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逆さま流星群  作者: さな
18/22

愛国心

まるで悪夢のような光景だったと、誰もが口を揃えて言うだろう。そしてこう続けるのだ。この国に死神がやってきたのだと----



女王の肉塊の傍に、ひとつの本が落ちていた。その古びた分厚い本は、リコが持っていたものとよく似ている。


「第75番目の書か。」


ユリエルがそうつぶやいて、回収しようと一歩踏み出したが、それは別の者に拾われた。


「あらぁ、穢れなき無垢な魂を追っていたら、こんなものを拾ってしまったわぁ。これが欲しかったら、わたしと契約でもいかが?」


褐色の肌をした妙齢の美女が、目の向けどころに困る衣装を纏って、立っていた。ただし、その美女の魂は闇の如き黒色だった。


「悪魔だ。」


シモンが警告を促す。


「あれほどあからさまなら、魂が見えずとも見当がつく。」


実に嫌そうな顔で、ユリエルは答えた。


「あーらら、俺の魂が跡形もなくなくなってるじゃねぇの。」


ひょっこりと騎士たちの間から、エリオがやってくる。あの広場にいたために服はボロボロだが、無傷だ。


「エリオ、リコはどうした?」


「逃げられた。あの子犬、とんでもないことをやらかしてくれたよな。」


へらへらした笑みを貼りつけて、エリオが答える。


「2体目の悪魔か。面倒な…。」


ユリエルは悪態をついた後に、声を張り上げた。


「私は、正教会本部に命じられ、悪魔の討伐にやってきた者だ!さぁ、騎士たちよ!信仰深き騎士たちよ!我に力を貸し、その悪魔らを討ち取れ!!」


騎士たちは、修道服を着た麗人に気圧されるも、悪魔が自分たちの団長と知り困惑する。


「女王を手にかけた侵入者を排除しろ!あんなものを使う者が正教会の遣いだと思うのか、奴は正教会を騙る不届き者だ!奴に手を貸す死神もまた同罪だ!」


今度は騎士たちにエリオが命じたが、シモンに睨まれただけで動くことができないでいた。


「なんだこの情けない騎士たちは…。」


ユリエルが呟く。シモンも大いに同意した。


「悪魔二体を相手に半人前の死神が叶うはずもない。とりあえず、騎士を盾に退くぞ。」


あまり口を動かさずユリエルはシモンだけに聞こえるように言う。そして懐を探り、何やら球体のものを出してきた。彼は、その球を無造作に床に叩きつける。


次の瞬間、一気に煙が辺りを包み込んだ。


「煙玉だ。行くぞ。」


ちゃっかり口元を覆いながら、ユリエルが出口に向かって駆け出す。シモンは若干咳き込みながらも、後に続く。見事な退却っぷりだった。


「おまえ…戦えないのか。」


走りながら、シモンが問う。


「武器すら持っていないだろう?」


自信満々に言い返され、シモンはうなだれた。

ひび割れた大地を駆け抜け、シモンとユリエルはとにかく家へと急いだ。


「お帰りなさい。そんなに慌ててどうしたのですか?」


家に着けば、ダグラスが迎えに出てくる。その腕にはぐずる赤ん坊が抱かれていた。


「リコは帰ってないのか?」


「いえ、騎士服の方に連れて行かれたきり、戻ってませんが…。」


探しに行こうとしたシモンだったが、ユリエルに止められる。


「あれは気づけばそばにやってくる。それより支度しろ。山を越えるぞ。」


「今からですか?」


ユリエルは赤ん坊を受け取り、家の中に入っていった。


「先ほど、応援が日暮れには着くと、鳩で知らせてきましたよ。」


「なに?」


「どうやら別の場所にいた悪魔がこちらに移動してきたらしく…その調査隊が応援と合流したようです。」


「なら、待機だな。近くに来ているのなら、あれを見たはずだ。血相変えてやってくるぞ。」


あれとは先ほどの巨大骸骨のことだろう。ユリエルは、赤ん坊をあやしながら暖炉の前の椅子を陣取った。

正教会の応援が来たところで、あの悪魔たちに抗う手段があるのだろうか?

