しく話しかけた。リコは相変わらずの無表情で答える。


「空。」


そういってリコは空を指さす。


「「………。」」


どう反応していいのかわからない…!空って何?


「ああ、えっと、なんかゴメン…。」


何故謝られたのかと言うように、リコはきょとんと首を傾げる。

咳払いをひとつして、気を取り直しエリオはまた問いかけた。


「えぇと住んでた街は?」


「知らない。」


おおう、即答か。シモンとエリオは困ったように顔を見合わせた。


「んー、やっぱりこの子を探している奴を見つけるまで、おまえが面倒見るしかないよなぁ。」


「傭兵の俺だと最後まで責任もてないぞ。」


なんでやっぱりなのかシモンには理解できない。戦の功績によりこの国では厚遇されているとはいえ、基本根無し草の傭兵だ。


「だって、ここらの孤児院にこの子を放り込んでみろよ。自然淘汰必至だぜ?あそこの生存競争は激しいからな。」


たしかに孤児院の環境は劣悪だが、シモンに預ける意外にも選択肢はあるはずだ。

そう言おうとしたが、服の裾をぎゅっと掴まれてしまう。


リコが服を掴んでじいっとこちらを見上げてきたのだ。その様、捨てられた子犬のよう。


「くっ…!」


シモンはなす術無く、胸を打ち抜かれた。衝動的にぎゅっと抱きしめてみても嫌がられない。

この前シモンが木から下りられなくなった野良猫を無理矢理抱いた時は、失神されたというのに…。


「なんか子犬みたいだな、この子。おまえが拾ったんだし最後までちゃんと世話してやれよ。」


「…言われるまでもない。」


「そ、そうか。変わり身早えーな。じゃ、丸く収まったことだし俺はそろそろ行くわ。」


巡回の途中だったエリオが若干シモンに引きながら、人ごみに消えていく。

この後、シモンとリコは、何事もなく買い物を済まし、帰路についた。






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