お昼を過ぎて幾ばくかしか経っていないが、日暮れまでの安全は確保しなければならない。


けれど、やはりシモンはリコが気になって仕方なかった。


外でリコを待っていると、ふよふよひとつの魂が漂ってくる。その魂はこの国を多う分厚い雲と同じ色をしていた。

その魂はシモンの傍にやってくるなり、姿を変える。それは女王の姿になった。三年前、シモンと出会った時のまま、厳めしい顔つきで必死に国を守っていたあの頃と同じ姿だった。

女王はシモンに手を伸ばす。彼女の手が触れた瞬間、シモンは眩い閃光に包まれた。




------そして、シモンは全く知らない場所にいた。隣には半透明の女王がいる。

以前、地下牢でフランカの魂に触れたときと同じ現象だ。シモンはこれが女王の記憶なのだと悟る。


「どうか、神よ!これ以上、民の命を奪わないでください!!」


雪の降る真夜中に、女王が[始まりの書]を片手に叫んだ。その直後、本から光の帯が無数に現れ、それは散り散りになりながら国に降り注ぐ。民を精神的にこの国に引き止めるための古代魔法は、果たしてどれだけの効果があるのだろうか。

やがて朝が来て、今日もまた貴族や文官、騎士、使用人たちの死亡者の数が告げられる。


「今回の疫病に関して、まったく対抗する手だてが見つからず…。」


濃い疲労を滲ませて、医務官が言った。ここは三年前に襲った疫病の時期なのだと、シモンは分かった。


「そう、ですか。引き続き治療法の究明しなさい。」


その女王の言葉に医務官は退出し、執務室には女王がひとり残された。


「万年降り続ける雪に、不毛な大地、数年ごとの疫病…いくら神の魔法を使おうと、この国はもう救われないのでしょうか…。」


いつもの毅然とした態度はなく、ただただ疲れ果てた老年の女がそこにはいた。顔に刻まれた皺は深く、その目には隈がはりついている。


「陛下!!大変です!隣国のセーランが我が国に侵攻してきました!!」


そんな中にまたもや厄介事が持ち込まれた。


「数は!?どこまで進軍してきているのです?」


女王は先ほどのくたびれた態度はおくびにも出さず、毅然と立ち上がる。そして各部署に伝令を送り、次々と指示を出していった。


場面は、少し変わる。これは、国の最重要防衛地点たるカラフ砦が陥落した時期だろうか。女王は数少ない騎士たちと敗走していた。あとは王城で籠城するしかないといったところまで、追いつめられていて、王城まで確かに帰れるのかすら定かではない。


「女王陛下!前方に人影が!」


「敵兵なら振り切ります!」


これはシモンも覚えている。そこにいるのは当時シモンが属していた傭兵団で、この劣勢をひっくり返すのだ。そしてシモンはこの国に残った。今思えば、残ったのは、[始まりの書]の影響だったかもしれない。

そうして、どうにか隣国と疫病から持ちこたえた後、悪魔がやってきた。


「女王陛下、私が新しく騎士団長となりました。エリオ・オランジュです。」


彼は言葉巧みに女王に心を赦させた。そして、女王が忘れていた願望を呼び覚ましたのだ。


「私は幼い頃から、王になるべく育てられました。国を愛せと、そればかり言われ、国を愛してきました。けれど、どんなに愛しても民は私を愛してはくれません。」


執務室で、女王はぼやいていた。


「もし叶うなら、若い頃に戻って、王ではなく普通の娘として愛されたいと思うのです。」


「俺に魂を差し出すのなら、叶えて差し上げますよ。」


エリオは、冗談めかして言った。だけどそれは契約の誘い文句。


「悪魔みたいなことを言うのですね。それでも、魂をさしだせば若返るのなら、それはぜひお願いしたいです。」


そう答えた女王は悲しそうに笑い、逆にエリオはさも愉快そうに笑っていた。

そこでシモンの視界は暗転する。


「なぜこれを俺に見せた?」


傍らにいる女王は、口を動かした。


------どうか国を守って


確かに女王はそう言った。ずいぶんと身勝手なことだ。だけど、女王の境遇に同情しないでもない。彼女はこんな災いばかり襲いかかる国をたった一人で、支え続けたのだ。孤独な女王は、最後に微笑んで、消えていった。


「………善処します。」


女王の愛したこの厳冬の国を守るべきだろうか。でもあの女王の国に対する愛は本物だったのだから。今まで庇護下に置かれていたシモンとしては、その気持ちに報いたいと思う。


無論、リコが第一優先ではあるが-----





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